第8話 ボス④
ノイズは人々の不安を生み出した根源である——そう言われて、どれぐらいの人間が納得するだろうか? 少なくともぼくは納得しない。理解が出来ないからだ。
「……理解出来ないし、受け入れられないのも、致し方ないだろう。けれども……これが真実だ。受け入れるしかない」
「受け入れろ、と言われたって受け入れられる訳がない……。そこまで致し方なく思っているのなら、ぼくの今の気持ちだって分かっているんじゃないのか?」
「分かっているよ」
あっけらかんと、一言で答えた。
それに言い淀みなど、何一つとして存在しなかった。
「それは分かるよ。分かるが……、時に現実は人間の想像を軽々と超えてくる。それだけは、理解しておくべきだと思うけれどね」
「——何も、全てを理解したくないなどとは言わないよ」
そんな駄々をこねるつもりは、毛頭ない。
けれども、それを理解するのは、そう簡単にはできやしないのだ。
それだけは、理解してもらわないと困る。
「……まあ、全てをいきなり受け入れろとは言わない。どうだい? ここで提案だけれど……しばらくの間は、わたし達と一緒に暮らしてみるというのは」
「え?」
いきなりそんなことを言われても。
こちらにだって、準備というものがあるのだから。
「ああ、いや、済まない……。別にこちらだって何も考えていない訳ではないよ。きっときみも納得してくれるような、そんな理由を持ち合わせている」
希望的観測が大きいような気がするけれど、一応聞いておこうか。
もしかしたら、ぼくの想像とは大きく異なる理由かもしれないし、そうである場合はきっとぼくは受け入れられないのだろうけれど。
「……同調だ」
「同調……?」
単語だけを言われても、何も分からない。
一を言ったら十を答えてくれると思ったら大間違いだ。ぼくはきみ達が思っている以上に、賢くない。
「同調と言っても、分からないのでは? ボス」
サーティーンが助け船を出してくれて、ぼくは安心した。
これでサーティーンも助けてくれなければ、延々と理解し難い状況をループしているところだった……。幾ら何でも、これじゃあ掬いようがない。逃げ出したくっても、逃げる術がないのだから。
「同調……とは、簡単に言えばノイズのある環境に馴染ませる、と言えば良いか」
ノイズのある環境?
ノイズはさっき出現したのを最後に、一度も見ていないけれど。
もしかして目に見えないだけで、何処かに隠れているというのか。だとしたら厄介だ。
「ボス、もっと分かりやすく言えないのですか?」
「ぐぬぬ……。これで分かってくれると思ったのだが。もっと簡単にしなければならないのか? いったいどれぐらい?」
サーティーンとボスの立場が逆転しているぞ。
そいでいて、さっきの話も大分噛み砕いていたことが判明し、ぼくは頭を抱えた。
さっきの説明でさえ分からなかったのに——あれは噛み砕いていた説明だと?
そんな訳がない。あの説明でさえ、何を言いたいのかさっぱり分からなかった……。
「ええと、簡単に言うとね。わたし達はノイズに触れたことで、ちょっとだけ人の目に見えない物を確認出来るようになったんだよ。けれども、それを確定させるにはちょっとだけ時間がかかる……。泳ぎだってそうでしょう? いきなりバタフライで五十メートル泳ぐなんてことは、誰にだって出来ない。先ずは、泳ぐ環境に慣れさせる必要がある……って訳」
「それは分かるけれど……。それと、ノイズに何の関係が? ええと、さっきは確か同調とかどうとか……」
「ノイズに触れること——それはただの切欠に過ぎない。割れ目で言えば、微小なものだ。けれども、それからどんどん割れ目が拡大していけば、やがて大きな断裂となる。ノイジー・デイは、そういう始まりに過ぎないということだ」
ゼロが間に入ったけれど、相変わらず言っていることが分からない。
そろそろ翻訳ソフトでも突っ込んでほしいぐらいだ。無理かな?
「何を自己完結しているのか、分からないけれど……。まあ、仕方ないことね。わたしだって最初から全てを理解していた訳ではないから。けれども、いつかは理解しなければならない。ノイズと戦っていくのなら、この世界を変えていきたいのなら、ね」
意味深な発言ばかりしているけれど、何も分かっていないのではないだろうか。
だとすれば、あまりにも番狂わせだ。
ボスと言っていたが、何を考えているのかさっぱり分からない……。ほんとうに、これが組織のリーダーと言える存在か?
「……まあ、共同生活をするということには賛成するかな」
ぼくは、一先ず意見を述べることにした。
ずっと面倒臭いことを延々と言っていたって、物事が先に進む訳ではないのだから。
「それって、わたし達の生活に賛同してくれる、ということかい?」
サーティーンの問いに、ぼくは頷きたくはなかった。
賛同するには、動機付けがあまりにも乏しい。
もう少し理由や事象やその他諸々が、ぼくの心の中にあって、それらが整理されないといけない。
面倒臭い性格だ——我ながら。
「何だか面倒臭いね。そう言われたことはない?」
ゼロの言葉に、少し苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
或いは、厭な表情とでも言えば良いか。
「……顔に表情が出過ぎる、って言われたこともないかな?」
「残念なことに、それは何度も言われているよ。けれども、治らないね。治すつもりもないけれど」
「それはちょっと頑張ってほしいものだけれどね……。それとも、ハナからやる気がないっていうのなら……、まあそれもまた個性って奴かな。矯正はすべきと考えるけれど」
「矯正、ね。肝に銘じておくよ」
実際にやるかどうかは、別の話だけれど。
「……じゃあ、先ずは皆と挨拶したらどうかな? サーティーン、案内を頼んでも?」
「まあ、仕方ないよね。わたしが連れてきたのだし」
サーティーンは最初から分かっていたようだ——自分が連れてきたのだから、自分が面倒を見なければならないのだ、ということを。
そうして、ぼくとサーティーンは一先ず、ゼロの居る部屋から出ることにするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます