第9話 プロフェッサー・ナイン

 部屋を出て、再び最初の部屋へと戻ってきた。

 テーブルが置かれているだけで、未だ誰も居ない。

 ほんとうに、他の団員は居るのだろうか?


「案内、って言われても……困るのは困るんだよね」


 それをこっちに言われても困るな。

 最初にゼロに言えば良かったじゃないか。


「ボスに言ったところで、解決しないんだよね。ほら、きみも分かったと思うけれど……、かなり強引なところがあるからさ」


 団員ですらそう思っているのかよ。

 それはそれで救えないな。


「勿論、面と向かっては言えないからさ……。きみにはほんとうに申し訳ないと思っているのだけれど、まあ、これからここで暮らしていくのだし、少しは理解してもらおうかな、って」

「勝手に決めつけるなよ……。それに、ぼくがここから出て行くということは考えていないのか?」

「え? 出て行く予定でもあるのかい?」

「そりゃあ、慣れなければ……。出て行くことも、選択肢の一つとして考えると思うけれど」

「それは考えない方が良いかな。出来る限り、というか百パーセントきみはここに残るべきだ」


 いきなり、何を根拠に。


「根拠だとか何だとか、そういうことを言いたいのではないよ。けれども、これだけは言っておきたい。ノイズに触れた人間は、誰しも何かしらの能力に目覚める。そうして、メリットだけがあるものとばかり思っていたら……、実はきちんとデメリットも存在する、ってことを」

「デメリット?」


 聞いているとメリットばかりあるように見えるけれどね。

 それでも、ぼくはそれを享受しようとは思わないけれど。


「デメリットは……、ノイズに見つかりやすくなること。ノイズそのものが、ノイズに近しい存在に触れようと試みるんだよね。そうして、ノイズとわたし達が邂逅する——という訳だ」

「ノイズと……?」


 それじゃあ、今日起きたあの出来事は——ノイズと出会ったことは、偶然じゃないってことか?

 ノイズは、どういうメカニズムなのかは置いておくとして、ノイズに触れた人間を感知したってことなのか——いや、でも……待てよ。


「そう言われても……少し、疑問が残るのだけれど」

「何でしょう?」

「ノイズに触れた人間……って言ったよな。けれども、それって地球に住んでいる人間全員のことを指すんじゃないのか? 死んでしまった十億人は差し引くとして——それでも九十億人近くが居る。彼ら全員がノイズに触れたと見なせるのでは?」


 正確には、ノイジー・デイ以降に生まれた人間は少なからず居るのだろうけれど、それは全体から比べればあまりにミクロな概念なので、省くこととした。


「……あれ、意外と話が分かっているじゃないか」

「馬鹿にしているのか?」


 ここまでストレートに馬鹿にされるのも、なかなかない。


「いやいや、違うよ。馬鹿にしているつもりはないよ……。寧ろ、感心しているのさ。そこまでもう到達したのか、ってことに」

「どういうことだ?」


 サーティーンは、ぼくがどう出るか敢えて試した——そう言いたいのか?

 だとすれば、サーティーンはまだまだ信用出来ないと言って良いだろう。

 いきなり背中から蹴られて突き落とされる懸念すらある。背中は任せない方が良いな。


「勝手にそう納得されても困るのだけれどね。試そうとしたのは事実だ、認めるよ。悪かったね……。これはボスから言われていたことでさ」


 ゼロが?


「理解出来ているのなら、こちらも面と向かって対応する必要があるだろう。けれども、もし理解していなければ……、理解するまでこちらも説明し続ける必要があると」


 骨が折れることだな。

 別にそこまでしてもらう必要はないと思うけれどね。もし分からないことがあれば、自分で調べるぐらいの知恵は身につけているから。


「そうじっくりとする余裕がないんですよ、我々には」


 そこまでして——ぼくは違和感に気付いた。

 いや、正確には——感覚と言えば良いか。

 ぼくとサーティーン以外の誰かが居る——そんな気配が。


「……やあやあ、先ずは『合格』と言えば良いかな?」


 白衣を着た、小柄な女性だった。

 いや、女性と言うにはあまりにも幼い見た目だ。童顔で、栗色の髪の毛はカールがかかっている。サファイアにも似た紺青の目は、どことなくヨーロッパの女性を感じさせる見た目だ。

 白衣を着ている、といったがその白衣はあまりにもブカブカだ。流石に丈は切っているようだけれど、それでも床にくっつきそうなぐらいの長さだ。それに、袖なんかは手が完全に覆い被さっていて、まるでキョンシーだ。


「……いや、キョンシーって。可愛げがないねえ。せめて萌え袖とも言わんか?」


 頭の中を読み取れる、ってことはこいつも例に漏れずノイズに触れた人間か。


「左様! ノイズの研究をしているのでな。いつでもノイズには触れているよ。まあ、触れすぎたら死ぬなんてこともないしな」

「そんなことは一言も言っていないけれど……」

「とにかく。先程の試験、先ずは合格と言ってやろう。これで、おぬしもスタートラインに立ったと言っても過言ではない」

「そうだ。さっき言っていた、合格って……。何に対しての合格なんだ?」


 それを聞いてきょとんとした表情を浮かべる研究者(仮)。

 あれ? 何か不味いことでも言ってしまったか……。


「サーティーン、おぬし何も言っていないのか?」

「ええっ、わたし? いやあ……わたしも未だ何も言っていないけれど。だってこれからウロボロスについて説明をしようと思っていたのだし」

「何じゃあ、わしの勇み足か?」


 一人称『わし』はなかなか聞いたことがないな。

 典型的なお年寄りの一人称ではあるけれど。


「馬鹿にしおって……。まあ、良い。いずれ分かる日も来るじゃろう。先ずは自己紹介からじゃな。わしの名前はナイン。プロフェッサー・ナインじゃ。まあ、皆プロフェッサーの部分は省略して呼ぶがね……。それもまた、一興」

「だってプロフェッサーだと長いんだもん」

「長いんだもん、って……。立派な呼称じゃ。それを長いの一言で切り捨てられちゃあ困る」

「切り捨てているつもりはないんだけれどさー。ただまあ、何となく言いづらいって言うか」

「言いづらいから切り捨てているのではないのか……?」


 ストップ、ストップ。

 これ以上はナインがあまりにも可哀想過ぎる。


「……確か、ノイズと戦わなくても良いように、博士が考えている——なんて言っていた気がするけれど、あんたがその?」

「大層なことは出来ていないがね。現状は、その真反対……ノイズを如何に倒すか、武器の開発に専念しているよ」


 真逆じゃないか。

 そんな研究者がどうしてノイズと戦わない方向に転換したのだろうか。


「まあ、色々ある……。何はともあれ、夕餉にしないか? 今日のメニューは何だったかな?」

「あ、わたし聞いてきたよ。確か肉じゃがだって」

「ほっほう! フィフティーンの作る肉じゃがは美味いのよなあ。こりゃあ、楽しみじゃ!」


 ナインとサーティーンは二人で話し込んで、そのまま外へと続く階段へと向かっていった。

 一応、組織の説明をするんじゃなかったのかよ……。

 ぼくはそう思ったけれど、先ずは腹ごしらえだ。

 もしかしたら、その間に何か教えてくれるやもしれない——そう思って、ぼくも二人の後をついていくこととした。

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