五万 草の根活動

 二日後。魔王領に近づいて強くなってきたモンスターを薙ぎ倒し、目的の街に着いた。


 木造の背が低い建物に、雑草まみれの地面。

 そして、風になびく麦。

 そこには、いかにも農村といった風景が広がっていた。


「のどかだな」

「せやな。これなら育ちやすい種か、蛇口の魔道具か――。もうちょい観察してみんと分からんな」


 そのまま、馬車は街に入っていく。


 少し中に入ると、風変りな石の建物があった。


「ここがエルシオン商会のバルク村店や。搬入頼むぞ」

「はーい」


 金貨を一枚消費してパワーを上げ、馬車の荷物を建物の中に入れる。

 消費した金額が多いこともあり、詰め込む時よりは早く終わった。


「終わったぞ。荷ほどきまでするか?」

「いや、それはナートに任せるわ。ヴァルはウチの護衛をしとくれ」

「分かった」


 ナートから『自分が護衛をしたかった』という怨みがましい目で睨まれながら、マーチェの後を付いていく。


 彼女は、まず店の隣にある家の扉を叩いた。

 それに答えて、家主である男性が出てくる。


「はーい」

「こんにちは。隣の店を経営させてもらってます、チェルと申します。こっちは夫の――」

「お、夫!?」


 動揺して声を上げてしまい、マーチェから肘打ちを食らった。

 どうやら、話を円滑に進めるために嘘をつくつもりだったらしい。


「お、夫って、冗談が過ぎるよ。兄だろ、兄」

「あっはっは。そうだったわ」

「……」

「待っとくれ! 不審者や無いんや!」


 マーチェは仕切り直すように『ヴ、ヴン』と喉を鳴らし、どこから取り出したのか菓子折りを差し出した。


「つまらないものやけど、どうぞ」

「……どうも」


 これまでのやりとりを見てきた相手は、それを訝しげに受け取り。そして、それを裏付けるように。


「その代わりと言っては難やけど、ちょっと家の中に入れてくれんか?」

「「何言ってんだお前」」


 いきなりの戯言に、思わず家主側についてしまった。

 当然、こんな怪しい人を家に入れてくれるハズも無く。


「分かった分かった。コレもつけるから」


 チャリーン。

 菓子折りの上に、さらに金が積まれる。

 マーチェは商人同士の交渉と同じく、金を足せばどうにかなると思っているらしいが、一般人の相手からすると、一周回って怖くなっていた。


「もういいです! これも返しますから、帰って下さい!」

「しゃーないなぁ」

「もうやめよ。帰ろ――」

「ほい」


パッ


 再度懐に手を入れ……今度は謎の光る粉を投げつけた。

 それを食らった家主は、クラっとよろめき、ぐっすりと眠りについてしまう。


「よっしゃ、入るぞ」

「よっしゃ、じゃねーよ!」


 力づくで止めることも考えて、鉄剣の柄に手をかける。

 彼女はそんなヴァルには目もくれず、家の中に押し入り、次から次に部屋の扉を開けていった。

 その中には金もあったが、その金額をメモしただけで、一円たりとも手を出さない。


「……さっきから何してるんだ?」

「初めての街、初めての家でやることといえば、家宅捜索に決まってるやろ。どんなものに需要があるのか調べとるんや」


 少し地域が違うだけで、物の需要は一変する。

 どのような物が常備されているか。どれくらい家計に余裕があるのか。

 そういうことを調査するため、ワザワザこんな犯罪紛い……というか、100%犯罪をやらかしたらしい。


「小麦を育ててるだけあって、ジャムやバターが人気やな。金は結構ある……というより、使い道を知らんっちゅー感じやな。クックック、これはよく売れそうや」

「……いつもこんな感じなのか?」

「さすがにいつもはせんよ。この辺に店を出すのは初めてやから。ついでにあとニ、三軒」

「やめろ!」


 そろそろ薬の効果が切れるという頃。『不審者なんていなかった』と言うように痕跡をほとんど消し、菓子折りと金だけを残して家から出て行った。


「お邪魔しました」

「本当にな」



 次の家にカチコミに行くのかと思いきや、今度は畑に寄った。

 座り込んで、畑の土を素手で触る。


「これは何してるんだ?」

「畑の土質を調べとるんや。土と相性がいい肥料を入れたいからな」

「……相性なんてあるのか。称号の効果?」

「ウチの称号は【大商人】やから、土質までは分からんよ。アンタの剣術と同じく、ただの知識と経験からの判断や。これなら、A2B1型かな」


 『まだA2B1型は量産体制が……』などと呟ながら、畑の周りを歩く。

 商会の会長というと、椅子の上で書類にサインをしているイメージがあるのだが、


「……いつもこんなことしてるのか?」

「そりゃ、畑は村で一番重要なものやからな。村の生産力を上げたら、その分店での買い物が増えるやろ? 肥料も売れるし、一石二鳥や――」

「どうし――」


 何かを見て、急にマーチェが立ち止まった。

 その視線の先にあったのは……不自然に荒れた畑。

 何か理由があって作っていないというよりは、何かに食い荒らされたというような。


「すんません、この畑は?」


 通りすがりの村人にその原因を聞く。


「実は、二週間ほど前に巨大な蜘蛛のモンスターが出現して、畑の作物を食い荒らしていくんですよ。冒険者ギルドに依頼は出しているのですが、こんな辺境まで来てくれる人はいなくて」

「……」

「あなた達は旅人かな? もし冒険者ギルドがある街に行くなら、巨大蜘蛛の討伐を催促してくれませんか?」

「……任せとき」


 お辞儀をして、その場から立ち去った。

 踵を返して、店の方に向かう。


「不味いぞ。畑の作物が減れば、この村の金も少なくなる。そうなると、必然的に店の売買も減ってまう。開店早々から出鼻を挫かれるのは嫌や」

「商会が関係なくても、倒すよ」

「そーかい。蜘蛛の腹は良い製糸機になるから、できるだけ傷つけないようにしてな」


 そんな話をしている内に、店に帰って来た。

 その二人を、ナートが迎え入れる。


「お帰りなさいませ」

「ただいま。ナート、仕事や」

「……さっきまでも仕事してましたけど」

「すまんすまん。大仕事や」

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