第6話出会いと秘密
俺は自殺未遂を行った。
人生の主人公だからだ。
責任をもって、この手で終止符を打とうとした。
けど、足がすくんで上手く飛べず転げて駅のホームに落ちかけた。そこを周りの方に助けてもらった。
警察官にはこっぴどく怒られたな。
「どうしてこんなことをしたんだ?話してみろ。ここは安全だ。」
俺はしっかり自殺の理由を話してやったよ。
けど、まともな理由としては受け入れてはもらえなかった。一方的な説教を長く受けた。
酷いと思わないか?
「キラキラネーム」
って言葉を口にしただけでだぜ?
キラキラネームだって、時に人を死に追い込むってのに。
やっぱり、生きてたって仕方ない。
もう一度日を変えて実行しよう。
その前に、あいつらといつもの公園で触れ合ってから。思い出作りは大切だろ?
もうすぐ会えなくなるんだ。
そうだ。後輩にも一言連絡しておこうかな?
いや、連絡をした後に自殺するだなんて酷だ。やめておこう。
それに、あいつとはしばらく連絡を取りあっていない。知らなければ、いつまでも俺が生きていると思ってくれる。そっちの方があいつにとっても「幸せ」だろ。
静かに。人に迷惑はかけないように。
実行しよう。
今日は帰ろう。
電車に乗り、最寄りに駅に着くまで外の景色をぼんやり眺めた。もうすぐ、この景色すら見れなくなる。死んだ後ってどうなるんだろう。
何かに転生するのだろうか?それはそれで悪くないな。そんな事を考えている間に、いつの間にか
俺の口角は上がっていた。それと同時に、周りの冷たい視線が僕に降り注ぐ。
現実に戻り、気まずい空気感の中慌てて携帯を見て、誤魔化した。
すると、アナウンスから俺の最寄り駅が流れる。
電車を出た。
バスが来るまでまだ時間がある。
俺は近くの自販機で飲み物を買おうと思い、
そばによる。
炭酸飲料から天然水まで幅広い飲み物を備えた一般的な自販機だ。
けど、俺はここで買うことは辞めることにした。
高いし、俺の目的の物は無かったからだ。
バス停に戻りバスに揺られる。
窓から見える星空は生き生きとして、今日も光っている。光が弱いものから強いものまで、必死に……必死に……
「俺もこんな風になってみたいなぁ。」
俺は星空を見ながらこんな言葉をこぼした。
すると。隣にいた若めの女性が話しかけてきた。
「お星好きなんですか?」
「そうですね……ふとした瞬間に星を眺める癖みたいなもんがあるんです。親にも星みたいに自分の色をどんどんアピールしていくんだよ。何を言われようと……お前はお前なんだから。そう言われて、育ってきましたから。」
「素敵なご両親で。」
彼女は綺麗な髪飾りを触りながら、返事をする。それからまた続けて話しだした。
「私は新社会人なんですけど……中々仕事が上手くいかなくて……軽い鬱みたいな感じなんですよね。最初からめげてちゃダメだとは分かってるんですけど……」
「新社会人は大変ですよね!俺もそうでした。あなたは個性を失わずに、しっかり生きてくださいね!」
俺は降車ボタンを押すと同時に伝えた。
「ありがとうございます!失礼ですけどお名前伺ってもよろしいでしょうか?」
「赤星 光です。まぁ…らいとっていっても雷とかではなく光って書くんですけどね」
俺は作り笑いをしながら言った。
心の中で。また変なやつだと思われる。
そう思ったからだ。
すると。彼女は口を開いた。
「らいとさんですか!いい名前ですね!
まさにご両親のお言葉通り、明るいお名前!
