六万 スパイダー
巨大蜘蛛が潜んでいるという森の中を、ヴァルとナートの二人で進む。
森といっても、木の間隔はまばらで、進むのは難しくない。
「で、こっちの作戦はどうする?」
「私が蜘蛛を殺します。以上」
「えぇ……そんな適当な」
「私一人で十分です。あなたは帰って品並べでもしておきなさい」
「もしかして、護衛から外されたの根に持ってます?」
「……そんなことないですよ?」
「嘘つけ」
どうみても根に持っていた。
正確なサイズは分からないが、巨大蜘蛛はBランクはある魔物だ。それは、討伐の適正人数がBランクの冒険者四人ということを示している。
ナートはAランク相当はあるとはいえ、できるだけ協力していきたいが――。
「あの――」
「……」
ナートは仲良くする気が無いらしく、話しかけても無視された。
もう、ぶっつけ本番でやってくしか無いらしい。
歩いている内に、森の中に蜘蛛の糸がでてきた。
太いものから、一目では分からない細いものまで。
……巣が近いのかもしれない。
用心して、鉄剣を抜いておく。
「せめて、互いの邪魔にはならないようにしよう」
「そう――」
影。
ヴァルとナートを隠す、濃い影。
木ではない。木なら、木漏れ日があるハズだ。
「跳べ!」
「分かってます!」
二人は同時にその場から飛び退き……上から影の主である巨大な黒い蜘蛛が降って来た。
八つの赤目に、八つの足。
牙をカチカチと鳴らし、漆黒の口内を見せつける。
「キモッ!」
「さっさと倒してしまいましょう」
「グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
戦闘態勢を整えていると、巨大蜘蛛は咆哮を上げ……子蜘蛛の大軍が、巨大蜘蛛の背後から這い出してきた。
地面を埋め尽くさんばかりの数でウジャウジャと動き回る。
「俺こういうの無理なんだけど!」
「私も無理です……」
「十万斬撃っていい!?」
「気持ちは分かりますが、それだと塵も残らないでしょう! 製糸機が作れなくなってしまいます!」
もう一撃で倒してしまいたかったが、そうもいかないらしい。
ヴァルが引き気味に剣を構えているうちに、ナートは飛び出していた。
「おい!」
「私がデカいのを倒します。あなたは雑魚の相手を」
「……分かった」
この数を相手に素で戦うのはしんどいので、早々に金貨を一枚切って、身体能力を全体的に引き上げる。
横薙ぎ一閃。
間合い内の蜘蛛を全て真っ二つにし、そのまま近づいてきた奴から順に切り伏せていく。
一振り一振りで十数体の蜘蛛を葬り、辺りは紫の血だらけになった。
「「「ググッ!」」」
「っと」
蜘蛛の何体かが、ヴァルに向かって糸を撃ちだした。
それを剣で受け止め――斬れない。
ここに来るまでに実験した時には切れたのだが、束ねることで強度が高くなっている。
仕方なく鉄剣を手放し、カリバーンの方を抜いた。
「チッ〈金消費〉一万、
手持ちが金貨しか無いので、仕方なく一万でカリバーンを強化した。
代わりに効果時間はかなり引き延ばしてあるので、この戦闘中に効果時間が切れる心配はない。
鋭くなった剣が、糸を断ち切った。
「これ以上使わせるなよ?」
言いながら、立ちふさがる蜘蛛を次から次へと切り裂いていった。
タッ タッ タッ
糸のついてない木、蜘蛛の背中を足場にし、ナートは蜘蛛の海を突き進んでいた。
目標は、巨大蜘蛛。
「グウ!」
蜘蛛が、巨大な網を張って壁を作り出す。
迂回するのも面倒なので、霊体化してすり抜け、巨大蜘蛛の眼前で両手のナイフを構えた。
「〈
「ググウウウ」
巨大蜘蛛の右側にある四つの目に十字の傷が入り、ダメージから蜘蛛が低い咆哮を上げる。
牙を打ち鳴らして反撃してきたが、ナートは素早く躱し、さらに一閃二閃と蜘蛛の顔を切り裂いていく。
普通なら背中を攻撃した方が楽なのだが……絶対に腹部から下は傷つけないという配慮が見て取れた。
「グウウウウ、ググ!」
巨大蜘蛛が号令のようなものを発し、近くの蜘蛛が一斉にナートの方を向いた。
顔を曇らせながら、子蜘蛛達の頭にナイフを刺し、近づいてくる奴を次から次へと絶命させる。
しかし、ナートは大軍の相手が得意では無く。徐々に蜘蛛の処理が追い付かなくなってきた。
さらに、後列の蜘蛛は糸を飛ばしてきた。
避けるのは難しくないが、これではそのうち足場が無くなってしまうだろう。
その前に、決着をつける。
「〈魂矢〉」
