第7話 ボス③

「ノイズは、何故誕生したと思う? そして、何故ノイズによって人々が死んでしまったと思う?」


 質問ばかりをこちらに投げつけてくるので、少しばかりうんざりする。

 けれども、その質問の答え――全てが気になる内容であり、知っておかねばなるまい内容であったのも事実だった。


「分からないから……分からないから、ここに来ているんだ」


 ぼくの言葉で、沈黙が生まれる。

 永遠にも似た時間が続く――だから、沈黙は嫌いだ。


「くっ……あははっ!」


 沈黙を破ったのは、ゼロの笑い声だった。

 何か変なことでも言っただろうか――話した内容は、至極真っ当な気がするけれども。


「いや、なに……。真面目な回答をしてきたものだから、少しおかしくってね。別に悪気はないんだよ、許してくれ」


 一息。


「ノイズは、一言で言えば地球が生み出した歪みだよ」


 歪み?


「未だに原因は明らかになっていない。だから、憶測で物事を語るしかないのだけれど……、少なくともそれが地球から生み出されたものであることは間違いない」

「……歪みが生まれたのは何故? って言っても分からないんだったな……。いや、違う。そうじゃなくて……、ノイズは確か人間にしか効果がなかったはずだけれど、そこについては?」


 ノイズは、誰も研究していない訳ではないはずだ。

 突如として死亡した十億人の関係性に、発生原因、さらには――。


「――ふむ、確かにその通りだ。ノイズは地球が生み出した歪み。しかし何故人間にしか効果がなかったのか? この世界には人間をはじめとした様々な動物が住んでいるのに、彼らにはノーダメージだった。何故、そうなったのか?」

「……動物には波長が合わなかった、とか? 人間の波長には合っていたけれど」

「人間の方が、動物のそれよりも可聴域は狭い。……だから、そんなことは有り得ない。物事を一度振り返ってみよう。或いはポジションを変えてみる――とでも言えば良いか。ノイズは最初から……人間に向けて放たれたものである、とすれば?」

「いや……そんなまさか、」


 まさに、逆転の発想――突然生まれたノイズに人間が殺されたのではなく、人間に害をなすためにノイズが生まれた――そんなこと、誰が考えるだろうか。


「一応、それを発言する人間は居た。けれども、例外なく失笑されたのですよ……。まるで地球が人間を滅ぼそうとしているのではないかなどと、そんなオカルトは有り得ませんから」


 とはいえ、現に起きている以上オカルトとも言えないのではないだろうか。

 そんな荒唐無稽こそ、マスコミが囃し立てそうなものだけれど。


「マスコミは視聴率を稼ぐために、そういった報道をしている――というのは、少々考えすぎかもしれないけれど、しかしワイドショーに使うネタを探しているのは事実。これなんて、使えるネタであっただろうに……どのマスコミも報道しなかった。何故だと思う?」


 何処も報道しなかった?

 何故だろう……。何かしらの陰謀を考えるべきだろうか。裏で何かの思惑が働いていて、彼らにとっての不都合があったから、報道されないように圧力をかけた――なんて考えすぎか。


「……まあ、概ね合っているかな。わたし達の独自の調査に寄れば、裏で糸を引いている人間が居る。あまりにもセキュリティが堅牢なので、それが誰かを特定することは叶わなかったがね……」


 引いている人間が居るとするならば、そいつの目的は人類滅亡か?

 幾ら何でもそんなことをしようとするのは、自分が間違いである——そう自覚してほしいものだけれど。


「……自覚出来るのなら、ノイジー・デイなんて生み出していない。違いますか?」

「それは確かにその通りだけれど……。ネジが吹っ飛んでいるのは間違いないよな、それがほんとうに人間であるとして」


 まあ、人間以外にそのことが出来るとは考えづらいのだけれど。

 そもそも地球に住んでいる知的生命体は人間だけだ。

 人間が犯人でいないのならば、自ずとそれを実行したのは宇宙人ということになる——宇宙人が居れば、の話だけれど。


「宇宙人が居るかどうか……ってことは、今はどうだって良い。まあ、最終的にノイズを生み出したのがそうであるならば、排除しなければならないのだけれど」


 一息。


「ともあれ、ノイズは今もなお生み出され続けている。流石にノイジー・デイほどのノイズではないにせよ、ノイズは人々を苦しめ続けている。……あのノイズを放っておけば、どうなると思う?」


 いきなり質問されても、答えられると思うな。

 知識がないのだから、質問に対する答えなど考えられる訳がない——しかし、知識がないなりに答えなければならない。答えないという選択肢は、当然として存在しない。

 理不尽ではあるが……、少なくともそんな空気は感じる。


「分からないか」


 ゼロは溜息を吐く。


「そもそも、何も知識がないからここにやって来たのに、それに対する答えが出るとは考えづらいし、それを想像出来ないのか?」

「……まあ、その通り。けれども、少しばかりは近い解答を出してくれると思ったのだけれどね。きみはあのノイズを見て、何か感じなかったか?」


 何かを感じたか——そう言われると、あまり言葉では言い表せないような、そんな感覚があったような気がする。

 恐怖とも、畏怖とも、違う——何だったのか、あれは。


「恐怖に畏怖……。まあ、近い感覚かな。そうしてそれは間違っていない。寧ろ及第点だ」

「及第点?」


 えらい高く見積もられているな。


「人々に恐怖を植え付ける——そう言われている。世界には様々な恐怖がある。分かるか?」

「恐怖……というと、かなり幅広い概念に思えるけれど?」


 例えば戦争や紛争、テロなどが挙げられるだろうけれど——それとノイズが関連しているのか?


「ノイジー・デイ以降、人々の不安は高まっている。そういうと不確定要素な感じがするし、曖昧な感覚だと思われるやもしれないが……、現に凶行や紛争は起きている」


 でも、それって別にノイジー・デイ以前にも起きていたことだと思うし、ノイズが全て悪いと紐付けるには早計過ぎやしないだろうか?


「誰が」


 ゼロは首を傾げ、笑みを浮かべる。

 まるでぼくがそういう反応をするのを、最初から分かっていたかのように——。


「誰が最初から——ノイジー・デイ以降にしかそういったことは起きていない、と言ったかな?」

「え……?」


 いや、でも、さっき言ったじゃないか。

 ノイジー・デイ以降に、不安が高まっている——って。


「うん、それは言ったよ。けれども、それはあくまでも部分を切り取っただけ……。ノイジー・デイ以前にもそういったことは起きていた。けれども、それが表面化してこなかっただけだ」

「人々の不安は……全てノイズが生み出したもの、だって?」


 そんなの、考えられない。

 そして、あまりにも突拍子もない発言だ。

 それを言われて、誰も信用できやしないだろう。


「何も信用しろ、とまでは言っていない。けれども、これは事実だ。我々の研究によって、そういったデータが取れている。人々によって作り出された事件は、不安や恐怖が爆発したものだ。そしてそれをコントロールした、或いは生み出す原因となったもの……それがノイズだ。ノイジー・デイは、ノイズが視認出来るようになった出来事。ただ、それだけに過ぎないのだから」

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