第10話 激動の一日、その終わり
その後の話を簡単に。
ダイジェストで語るべきではないことは、分かっているのだけれど。
フィフティーンのお店は、いわゆるダミー的役割を果たしているらしい。即ち、フィフティーンが営業しているお店は、隠れ蓑だ。繁盛はしているらしいから、組織の収入源にもなっているのだろう。
そんなフィフティーンが作る料理は……、まあ、紛れもなく美味しかった。完璧と言って差し支えないだろう。まさか、こんな料理を食べられるとは思いもしなかった。せいぜい社員食堂に毛が生えた程度のクオリティで、美味しいか美味しくないかと言えばギリギリ美味しいぐらいの味とばかり思っていた。
聞いてみれば、サーティーンは結構高級なホテルで腕を磨いた、かなり優秀な料理人だった——そんな料理人がどうして組織の隠れ蓑なんてやっているのだろうか? 気にはなったけれど、自発的に確認は出来なかった。どうしても躊躇してしまった、と言えば良いだろうか……。いずれにせよ、いきなりそんなところに踏み込んでしまって良いのか、簡単に判別がつかなかったからだ。
それに、フィフティーンの生き方も大きく変えざるを得なかった——その原因は、紛れもなくノイズだった。
ノイズにより、長く苦しめられたらしい。ぼくもすっかり忘れていたけれど、ノイジー・デイ以降に、謎の症状に苦しめられる人間は多かったらしい。ナインはニュースでもあまり報道されなかったから、それを知っている人間は然程多くない——そう言っていたけれど、確かに言われるまでは分からなかったし気付かなかった。
ノイズによって苦しめられているとは、気付かなかった——フィフティーンは語っていた。
なら、どうしてそれの原因がノイズであると分かったのか——理由は、やはりぼくと同じだった。
ウロボロスの人間と出会い、ノイズを理解したから。
しかし、フィフティーンにはノイズを受けたことによる身体能力の向上はなかった。
だから、フィフティーンはサポートに回るために、ここに料理店を構えるようになった……とのことだ。
簡単に言えば、それまでだろうけれど。
しかしながら、ぼくは素晴らしい考えと思った。
力になれないと思っていながらも、自分が出来る範囲で助力しようと思ったことを。
果たして、ぼくはそれが出来るだろうか——そもそも、そんな能力などありもしないのだけれど。
◇◇◇
「それじゃあ、きみの部屋に案内しようか」
言ったのはサーティーンだった。
もうすっかり宴もたけなわ——という程酔っ払ってはいない。お酒を飲める年齢ではあるけれど、飲もうとも思わないし。しかしナインとフィフティーンはウワバミらしく、少ししてからお酒を飲み始めて、顔が赤くなっただけで後はいつもと変わらないまま、延々と飲み続けていた。テンションも変わらないのは有難いけれど、逆にそれはそれで末恐ろしい。飲んでいるのはほんとうにお酒なのか? と疑問符を浮かべたくなるぐらいだ。
「何を考えているのか知らないけれど……、彼らのことは心配しなくて良いよ。彼らはああいう人間だから」
ほんとうにそうだろうか?
いや、まあ、確かに振り返ると未だにずっとお酒を呷っているし……案外それが正しいのかもしれない。アルコールって飲み続けると結構身体に毒って言うけれど、もしかして毒になりづらいとか? それもノイズの影響?
「いや、それがどうかは知らないけれど……。少なくとも、ノイズの影響ではないと思うな。何故なら、彼らはずっとお酒を飲んでいるのだし、それに……ノイズがもたらす影響の一つには、それは挙げられていないから」
「それもそうか……。それなら、あれは元々?」
「まあ、そうなるかな」
それはそれで救えないような気がする——ぼくは思ったけれど、しかしながらそれを言ったところで何も解決しないし、解決するはずがない。
「……ところで、ぼくの部屋と言ったけれど?」
いつの間に、ぼくはこのホテルにチェックインしたんだ?
「ホテルにチェックイン……と言える程、高級な設備がある訳でもないのだけれど、まあ、面白い冗談として受け取っておくよ」
辞めてくれ、きちんと突っ込んでくれないと困る。
ボケたつもりは全くないのだけれどね。
「部屋は沢山あるのか?」
「沢山はないけれど、きみの部屋を用意出来るだけの空き部屋はあるよ。だから、こうやって案内しているんじゃないか」
「つまり、ぼくはここに長期滞在しなければならない、と?」
「厭かな?」
サーティーンは踵を返す。
首を傾げて、ぼくに問いかける。
サーティーンは、時折女性らしい仕草をすることがある。まあ、ずっとわたしと言っているし、もしかしたらもしかするのかもしれないけれど——何というか、可愛らしいというよりは凜としているとでも言えば良いだろうか? こういうことには口下手なのだけれど、そこだけはご理解頂きたい。
「厭では……ないけれど。何だろう……、そう簡単に勝手に決められるのが嫌なんだよ。それぐらいは、分かるだろう? 生殺与奪の権を奪われている、というか」
「そこまでしているつもりはないけれど。ただまあ、そう思われると言うことは、やっているのかもしれないかな? 無意識のうちに、ね」
無意識でそれをやっているのなら、ある種の才能があるのかもしれないな。
そんな才能、出来れば認めたくないけれど。
「認めたくない……なんて言われてもね。こっちはこれでずっとやって来ているのだし、そこについては少し弁解の余地があっても良いのではないかな?」
「別にこっちは何も言っていないよ……。いい加減に、人の心を読むのを病めてくれないか。おちおち独り言も呟けない」
「呟いているでしょう。別に聞かれても問題ない独り言を呟いていれば良いだけの話です」
それって、最早独り言って言わないのではないだろうか?
それとも、サーティーンからしてみれば、独り言のカテゴリーなど関係ないのか——それはそれでどうなのか、と言いたくなるけれど。
「……サーティーンはここに来て長いのか?」
一応、話を聞いておくべきだと思った。
何故なら、ぼくはここにやって来てから、誰の身の上話も聞いていないし、ぼくの身の上話もしていない。何なら、サーティーンというのは組織に居る人間のID——或いはコードネームだろう。
つまりは、ぼくはサーティーンのことについて、何も知らない。
何も知らないからこそ、こうやって話が出来たりするのかもしれないけれど。
「わたしなんて、全然。下っ端も下っ端だから」
「数字が若い順に年長……という理解で良いのか?」
その言葉にサーティーンは頷く。
「その通りだね。つまり、わたしは十三番目に入ったから、サーティーン。単純だよね、けれども、分かりやすいとは思うよ。分かりやすいからこそ、こうやって組織が成り立っているのだと思う。多分、ね」
そうだろうか。
まあ、確かに繋がりは希薄とは思わない。それはプロフェッサー・ナインとフィフティーン、サーティーンとの絡みを見ても分かる。
……いや、前者はただ酔っ払いが絡んでいるだけか?
「ぼくは何番になるんだろうな?」
「おっ、組織に興味を持ったのかな?」
そんな訳があるか。
ただ……ずっとここに居るというのであれば、ぼくだけ本名で呼ばれるのもどうかと思った、ただそれだけの話だ。フィフティーンまでは確認したから、シックスティーンか? それはそれで長いけれどなあ。もっと短いコードネームが欲しいところだよ。短冊に書けば叶えてくれるかな? 未だ七夕には程遠いと思うけれど、もしかしたら願いを見てくれる可能性がゼロではないし。
「そもそもそんなことを願いとして認識している方がおかしいよ……。ノイズに影響されたからって、こんなのは聞いていないよ。プロフェッサーに研究してもらった方が良いのかも」
「実験動物だけは勘弁してくれよ」
ぼくは首を横に振った。
幾ら何でも、それは勘弁願いたいものだ。解剖されるということは、それでぼくの人生は終わってしまうのだ。こんな唐突なゲームオーバーは、きっとクソゲー扱いされてしまう。
「……着いたよ」
そういえばぼく達は部屋に向かっていたのだっけ——すっかり忘れていたよ。話が長々と続いてしまったからかな、本題が全く出てこなかった。それはそれで如何なものかと思うけれど、しかしながら時間潰しぐらいにはなったかな。
「明日はまた迎えに来るよ。朝食も食べたいだろう?」
二食付きのホテルとは、随分豪勢だな。一泊一万五千円ぐらいするのかな? カードは使えるだろうか。
「カードは使えないし、お金は掛からないよ……。これから暫くは暮らしていくのだから、ちょっとはこっちに馴染んでほしいものだし」
「馴染むかな」
「誰も彼も、皆最初はそう言うよ」
まるで多くの人間を送り出したような言い方をするね?
「さて、明日も早いよ。今日はぐっすり眠れるだろう。というか、そうであってほしいものだね。おやすみ、また明日」
そうして——サーティーンは足早に去って行った。
そんなにぼくと一緒に居るのが、嫌いだったのか?
それならそうと、はっきり言ってくれれば良いのに。
ぼくはそう思いながら、部屋に入る。
部屋はシンプルな作りだ。トイレが部屋にあるのは有難い——言わずとも、個別のトイレだ。風呂がないところを見ると、共同なのだろう。ビジネスホテルよりは質素な作りだが、何を高望みしているのか、って話であって、別にそれぐらいは問題ない。ほんとうはひとっ風呂入ってから眠りたいものだけれど、残念ながら眠気が全ての欲に勝ろうとしている以上、部屋の紹介さえも程々にしておく必要があるだろう。
ベッドは、広い。ダブルベッドぐらいありそうだ。皆こんな感じなのか? だとすれば、ウロボロスの福利厚生はかなり充実していると言って良いだろう。間違いではないはずだ。サーティーンもきっとこれぐらいの広さの部屋に住み、謳歌しているはずだろう。きっと。
テーブルは壁際に一つ、椅子も一脚ある。冷蔵庫……は流石にないか。でもテレビはあった。テレビがあるなら、問題ないだろう。流石にアジトに自動販売機はないだろうけれど、冷蔵庫は共同で一つぐらいあってもおかしくはないだろう。
その辺りの細かい話は、明日聞けば良いか。
とにかく、今はただ寝たい。
そいでいて、ベッドがこちらに来なさいと手招きをしている風に見える。
明らかにふかふかに見えるそれは、ベッドメイキングさえされているようだ。
流石に明日からは自分でやらねばならないのだろうけれど、見た目は間違いなくビジネスホテルのそれだ。
ぼくはそのままベッドに崩れ落ちる。
ぼとっ、という音とともにぼくの身体が沈んでいく。
疲れていたぼくの身体を、全身で受け止める。
ぼくはそのまま——夢の世界へと旅立っていった。
こうして、激動の一日が幕を下ろすのだった……。
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