四万 有能の片鱗

 次の日。

 エルシオン商会が経営している宿で、ヴァルは目を覚ました。

 もちろん、220ランで泊れる場所では無い。


「何から何まで……しっかり働かないとな」


 起き上がり、着替え、歯磨き、などを済ませてから、下の階に降りていく。

 その途中で、新たにヴァルの雇い主となったマーチェに出くわした。


「おはようございます」

「ん、おはようさん。丁度ええわ、旅支度してエントランスで待っとき」

「了解です!」

「……敬語なんていらんよ。ウチはただの商人やし」

「そっか」


 これまで冒険者くらいしかしたことが無かったので、こういう普通(?)の雇用にはどういう態度で接すればいいか分からない。

 とりあえず、慣れてる話し方にすることにした。



 言われた通り、宿のエントランスでマーチェを待つ。

 しばらくすると……宿の前に一台の馬車が止まった。

 それを操っているのは、マーチェの妹であるナート。


「おはようございます」

「おはよう。……もしかして俺達、同僚だったりする?」

「そう、なるのでしょうか?」

「せやよ」


 宿の隣の倉庫の様な建物から、マーチェが出てきた。

 手招きをして、ヴァル達に入って来るよう促す。

 その中には、複数の木箱が積み重ねられていた。


「これ、馬車に積みこんどくれ。……金、必要か?」

「いや、これくらいは……」


 木箱を力いっぱい力を引き上げたが……数ミリ程度しか上がらなかった。


「無理だこれ。二千ランくれ」

「やっぱ、素のパワーは無いんやな。ほい」


 銀の硬貨が二枚渡され、ヴァルはすぐにそれを使う。


(このくらいなら、パワーと効果時間だけで大丈夫かな)


