第6話 ボス②

 サーティーンはさらに何処かへ向かおうとする。

 もしかしてぼくをそのままボスの下へと案内しようとしているのか――そのお節介は有難いものだ。けれども、こちらにもちょっとばかし猶予が欲しいものではある。幾ら何でも、心の準備が出来ていない。それをサーティーンが分かっているとは、はっきり言って思えないのだ。

 でも、サーティーンは無視して前へ進もうとする。

 まるで、これ以外の選択肢を最初から消し去っているかの如く。


「……選択肢も、拒否権も、最初からないのかもしれないな」


 ぼくは、サーティーンに聞こえないぐらいの声で、ぽつりと呟いた。

 幸か不幸か――その発言がサーティーンに聞こえることは、なかった。



◇◇◇



 サーティーンについていくことしか出来ないのは、もどかしい。

 けれども、それが永遠に続くことも考えていないし、考えるはずもなかった。

 通路を進んだ突き当たり、そこには扉があった。

 思えば、それなりに幅広な通路だったけれど、誰ともすれ違っていない……。皆、夜行性ではないのかな? もう眠りについたのかもしれない。それはそれで随分と健康的な気がするし、悪くないと思うけれどね。


「ここがボスの部屋だよ」

「……ぼくの聞きたいことを、教えてくれるんだよな?」

「ノイズに関することであれば、ボスはしっかりと教えてくれるはずだよ。……そして、きみがこれから何をしなければならないのか、ということも」


 何をしなければ――か。

 自分にとって、それぐらいにやらなければいけないことがあるとするなら、それは従わなくてはならないのだろう。

 けれども、百パーセント全て従うというのも癪だ。自分の人生なのだから、自分が主導権を握らねばなるまい。生殺与奪の権利を他人に握らせてはいけないのだ。

 ぼくがそんなことを考えていると――サーティーンは軽く数度ノックして、扉を思い切り開け放った。


「ちょ、ま……! せめてカウントダウンとか……」


 そんなことを言ってももう遅い。

 ぼくは、そのまま引きずり込まれるように、ボスの部屋へと足を踏み入れた。

 ボスの部屋は、白を基調とした部屋だった。真ん中には天井付きのベッドがあり――しかもキングサイズだ――本棚には、難しそうな本が幾つか並べられている。ノートパソコンは開きっぱなしで、何かのモニターを映し出しているようだった。

 そして、窓があった。

 ……このアジトは地下にあったはずだよな?

 それとも、この街が高台にあって、ちょうどアジトのある場所が崖になっている、とか?

 いや、それだったらぼくも知っているはずだし、そうでないとするならば、あれは作り物の窓なのだろう。

 景色も作り込んでいるあたり、お金が掛かっているような感じがする。

 窓際には、椅子と机がある。そして、椅子にメイドが一人腰掛けている。

 ボスは不在だったか……。ちょっと一安心だ。もしボスがいきなり仁王立ちしていたら、どういう反応と対応をすれば良いか、皆目見当がつかないからな。だったらメイドが居るうちにボスが来る前の予行演習でもすれば良い。


「おや、おかえりなさい。どうでしたか、地上の様子は?」

「ノイズがまた増えてしまっているよ。何とかしないといけないかも……」

「そうですか。しかしノイズの根本的な原因を解決することは難しく……。そこまで行くのには未だ時間が掛かるかもしれませんね」


 サーティーンはメイドの傍に駆け寄って、そんな話をしていた。

 世間話をするには、テーマが変だ。

 まるで任務報告をするかのような……。

 メイドは、そこまで言ったところで、ぼくに気付いた。


「おや……、サーティーン、彼は?」

「彼は、ノイズを見ることが出来る子だよ。適格者だ」

「ほう……」


 サーティーンからの説明を聞いて、舌なめずりするメイド。

 そして、ぼくの身体を値踏みするかのように、上から下までじっくりと眺めていく。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。


「……そう堅くならなくても良いよ。わたしのことを警戒するのは……間違ってはいないけれどね」


 メイドはくすくすと笑いながら、こちらを見つめる。


「あんたは……誰だ?」

「おや、サーティーン? わたしのことを紹介したはずではないのかな」


 サーティーンはメイドの言葉を聞いて、少し頭を下げる。


「ごめんなさい。……多分、困惑しているのかも。一応、あなたに会わせることは伝えているのだけれど」

「そうかそうか。なら、構わない」


 メイドは立ち上がる。

 そうして、ぼくの方に一歩近づくと――頭を下げた。


「それじゃあ、改めて自己紹介と行こうじゃないか。わたしは、この組織『ウロボロス』をとりまとめている、リーダー的存在だ。皆はボスとも呼ぶし、ゼロとも呼ばれている。よろしく頼むよ」

「……何と呼べば良いんだ?」


 ボスともゼロとも呼ばれていると言っていたが……、今のうち二人ともボスと呼んでいた気がするけれども。


「そりゃあ、自分の好きな方で呼べば良い。この組織は、本名は言わなくて良い。後で説明するが……」

「じゃあ、ぼくのことは何と呼ぶつもりだ?」

「未だ決まっていないし、きみが組織に所属するかも決まっていないからねえ。一先ずはなしかな。正式に決まったらコードネームを付けるよ」


 コードネーム、ね。

 ゼロなりサーティーンなり数字が付いているところを見ると、恐らくそれに倣う形になるのだろうけれど。


「……コードネームの件は一旦置いておくとして、話をしてくれると聞いたけれど?」

「話――ああ、そうだな。話だな。何処から話せば良いものか……話したいことが沢山あるし、理解しておかねばならないことも沢山あるのだが、しかし最初から全部を話してしまうと理解が到底追いつかないだろうから、幾つか分けて話をしているのだよ。――それじゃあ、先ずはノイジー・デイについて話をしようか?」

「ノイジー・デイは、説明されなくても分かるよ。ある日突然起きた『ノイズ』によって、人々が大量死したというやつだろ。それが?」

「それは、政府が発表している表向きの内容だよ」


 ばっさりと、ぼくの言葉を切り捨てた。


「表向き?」

「きみは政府が発表した事実が、全て真実だと思って生きているのか? だとしたら、お目出度いことだ。いや、それを蔑むつもりはない……。寧ろそれによって、悲しい事実を知らなくて済む人が居るのだから、政府のやり方を悪く言うつもりはないのだよ」

「政府は、嘘を吐いている……と?」

「だとしたら、どうする?」


 少しだけ、身震いした。

 自分が知っていることが、真実ではなく、その真実は全く違うものである――そんなことを言われて、何も反応しないだろうか? 答えは否だ。それが恐怖だろうが興味だろうが、何かしらの反応は示すはずだ。

 そして、ぼくは今それに興味を持っている。

 もしそれを狙って、その喋り方をしているのなら――ぼくは頭が上がらない。詐欺師には騙されない自信はあったけれど、この様子じゃ詐欺師にもころっと騙されそうだ……。自衛はしておかないと。


「そもそも『ノイズ』とは何だと思う? 雑音という意味ではあるが……そのままその意味で捉えていくと、イマイチ正体が掴めない。違うか?」


 確かに。

 今まで気にも留めなかったけれど、政府は『ノイズ』が起きたなんて言っていたけれど、そのノイズについては正体不明を一貫していた――まるで、話題を逸らしたいが故に、わざとそう言っているかのような感じすらある。

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