左腕の弓に青い矢を構え、巨大蜘蛛に向けて撃つ。
頭部に青い矢が刺さり、頭を焼いた。
そのまま、ナイフを振りかざして、止めを――
「ッ!?」
手が、足が。全身が動かない。
透明な糸。
子蜘蛛の相手をしている間に、巨大蜘蛛が張り巡らせたらしい。
一本一本は大した事ないが、何本も一気に絡みつかれると、強度が増す。
それこそ、身動きひとつできないほどに。
ガシッガシッ
頑強な蜘蛛の顎が、金属のような音を鳴らす。
霊体化しようにも、周りはほとんど糸で埋め尽くされていて、実体に戻れる場所が無い。
そう迷ってる間に、蜘蛛は暗黒の口を開き――
「霊体化しろ!」
ヴァルの声が聞こえてきた。
「でも――」
「とりあえずしろ!」
「……〈霊〉」
言われた通り霊体化して『何か策があるのでは』とヴァルの方を振り向く。
彼は、三枚の金貨を指と指の間に挟んでいた。
そして、スキルの宣言とともに、金貨が消える。
「スキル強化〈火花〉」
スキルとは超常現象を引き起こすもの。
基本的には長い修練によって習得できるのだが、それには称号が密接に関わっている。
例えば【剣士】系統だったら、〈一閃〉などの剣技スキルが使いやすくなる。
ヴァルが〈飛閃〉を使ったように、称号と適応していないスキルでも使えなくは無いが、習得に時間が掛かる上、効果もショボくなるので、基本的に使われることは無い。
そして、スキルには魔法も含まれており、〈火花〉は誰でも簡単に習得できる生活魔法の一種で、手軽に火を起こせる主婦の味方。
しかし、ヴァルが三万でそれを強化すると――小さな火花は、巨大な爆弾のようなものになっていた。
ドガァン!
爆弾は森の一部を焼き払い、子蜘蛛の大軍を灰に変え、蜘蛛の糸も燃やし尽くす。
巨大蜘蛛には火傷くらいにしかならなかったが、実体化する空間は生まれた。
「〈魂刃〉」
「ググッ!」
青い炎を纏ったナイフが、蜘蛛の頭を抉る。
しかし、ナイフでは刃渡りが足りず、決定打にはならない。
だが、動きは止まった。
「後は任せろ」
ザン
いつの間に跳んだのか、上からヴァルが急降下し、巨大蜘蛛の頭と腹を切り離した。
「グ、グウウ」
さすがに頭と腹が切り離されたら生きていられないのか、巨大蜘蛛は倒れた。
一息ついて、糸に捕まったままの鉄剣を回収しにいく。
途中、つい呟いてしまった。
「……やっぱ、最初から二人でやっときゃよかったんだよ」
「そう、ですね。すみません、今まで一人だったので、パーティ戦には慣れてなくて」
「そういうことか」
だから戦闘前にヴァルを遠ざけて、一人になろうとしていたのか。
何だか呆れて、溜息が出てくる。
「まあ、やってれば慣れるよ。というか、俺だって勇者パーティのアシストばかりしてたから、連携とかあんま上手くないし」
「……私たち、案外、相性良かったりするのですかね?」
「かもな。ってか、早く子蜘蛛を掃討しないと。残してたら、またあんな風に巨大化するかもしれないし」
「ですね」
一瞬だけ見えた彼女の顔は、少し赤くなった良い笑顔だった。
「お、帰って来たわ。お帰りー」
「「ただいま」」
ヴァルとナートの二人は、大量の魔石と巨大な蜘蛛の腹を背負って村に戻って来た。
無論、ヴァルは金で強化していて――森を迷ったせいで余計な金が掛かったのはナイショ。
「……今日だけで七万だよ。絶対赤字だよ」
「そうとも限らんよ」
マーチェの隣には、貫禄のある老人がいた。
ヴァルが抱えた巨大蜘蛛の腹を見て、目を見開く。
「えっと、あなたは?」
大体は察しつつも、一応聞いておく。
「私は、この村の村長です。畑を荒らす蜘蛛を討伐して下さり、ありがとうございます。こちらが今回の報酬です」
そう言って渡された袋には、金貨が十枚入っていた。
使ったのは七万なので、三万の得と言える。
「いいんですか、十万ランも」
「いえ、このサイズなら足りないくらいです」
「それだけちゃうよ。その大量の魔石も売れるし、腹は製糸機になる。収支的には、圧倒的にプラスや」
「おおー」
勇者パーティ時代はマイナスばかりだったのに、今回はこんなにプラスになっている。
……金を使った割に『貢献度が低いから』と分け前を減らされていたせいか。
「……あいつらが強すぎたんだ。やっぱ『無理やり金で解決しよう』ってのが間違ってるよ」
「何の話ですか?」
「独り言だよ」
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