 パワーに千二百、効果時間に六百を回す。

 再び力を入れると、木箱が持ち上がった。

 効果時間中に終わらせるため、手早く木箱を入れていく。


 その様子を見てマーチェは呟いた。


「強化するところは自分で選択できるんかな?」

「ああ。そんなとこだな」


 攻撃、防御、素早さ、効果時間。

 他にも自己再生や魔力変換などができるが、基本的には先の四つに費消した金を振り分けて戦う。

 昨日のナートとの模擬戦では、パワーは要りそうになかったので、効果時間を一瞬に絞ったスピード特化で一気に距離を詰めた。

 限られた金をどこに使うか。それが問われる称号だ。


 スキルの効果時間が終わる頃、丁度木箱の積み込みが終わった。


「詰め終わったぞ」

「ご苦労さん。じゃ、乗り」

「何の説明も無しかよ……」

「行く途中でしたるから。とりあえず乗り」


 色々と疑問はあったが、言われた通り、木箱が積まれた馬車の荷台に乗り込み、先に乗っていたマーチェの正面に座る。

 直後、ナートが手綱たずなを振るい、馬車が動き出した。


 王都の整備された道を、馬車が往く。


「で、これはどこに向かっているだ?」

「バルク村っちゅーとこや。そこに新店舗出すことになってな。どういう物を置けばいいか調査しに行くねん」


 マーチェが貸してくれた地図からバルクという文字を探すと……かなり北の方にあった。


 この世界では北ほど危なくなる。

 なぜなら、魔王領が北にあるからだ。

 地図内では、丁度大陸を真っ二つにするように、人類と魔物の境界が引かれていて、北が魔王領、南が人類領となっている。

 なので、魔王の影響を受けやすい北の方が生息する魔物は強い。


 ちなみに、人類の旗頭である王都は、割と北の方にある。

 数百年前に、兵の移動や物資の運送などを考えて作られたらしいが、魔物の脅威に晒され、王族たちは移動させたがっている。


「ちゃんと守ってくれよ?」

「ああ……と言いたいところだけど、金が無いんだよ。今月だけでも前払いにして下さいお願いします」

「せやな」


 マーチェは、木箱の中でも一番重かったものを開け……中から腰に付けるタイプのウェストポーチが出てきた。


「コイツに金貨百枚入っとる。付けてみ」

「おー」


 バックを受け取って中を見てみると、キンキラに輝く金貨が大量に入っていた。

 【費消士】の称号が、本当に百枚だと告げている。

 金貨は純粋な金ではなく混じり物も入っているが、それでもかなり重い。


「うーん、ちょっと慣れないといけなそうだな」

「それより、デザインはどうや?」

「良いんじゃないか? 地味なのに大金が入ってるっていうのが宝箱っぽくて……あと、ジャラジャラ鳴らないのは、何か魔法が?」

「〈静寂サイレンス〉や。中から出る物音を消してくれる」

「……これ幾らだよ」

「聞かん方がええと思うよ」


 荷詰めの時の二千ランといい、今回のポーチといい、待遇が良すぎて何か怖くなってきた。

 腰につけたまま、少し動きまわり――


ズザッ


 急に馬車が止まった。


「何かあったんか?」

「前方に――」


 進行方向を見てみると……人間の倍は大きな肉体に、太い木の棍棒。

 Cランクモンスターであるオークが道を塞いでいた。


「行ってきます」

「待て、オークにビビッて馬が暴れるかもしれないだろ。俺に任せとけ」


 馬車から飛び降りて、鉄剣を抜く。

 剣を構えて、オークの前に躍り出た。


「あーあ。これでも金使うよなぁ。やっぱ月百万じゃ足りんか?」

「いや、この程度なら金無しでもいけるぞ」

「え?」



「ヴァオ!」


 オークが木の棍棒を力任せに振り下ろす。

 何もしなければぺちゃんこになってしまう攻撃。

 それに対して、ヴァルは……少し剣の切先を上げただけだった。


ガン


「ヴ!?」

「え!?」


 棍棒に剣が刺さり……棍棒の持ち手から先が、木端微塵に砕け散った。


「剣先に爆弾でも仕込んどんのか?」

「何そのビックリ剣。木の弱点を突いただけだよ。オークの振り下ろす力も利用すれば、そう難しいことじゃない」

「……は?」


 岩の弱点なら聞いたことあるが、木の弱点なんて聞いたこと無い。

 それに、木っ端みじんにまでなるのだろうか。


「ヴァオ!」


 オークは気を取り戻して右腕を振り上げ、今度は横薙ぎに払った。

 それを、ヴァルは最小の動作で躱し、ついでに軽く手首を斬りつける。

 マーチェは大したダメージにならないと思っていたが……オークの手は上手く動かなくなっていた。

 手首の筋をピンポイントで切ったのだ。


 そのまま、その手を足場にして跳び上がり、頭に鉄剣を刺して絶命させた。


「よし、終わったぞ」

「……スキル無しでオーク討伐しおった」


 元勇者パーティの一員なので、レベルはかなり高いが、簡単にオークを倒せるほどではない。

 それは、ヴァルの異常な剣の腕前を示していた。


「剣聖の弟子とかやったんか?」

「自己流だけど。なるべく金を使わないようにしたら、おのずと上手うまくなるんだよ」


 費消士は金を消費しない限りは弱く、ほとんどの相手は格上となる。

 そんな格上相手でも、できるだけ使う金を少なくしようとすると、どうしても技術を磨く必要があるのだ。


「いつでもチャレンジャーだしなぁ。そりゃこうなるさ」

「いやそうはならんやろ!」

「実際なってるから……っと、できた」


 オークから魔石を取り出し終わり、剣を鞘に収める。

 邪魔にならないよう、死体を道からどかそうとし――パワーが足りない。


「ナート、手伝って」

「……その辺は通常運転やな」

「しょうがないだろ、切り刻んで道を血だらけにするわけにもいかないし」

「仕方ないですね」

 

 ナートも力が強いわけでも無いので、二人でズリズリと引っ張っていく。



「丁度いい時間やし、昼飯にするか」


 その間にマーチェは昼ごはんの用意を始めた。

 持ってきた野菜や肉を取り出し……その手付きから、あまり慣れてないことを察する。


「手伝おうか?」

「ん? 料理できるんか?」

「勇者パーティでは雑用係だったから。作るものは決まってるのか?」

「いや、適当に持ってきた」


 用意されていたのは、本当に適当に持ってきたと言いたげの、良くわからない肉、数種類の野菜、調味料一式。

 器具に関してはフライパンくらいしかない。


「いつもはこれを雑に焼いとる」

「えぇ……分かった、俺に任せてくれ」


 使えそうな野菜を乱切りにし、肉を一口サイズに切る。

 次にフライパンに油を引いて熱し、切った肉を炒め。

 適当なところで野菜を混ぜて炒め合わせ、火を弱くして調味料一式を入れ20~30分。


「できたぞ。肉じゃがだ」

「「おお~」」


 皿についで、マーチェとナートに渡す。

 今まで適当に炒めて調味料ドバーだった二人は、ヴァルの料理に目を輝かせる。


「フッ、ウチは商人やぞ。舌は肥えて――ん!」

「美味し!」


 ホクホクとした感触に、丁度いい味付け。

 さらに、長い加熱時間でとけた野菜が、トロっとした食感を生み出す。


「これなら店出せるぞ。……【料理人】ちゃうのに」

「出来るだけ消費を少なくすると、自然と自炊が増えてな。そしたら凝り出しちゃった」

「……そんなレベルか?」

「そんなレベルだよ」


 実際、ガチ修練【シェフ】に勝てるほどではない。

 『出先で食べれてラッキー』ってくらいだ。


「まあでも、ヒリック達は作っても何も言ってくれなかったからなぁ。いい顔で食べてくれて嬉しいよ」

「そりゃ良かったわぁ」

「……また作って下さい」

「ああ」


 少し満ち足りた気持ちになりながら、皿を洗った。

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