それに、赤い星の中には、おうし座があるんですけど、その意味は後に続くもの。
あなたはとても期待されていたんですね!」
俺はそんな彼女の言葉に励まされながら
「ありがとうございました!お元気で……」
俺はその言葉を言い残しバスを降りた。
久しぶりに、名前を褒められた。
こんなのいつぶりだろう。
体の熱が目頭を熱くさせる。
たれた雫を必死に手で拭った。
こんな顔、家族に見せられない。
感情が治まるのを待った。
びちょびちょになった手を服で拭き、家の近くの自販機でミルクティー4つ買った。
家に帰ろうとした時、
「赤星さん!」
隣の家のおじさんが話しかけてきた。
綺麗な赤の花をもち、鮮やかな緑色の茎を備えた花に水を上げているところだった。
「こんばんは!今日も元気に花を咲かせてますね!流石です!」
「えへへ!ちょっと照れくさくなるな〜」
おじさんはお花のように鮮やかな笑顔を咲かせる。 そして、
「今日もお疲れ様でした。また、明日お元気で……」
と一言残し、家に入っていった。
俺は明日の活力を手に入れた。
そして、家のもんを開け、軽快な足取りでドアの前まで駆け寄る。そして、さらなる活力を求めて
ドアを開けながら一言
「ただいま。みんな。」
家に入ると、子供たちが俺に駆け寄る。
「おかえり!」
そう言って荷物を代わりに居間まで、運んでくれる。
今に入ると今度は
「おかえりなさい。らいと!」
「ただいま。」
俺の愛する妻の声がする。
幸せだった。
家に入ればもう会社のことは忘れてしまう。
お風呂で歌を熱唱し、お風呂を上がると
妻が作ったあたたかいご飯を食べる。
そして食べ終わり洗い物をした後、
妻に
「ご馳走様。美味しかったよ。ありがとう。」
ご飯の感想と感謝を伝える。
その後は、
来年1月と3月に高校受験を控えた双子の勉強を手伝うのが日課だ。
その為に、寝る前に仕事と並列して高校受験の範囲の勉強を復習を兼ねて行っている。ただし、
手紙を残してみるよ。これで、みんな勘弁してね。
その後、布団で少し横になる。
明日は俺の命日になるのか…そんな考えをした後眠りに落ちた。
翌朝
目覚めてすぐ日光をあび、伸びをする。
そして居間に向かいご飯を食べる。
子供たちは朝に起きて勉強した後、ご飯を食べて登校する。
なので、いつもご飯を食べている間に、子供たちは、登校してしまう。
我ながら出来た子を育てたと思う反面少し、寂しさを感じる。
朝の用意をしたら、
「行ってらっしゃい」
と妻の声に後を押されて、出勤。
電車の中では
一日を楽しくする魔法の習慣という題名の本を読みながら過ごし、会社に着いたら
地獄の始まりだ。
パワハラのような上司の暴言。叱責。とても1人では手に負えない量のタスク。
それを見て、クスクス笑う周りの同期。
同じ仕事を任されたグループに話しかけても無視される。
こんな仕打ちを、受けながらも
俺は今日が命日だ。そう考えると、なんだか自由になれたように感じ気が楽になった。
仕事は順調に進み、与えられた物を全てこなすことに成功した。
そこで、上司に初めて
「今日は頑張ったな。」
と軽いお褒めをもらった。初めは嬉しかったが、「今日は」という言葉を聞いた瞬間、嬉しさは儚く散った、
俺は毎日、精一杯身を粉にして働いた。
なのに 今日しか頑張っていたと評価されていなかったんだなって。
俺は窓から見えるいつもより暗い景色を見ながら、会社を出た。
駅までの道のりを進む中で、俺は
今まであった出来事を思い浮かべた。
けど、思い浮かんだのは大学生活のみだった。
それ以外は良いと言える思い出がなかった。
我ながらろくな人生歩んでないなと思いながら歩を進める。
駅に着く。
もちろん、帰宅の人たちでホームが埋まってしまう事ぐらいは予想済み。
なので、帰宅ラッシュの時間帯より少し早い時間に駅に着くように予め計算しておいた。
なので、人は数人が椅子に座ったりしている程度だった。
次の電車まで残り3分。
俺の人生も残り3分か。
悔いは無い。
ただ、次は幸せに生まれたいな。
普通の生活を送り、普通の対応を受け、普通の人生を歩みたい。
そう思った。
アナウンスが流れる。
「まもなく、1番線に電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください。」
ガタン、ガタン。
最後に
「二度とこんな状況の人を出さない世の中にしたい。」
俺は勢いよく飛び込んだ。
「立花!立花!」
誰かが俺を呼ぶ声で意識が徐々に戻ってきた。
「大丈夫か?」
俺は返事を返そうと口を開けるが喉がそれを拒む。
「何言ってんだ?返事をしろ!」
返事を出して欲しい刑事と声を出せない俺の攻防。
「声…出せないのか?」
俺は拳を握って親指を天に向かって伸ばす。
「そうか……今救急車を待っているところだ。ここは駅員室だ。」
すると、アナウンスが流れる。
「1番線に電車が参ります。黄色いの線の内側までお下がりください。」
少し経つと、電車のガタン!という音が耳に入ってきた。
自然と体が緊張状態になる。そして、記憶が戻った。
「あいつらは!双子は!現れたか!?」
「それが目的か。現れなかったよ。というか、俺には見えねぇだけかもしれないですけど。」
俺は必死に起きようとする。されど、体は動かない。金縛りのように…
「お前、正気か?」
「正気だよ。」
「正気なら電車に飛び込みなんかしねぇだろ?お前疲れてんだよ。」
俺は何も言えない。実際そうだったのかもしれないから。目的に向かって無我夢中に進み続けた結果体の悲鳴に気づけていなかったのかもしれないから。
「なぁ。親戚に身を任せろ。家族と一緒に。
まともな精神状態じゃねぇだろ?
