第4話 アジト
「生体エネルギーってことは、使い果たしたら死ぬのか?」
単純な疑問だ。
そんな疑問を確認しなければならない程、ぼくは興味に駆られていたのだろう。
「さあね」
さりとて、答えはあまりにもあっさりとしていた。
少年はそう答えると、おにぎりを頬張って、
「……何故そう答えたかと言われれば、誰も経験したことがないからだ。ノイズを倒すことが出来るのが人間の生体エネルギーである——そう解明したのは、『博士』なのだけれど、その博士が解明出来たのも偶然だったらしいし」
「組織には博士が居るのか?」
博士と呼ばれる存在が、日々兵器の研究に励んでいるのだろうか。
「そこまで仰々しいものをしている訳じゃない……と思うよ。博士はいつもわたし達のことを考えてくれている。ノイズを倒さなくても良いようにならないか、ってことを」
「ん? それって変じゃないか。ノイズを倒すためにそういった兵器を開発しているんだよな? だのに、倒さなくても良いように、って……」
「そんなこと、わたしに言われてもね」
残りのおにぎりを口の中に放り込んで、麦茶で流し込む。
きっとそんな食べ方は、身体に悪いと思う。
「身体に悪かろうが何だろうが、わたしにとってはこれが一番効率の良い食べ方なのだよね。……それとも、もっと良いやり方があるのなら、教えてほしいものだけれど」
何だろうな。
エナジードリンクを飲むのは、違うだろうし。あれは名称にエナジーってついているだけで、実際はカフェインてんこ盛りなドリンクだからな。
そういう訳で、一番効率の良い食べ物と言えば……何だろう、カロリーメイトとか?
「パサつくから、あんまり好きではないのだけれどね」
「牛乳でも飲めば良いじゃないか。カルシウムも取れて一石二鳥だぞ」
それは良いのかどうか分からないけれど、やっている人間は居ると思う。例えば、朝に時間が取れないサラリーマンとか。
「でも、おにぎりが一番良いのかなあ。日本人だし、お米を食べないと」
「さっき効率の良いやり方を教えろ、と言ったのは誰だったっけか?」
「さあ、誰だったかな」
忘れるなよ。
都合の良いことばかり忘れてしまうのは、それはそれでどうなんだ?
「別に、忘れようと思って忘れた訳ではないけれどね。……わたしは、興味の持たないことは、直ぐに忘れるようにしているんだ。意識してではなく、無意識に」
「たちが悪いな……。元々記憶力が悪いとか?」
「馬鹿にしているのか?」
馬鹿にしていねえよ。
話の流れでそう言っているだけなのに、何がおかしいんだ……。
「食べ終わった! ……さあ、向かおうとしようか、アジトに。皆、待っているはずだろうから」
そうだった。
ぼく達はどうしてこんな公園で屯していたのか——理由をすっかりと忘れていた。
これから向かうのは、ノイズのことを知っているらしい組織のアジトだ。
もしかしたら、ぼくの一抹の不安も何かしら解消してくれるやもしれない、場所だ。
ほんとうに解決出来るのかは、きっと行ってみないと分からないのだろうけれど。
◇◇◇
路地裏を進んでいくと、異世界の感覚がある。
……というと、詩的に聞こえるかもしれないけれど、それは存外間違っちゃいない。
メインストリートは、夜になるにつれてネオンサインの明かりに照らされていく。行き違う人々は、それぞれ違う顔や服装をしていて、それだけで見ていても飽きることはないだろう。今は未だ夕食を食べる家族連れが多いこの街ではあるけれど、もう二時間もすればスナックやキャバクラに行き交うサラリーマンが中心となるはずだ。ぼくは一度も行ったことはないし、きっと永遠に行くこともないのだろう、とは思う。
酒を飲める年齢であることは間違いない——だからといって、必ず酒を飲まないといけない、という訳でもない。
人に酒を勧めるなど、もってのほかだ。
大酒飲みが居たとしても、それをしなければぼくは問題ないと思う——その行為をするだけで、マイナス三百点ぐらいはあると思うけれど。
