第2話 ノイズ
「……ふうん。正直に言うのは、正解かな」
少年は呟いて、くすりと笑みを浮かべる。
「あれは……何なんだ? 誰もそれを見ているようには思えない。あれは、いったい」
「何だと思う?」
質問を質問で返してくるタイプか。正直、苦手だ。
苦手なタイプだからこそ、どうしようかと悩むこともある。
けれども、ここで延々と自分の中に閉じこもっていたって……。
「何だと思う?」
こうやって、現実からは逃げられない。
「……何だろうな。分からないよ」
話さなければ、話は進まないだろう。
RPGの選択肢を誤っていると無限ループに陥るのと、同じ理屈だ。
「わたしをRPGのモブキャラだと認識しているのなら、それは誤解かな」
「何で、ぼくの心を読めるんだ?」
「何故って? そういう能力を持っているからだよ」
……お花畑だったか。
頭の中がおかしくなってしまったと同時に、お花畑になっている人間と出会ってしまった。
今日の魚座の運勢は、最下位かな。
「未だに誕生日占いを信じるのは、宜しくないと思うけれどな。誕生日占いを信用して、何になるの? 人間は誰一人として同じ存在は居ない。けれども、誕生日は三百六十六日のうちどれかになる訳だし……、つまり三百六十六分の一ってことになるよね。それが、一緒になったからって、占い結果も一緒になるの? 有名人と同じ誕生日になったからって、自分も有名になれる保証はないでしょう?」
「そりゃあ……まあ……」
分かっているよ。
分かっているけれどさ。
占いというオカルティックなものを、時には信じたくなるのが人間ってものだろ。
「わたしは、そうは思わないな」
一息。
「……答えを言おうか。あれは、ノイズだよ」
「ノイズ?」
十億人もの人間を、一度に殺したというあのノイズか?
「それとは近くて遠い存在かな。ノイズというのは、確かに十億人もの人間を一度に殺した大災害だ。けれども、それは、姿を見せていなかった。姿形が存在しなかった代物だよ。しかし、これは違う。強いて言うなら、下級生物みたいな、そんな感じかな」
「……お前の言っている言葉の意味が、全く分からないな。ノイズなのか、ノイズじゃないのか。どっちなんだ?」
「その質問に答えるのであれば、ノイズだよ。あれは、ノイズが具現化したものだ」
一歩、歩き出す。
「人間に害を為していない。今のところはね。けれども、それはあくまでも人間とは違うレイヤーに生きているからだ」
「なら、どうしてぼく達はあいつを見えているんだ。他の人達に見えていないのに……」
「きみ、病院に通っているだろう? ノイジー・デイの後から、体調を崩していないかな?」
「……何故、それを?」
まさか病院から出るところを見ていた、とか?
「半分正解かな。ノイジー・デイは、殺人ノイズが発生した日だ。それ以上でもそれ以下でもない——と思っているのが殆どだ。けれども、違う。ノイズを受けたことで、普通の人間とは違う物が見えるようになった人も出てきているんだ。きみみたいにね」
「……それが、あれだって?」
分からない。
いきなり言われたって、理解出来る訳がない。
もっと、現実的な理論を並べてほしいものだけれど……。
「現実的、と言ってもこれが現実だよ。何もノイジー・デイでノイズを受けたからって、普通の人間には見えないそれが見えるようになっただけ……でもない。わたしが心を読んでいるのも、それだ」
超能力に目覚めました、ってか?
それはそれで、今すぐ病院に行くべきだと思うな。
「話の腰を折らない方が良いよ。それとも、それが趣味? だとすれば、悪趣味だね。さて、ノイズを何とかしないといけないのは、分かるかな?」
分からないね。
もしかして、あれを放っておくとレイヤーを移ってくるのか?
「分かってきているじゃないか。その通り、わたし達が見えているレイヤーは人間が住んでいるレイヤーとは違うのだけれど、重ね合わせの状態で見えている。だから、二つのレイヤーが透き通って見えているし、どちらのレイヤーにも干渉出来る。力が強くなりすぎると、人間から視認されなくなることもあるのだけれど、まあ、それは後で説明することとしようか」
後、って。
次に出会う機会でもあるのだろうかね。
「いいや、違うよ。先ずはあの……ノイズを何とかしないとね。優先順位をつけている、ただそれだけさ」
右手を差し出す。
右手には、ガントレットがついている。
ガントレットとは、まあ、平たくいえば手袋だ。しかし、ただの手袋ではなく機械がゴテゴテと取り付いている。
「わたしは戦闘能力を持ち合わせていなくてね。けれども、これを使えば……」
ガントレットを強く握り、ノイズに向けて思い切り手を伸ばす。
そして、掌を広げると——衝撃波が、靄に襲いかかった。
「……えっ?」
あまりにも瞬間的な出来事で、何が起きたのかさっぱり分からなかった。
しかし、次の瞬間には——靄は綺麗さっぱり居なくなっていた。
いや、消し去った、と言った方が正しいのかもしれないな。
「……ふう。これで、一段落ついたかな」
「おい、あれはいったいどういうことなんだ……」
「ノイズを消し去った。ただそれだけだよ。世界にはノイズは必要ない。だから、そのために」
「それは、分かるけれど……」
ノイズが何だか、そういうことを聞きたいんじゃない。
どうしてぼくがそれを見ることが出来るのか、それを聞きたいんだ。
「一応、説明はしたつもりだけれど……。でも、知りたいのなら、きみにはチャンスがある」
「チャンス?」
「さあ、どちらを選ぶ? 一つは、元の世界に戻ることだ。わたしと出会ったことを綺麗さっぱり忘れて、いつも通りの生活を送る。先生から薬をもらって、治るかどうかも分からない恐怖に怯えながら、ノイジー・アフターを生きていく」
何とも酷い言い方だな。
何一つ、間違っていないのが猶更腹が立つけれど。
「もう一つは、わたしについていくこと。世界の真実にノイズの真実、きみに課せられた役目も知ることが出来る。世界がどうなっていて、これからどうなってしまうのかも知ることが出来る。……さあ、どちらを選ぶ? どちらでも、わたしは構わないけれど」
「……知ってから、日常に戻るパターンは?」
「そんなことを、出来ると思っているのかい?」
まあ、無理だろうな。
一度聞いておこうと思っただけだ。気にしないでくれ。
「……はあ。そう言う人間ははじめてだよ。さて、どうする? 考える時間は、そうないけれど」
「そんなの、決まっている」
ここまで来て、元の日常に戻りますなんて言える訳がない。
だって現実は、そんなこと有り得なくて、ノイズを見続けるのだろうから。
「……決まりだ。それじゃあ、案内するよ」
そこで、少年は笑みを浮かべる。
それは、どういった感情だったのかは——直ぐに理解しなかった。
「それじゃあ、向かおうか。わたし達の組織——『ウロボロス』のアジトへ」
その言葉に、ぼくはしっかりと頷いた。
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