二万 マーチェ・エルシオン
「さて、これからどうするか」
追い出されたヴァルは、あてもなく夜の街を
現在の手持ちは銅貨と鉄貨が二枚づつの、220ラン。
宿を取るどころか、一食すらも怪しいラインだ。
街の外で魔獣を狩ってもいいが、王都の近くには不味い魔獣しか生息していない。
「……仕方ないか」
それ以外に手が無く、諦めて王都の外で野宿をしようとしたところ、
「ヴァル・アスターさんですね。少しお時間よろしいでしょうか」
背後から声を掛けられ、振り向くと初老の男性が立っていた。
職質の様な言い方に、警備隊ではないかと緊張が走る。
「……何の用ですか?」
「緊張されなくてもいいですよ、私は商談をしに来ただけなので。ここでは何ですので、ついて来てくれますか? 一食くらいなら出しますよ」
聞いた感じだと、特に違和感は無い。
今の状況だと一食出してくれるだけでもありがたいので、付いていってみることにした。
「では、どうぞこちらへ」
「はい……」
一応、残った無銘の鉄剣をいつでも抜けるようにし、彼の後をついていく。
ゼスタと言うらしい彼は、少し歩いた場所にあるレストランに入店した。
ヴァルも後に続き……一般の席には座らず、店の奥の会議室の様な部屋に通される。
その奥には煌びやかな服装をした少女が座っていた。
年齢に見合わない風格を出し、足を組んでワインを嗜む。
薄い灰色の髪がミスマッチな感じはするが、それは彼女の強い生命力を示していた。
「アンタがヴァル・アスターか?」
「そうだけど。あなたは?」
「ウチはマーチェ・エルシオン。エルシオン商会の会長や。聞いたことあるか?」
「あー……あの」
「知らんならええよ。最近王都に上場してきたばっかやしな」
エルシオン商会とは、現在、急速に成長している商会で、食品、雑貨、レストランなど幅広い商業を営んでいるらしい。
奇想天外な発想がウリで、パーティグッツや子ども用おもちゃが特に人気になっている。
「その商会の会長さんが、何の用で?」
「最近、魔王のせいか魔獣が活発化しててな。自由に使える戦力が欲しいんや。どうせ雇うなら……最強にしたいやん?」
「……最強?」
「アンタの称号のことは知っとる。金を力に変えるんやろ? 数万で勇者パーティと張り合えるとか。一個聞きたいんやけど、それって上限が有ったりするんか?」
「さあ。一回百万でやってみたけど、それ相応って感じで……もう二度としないと誓った」
一瞬だけ神の様な全能感に包まれ、すぐに我に返る。
あの時の虚無感は凄かった……。
ヴァルが黒歴史に若干身もだえてる間。
マーチェは何かを思い出すような仕草をし……いきなり机から身を乗り出した。
「もしかして、アスター領の二子岳っちゅーのは!」
「……俺が百万で割った」
二子岳。
元は別の名称で呼ばれていたらしいが、十年前に突然真っ二つに割れたことで名称が変わった。
地殻変動や強大な魔物の仕業など、様々な説があるが、その真相は『ヴァルが百万を使って割った』だった。
ヴァルの返答を聞いて、マーチェは身震いしながら席に座り直した。
目を見開いて、興奮を収めようとする。
「……そんなにビビることか?」
「当然や! あの山でアスター領は幾ら儲けた思うとるねん!」
「……?」
イマイチ要領を得ないヴァルに、マーチェは興奮気味に解説してくれた。
これといった特徴が無かった一男爵の領土に、綺麗に真っ二つになった山ができたことで、一気に有名になった。
その頃はまだ魔王が動いていなかったこともあり、多くの観光客が訪れ、百万など目ではない観光効果を得ることができたらしい。
それこそ『領地の名前』『百万の使い道』だけで思い浮かぶくらいの。
「全く、これだから固有称号は面白んや。そんなことができるんわ、歴代の勇者や賢者でも一握りしかおらんぞ」
「そりゃどうも」
黒歴史の様なものを褒められて、悪い気はしない。
「ええなぁ。もっと欲しなった。……アンタ、ウチに雇われる気は無いか? 月に百は出すぞ」
「ひゃ、百万!? ……仕事内容は?」
「商会が冒険者ギルドに出すクエストを、アンタに回すってだけや」
「そっちのメリットは?」
「自由に使える駒が増える。いざという時の戦力も欲しい」
「マーチェ様」
その時、ヴァルをここまで連れてきたゼスタが部屋に入って来て、彼女に耳打ちして何かを伝える。
それを聞いて、マーチェは口角を上げた。
「ようやった。持ってき」
「よろしいのですか? いつもならもっと交渉してから――」
「ええねんええねん。早よ持ってきや」
彼は、一礼して部屋から出て行き……見覚えがある黄金の剣を持って戻って来た。
「カリバーン!?」
「はい。マーチェ様の指示で、買い取ってまいりました」
「貸して」
マーチェはカリバーンを奪い取り、その重さにフラフラとしつつも肩に担いだ。
「んー、重いな。こんなん振り回しとったんか?」
「……ま、まあ」
「そんな哀しそうな目すんなや。契約料としてやるわ。金の剣なんて、アンタ以外使わんやろ」
ここに来て、新たなメリットが提示された。
正直、カリバーンが無くても戦力的には問題ないが、アレは貰いものでもある。
できるだけ保持しておきたい。
それに、どうせこれからやることなど無いのだ。
「渡りに船か。分かった、その話――」
「待った!」
ダン!
ヴァルが契約を受けようとしたその時、部屋の扉が勢いよく開いた。
入って来たのは、マーチェによく似た顔の少女。
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