路地裏も路地裏で活気はある。しかしながら、大半の店は個人経営だ。スナックやキャバクラ、バーに立ち飲み居酒屋……こんなにお店の種類があるのか、と感心してしまうぐらいだ。
そんな物に目もくれず、ぼく達は路地裏を突き進んでいる。少年は、見た目こそ小さいが、もしかしたらぼくと同じぐらいの年齢か? 客引きに声を掛けられても、上手く対処している。そうしてぼくも少年についていっているから、ぼくも声を掛けられることはない。
客引き程面倒臭いものはない。店が決まっていないなら、とは言うけれど、決まっていないから何だというのか。お店ぐらい、こちらで決めさせてほしいものだ。
大抵、そういうお店は高額なお店ばかりだ——とは言うけれど、何処までほんとうかは分からない。何せ、それに出会したとしても上手くのらりくらりと躱しているからだ。
「着いたよ」
少年が、立ち止まる。
ぼくは顔を上げた。そこにあったのは、小さな店だ。バーのようなたたずまいをしている。
「酒は飲まないぞ」
「馬鹿。それに誘っているんじゃないよ、忘れたの? わたしについてきている理由を」
忘れるものか。忘れる訳がない……ウロボロス、だったか? それに会いに行くためだ。
「そう。覚えているようで何より……。まあ、騙されたと思ってついてきてよ。ここまで来たんだし、ちょっとぐらい良いだろ?」
何がちょっとぐらい、なのかは分からないけれど、その提案は概ね間違ってはいない。
ここまで来たなら、行けるところまで行くべきだ。
ぼくはそう思い、頷く。
少年はそれを見て、にやりと笑みを浮かべると——扉を開けた。
「いらっしゃい。……って、何だ。サーティーンか」
カウンターに立っていた女性は、お客さんかと思ったのか一瞬満面の笑みで出迎えてくれたが、直ぐに無表情に変わった。
いや、無表情というよりは、冷笑に近いか?
「何だ、って何だよ。せっかく帰ってきたのに、その物言いか? フィフティーン。ちょっとばかりは、嬉しく思ってほしいものだよ……。仲間が帰ってきたっていうのにさ」
「別に仲間と言ってもね……」
「その感じだと、今日も客は居ない感じ?」
「ああ。閑古鳥が鳴きまくっているよ」
グラスを磨きながら、深い溜息を吐くフィフティーン。
目線を落として——そこでぼくに気付いたのか、首を傾げる。
「サーティーン、後ろに居るのは?」
「ああ、実はさっき見つけたんだ。彼、ノイズが見えるんだよ」
「何?」
グラスを置いて、カウンター越しに近づいてくるフィフティーン。
そして、ぼくを見て、言う。
「……ノイズが見えた、って?」
「あ、ああ……。何だか良く分からない、靄のようなものが……」
まるで尋問を受けているようで、とても気分の良いものではない。
しかしながら、その時間は一瞬で終了した。
「……成る程。ちょっと帰りが遅いと思っていたけれど、そういうこと。しかし……、またかね」
また?
何度もあるのか、こういうことが。
「まあねえ。とにかく、ボスに挨拶しようと思うのだけれど、良いかな?」
「良いよ。ボスに出会ってノイズのことを知って……この世界の現状を改めて理解するのも悪くない。わたしは要らないね?」
「だって、接客があるでしょう?」
閑古鳥が鳴いている店の、か?
「まあ、間違いないね。誰が来るか分からないけれど、営業時間中はカウンターに居ないといけない……。これがマスターのデメリットでもあるかな。楽しいことには変わりないのだけれど」
「因みに」
「うん?」
「今日のメニューは?」
さっきおにぎり食ったばっかりでは?
「今日は肉じゃがだよ」
えらい家庭的な料理を出してくるんだな。
「やった! 美味しいもんね、肉じゃが」
「はいはい、とにかく、先ずはボスに挨拶して来なさい。それから、食事を取ると良い。二人分用意しておくから」
「了解。ありがとうね!」
そうして手を振って、少年——いや、サーティーンは店の奥へと入っていった。
……これはついていった方が良いんだろうな?
ぼくはそう解釈し、サーティーンの後をついていくのだった。
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