第3話 小休憩

 ウロボロス——確か、循環性や永続性をイメージ出来るものだったか。蛇が自らの尾を咥えていることで環状になっているものだったはずだが、どうしてそれを組織の名前に使ったのだろうか。

 気になることは多い。

 けれども、それを今解決出来るのは非常に可能性として低い。

 繁華街を歩いていても、少年は一言も喋りはしなかった。

 不安ではあるけれど、違和感もある。

 どうして少年は、ぼくをウロボロスへ招待したのか?


「……答えは簡単です。言ったじゃないですか。ノイズによって変容した存在を、仲間を、探しているのだと」


 ノイズについての説明もなければ、理由についての説明もない。

 ひどく淡泊ではあるのだろうけれど、説明をしてもらえないと、話にならない。

 ぼくの人生は、ぼくが主体的に動いてこそ、成り立つのではないのだろうか?


「何それ。そんなこと、聞いたことないし。別に主役だからって、主役として動かないといけない理由もないでしょう? 楽な方はどっちだと思う? 考えてみれば、分かる話だと思うけれど」

「……そりゃあ、流動的に動いた方が楽だと思うよ」


 何も考えなくても良いのだから。

 そんな人生、きっと面白くないのだろうけれど。


「面白くない——うん、それは間違いないだろうね。そんな人生が、仮に存在するならば、それを楽しむことは出来ないと思う。出来る人間は、希有だ。希有な人間に合わせるつもりは毛頭ないから、普通の人間からしてみれば、至極退屈な人生を送ることになるんだと思う」

「その人生を送りたいと思うか?」

「思わないけれど、今それを話す必要はなくない?」


 お腹空いた、とだけ言って少年はコンビニに入っていった。

 いきなり進路を変えないでほしい。慌ててぼくもそれに合わせる。

 平日の夕方、コンビニの店員は大抵高校生だ。やる気のある学生も居るのだろうけれど、今日はやる気のないそれだ。挨拶だってほんとうに何を言っているのかさっぱり分からないようなそれで、客を見ようともしていない。いつでもスマートフォンを触りたいと思っているのだろう。労働の対価でお金を払ってくれることを、すっかり忘れてしまっているような気がする。気のせいか?


「アルバイトも、やることは日に日に増えているのに給料はさして変わらない、というのが可哀想だよね。QRコード決済にポイントカード……、便利ではあるけれど、こうやってデメリットも出てきている訳だし」

「でも、それはアルバイトがきちんとこなせるようになれば良いだけの話では?」

「……きみ、ブラック企業で管理職になれる素質あると思うよ」


 それは馬鹿にしているよな。明らかに。

 ツナと卵焼きが挟まったサンドイッチと鮭のおにぎり、それと麦茶のペットボトルを手に取ってレジに向かう少年。

 ぼくも何か買っておこうと思ったけれど、病院帰りにラーメンを食べてしまい、今は満腹……とまでは行かなくとも、あまり食事が入る風には思えない。なので、ツナマヨのおにぎりと水を購入することとした。

 レジに持って行くと、少年が手を伸ばす。


「何を?」

「払うよ。ここで出会ったのも何かの縁だぜ」

「……いやいや」


 流石に見ず知らずの人間に全て払ってもらう程、落ちぶれちゃいないよ。


「見ず知らず……でもないだろ。さっきあそこで出会って、ノイズを撃退した。そいで、わたしはこれからきみを組織へ招待する。……どうだい? 見ず知らずではないと思うけれど?」

「……これ、払うまで終わらないな?」


 ますますRPGの正しい選択肢を選ばないと無限ループに陥るモブキャラみたいじゃないか——なんて言うと怒られそうなので言わないでおく。

 あ、でも心を読めるんだから意味がないのか……。


「分かっているなら、どうして思ったのかな?」

「思うのは別に良いだろ。というか、丸裸にされてしまう方が嫌なのだけれど、何か対策はないのかな? 或いは、見なくても良いのではないかな」

「それは出来ないね。残念ながら……。というか、そんなコントロールが出来るんなら、とっくにしているから」


 スマートフォンを操作して、QRコードを出す。


「あ、これで」


 QRコードを差し出すと、店員は慣れた手つきでそれをレジで読み取った。

 決済音が鳴って、お金が支払われる。

 レシートを受け取って、ぼく達はコンビニを出た。

 結局、奢りになってしまった……。おにぎりとペットボトル一本なので大した金額ではないのだけれど、これはこれでちょっと恥ずかしいな。

 きっとあの店員も、この二人の関係性を一瞬ばかりは気になったかもしれない。

 まあ、それを気にしたところで、コンビニに勤務している以上、もっと沢山の変わった人間を相手にしていくのだろうけれど。


「それにしても、日本のコンビニってのは優秀だよ。仕事が増えているのに、給料は変わらないし、安い方だし。それで文句一つ言わないんだから。今じゃ、人手も少ないなんて言われているよね」

「そりゃあそうだろうな……。正社員になりたくてもなれない人がやっていることもあるらしいけれど。深夜バイトとかなら、もっと時給は良いはずだけれど」

「深夜は深夜で、続けると人間としての尊厳を喪いかねない気がするけれど」


 ならねえよ。

 昼夜逆転ごときで喪っていたら、そんな尊厳はないのと同じだ。


「そうかな。そうかもしれないね。……さて、公園で少し休憩しようか。ウロボロスのアジトまではもう少し時間が掛かるから」

「別に、ぼくは休まなくても良いけれど」

「デリカシーがないね……。わたしはさっきノイズを倒したばっかりだよ? 体力がなくなっているってことに気付かないかな。別に良いけれど、今後やっていく上ではその辺りもきちんとしてもらわないと困るよ」

「そう言われてもな……」


 別に、共同生活をするつもりはないし。

 一人が良いから、ずっと一人でやってきた節もある。

 ともあれ、ここでは少年に従うしかなかろう。そう思って、ぼくはコンビニの隣にある公園へと足を踏み入れた。

 公園と言っても、シーソーと砂場、小さいベンチが二つ三つある程度の小さな公園だ。公園も遊具がどんどん消えているとは聞いたことがあるけれど、よもやここまで減っているとは思いもしなかった。もう少ししたら、公園から完全に遊具が消える未来も近いのでは?

 ベンチに腰掛けて、ぼくと少年はおにぎりを食べることとした。


「……はあ、ノイズを倒すために力を使うと、やっぱりお腹が空くよ。アジトに行けば美味しいご飯が待っているのだけれど、待てなかったからさ」

「あのガントレットか? それって、電気か何かを使っているんじゃないのか」


 確かにガントレットから何か出ていたと思う。

 けれどもそれは、人間の体力を消耗する程のエネルギーは使っていないような気がするけれど……。それとも単純に重量があるとか、だろうか。


「まあ、簡単に言えば、これって生体エネルギーを使っているんだよね。だから、ガントレットなんだよ。人間の手に密着させる武器じゃないと、効率的にエネルギーを供給出来ないんだ」

「……マジかよ」


 適当に言った妄想が、よもや現実に存在するとは、誰が想像するだろうか?

 少なくとも、この世界に居る人間の殆どがそうは思わないだろう。小説や漫画などのフィクションならともかく、ノンフィクションの世界でそんなことがあるはずがない——と。

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