さっきも言ったろ。俺が調べておいてやる。
あとは任せろ。」
その言葉は俺に染みた。じんわりじんわり。
この人の言葉は何故か俺の体に染み込んでくる。
暖かく。暖かく。じっくりと。俺は笑っていた。
「わかったよ。今の現状をまずどうにかする。」
「元気でな。また。その笑顔を見せてくれよ。」
その言葉を交わした時、到着した救急隊員の方に病院へ連れていかれた。
刑事は付き添い人としてはきてくれなかった。
そして、俺は検査入院をした後、実家に戻った。
そこで、家族と暮らしながら精神ケアをカウンセラーから受けた。そして、昔の思い出をひたすら漁るように見た。
そして、俺は誤解に気がついた。
それは、俺が家族と見た思い出の花は赤色の花弁に緑色の茎を持つ花。そして、その花の名前はハナキリンなのである。
約1年くらい経った頃、再び事件捜査のため戻る事にした。
刑事が待ってくれている。だから、なるべく早く戻ろうと決めていたから。
親戚から
「無理しないようにね。何かあったらまた戻ってきなさい。」
と一言もらった。
「ありがとう」
心の緊張が溶ける感覚がした。
柔らかくゆっくりと鼓動が進む。
これが、"普通"というものか。
電車に揺られながら今の状態を味わった。
駅に着き、目的の家へ向かう。
俺の新たな新居だ。
これからの目標は3つ。
1つ目は事件の真相を掴むこと。
2つ目は俺が受けた名前に関する差別の慈善活動。もうこんな、被害者は出させない。
3つ目はあの2人の目的を知ること。
恐らく、1つ目を解決すれば3つ目も解決はできるだろう。と考えている。しかし、アイツらは簡単には口を割らないように思う。だから、あえて分けた。
自分とって不都合な事を話す事はとても難しい。
相応の覚悟が必要になるからだ。
よっぽどな信頼が無いのだとしたら、不都合な事を話せば、それがそのままイメージとなって帰ってくる。
すると、自分に対する態度は変わってしまう。
不都合な事を話す。ということは、自分のイメージに泥を塗ることになるのだ。
また、色んな仕打ちを受ける事になるかもしれない。我々はそれを受ける覚悟を持たなければならない。
俺もそうだったからだ。
キラキラネームについて他人に公開したことで、様々ないじめを受けた。そして、それが自分にとっての悪物だと知った。
次にこの事を話したのは、あの双子の時だ。
アイツらは名前を名乗りたくないと言っていた。
俺はそこに親近感を感じた。名前に対するコンプレックスを持った人は赤星先輩以来だったからだ。
名前についてのコンプレックスは、俺も嫌という程知っている。だから、無理に言わなくてもいいよ。その一言を言おうと思っていたところで、
アイツらは形を変えて教えてくれた。
俺にとって、アイツらはすごいと思った。
正直尊敬した。
もし、俺があの立場だったら死ぬ気で誤魔化していたように思う。
アイツらは立ち向かう勇気があった。
嫌な事を公開してくれたアイツらを俺は信用した。だから、先輩の話もなにもかも話した。
アイツらは死ぬべきじゃなかった。
俺の頭はそれでいっぱいだった。
電車を降りたオレは目の前の新鮮な景色に胸をはずませた。
正直あの刑事に会えるということが何より嬉しかった。
とりあえず新居に荷物を置きに行く。
第2の人生の始まりに心を踊らせた。
近隣の方に挨拶を済ませたあと、警察署を訪れた。
「あの〜尋ねたい人がいるのですが…」
「お名前をどうぞ。」
俺はドキッとした。あの刑事の名前を聞いていない事に。
「……また後できます。」
名前を答えられない俺は仕方なく家に帰る事にした。
「なにか思い出せること…あ。」
俺は思い出した。彼についての情報を。
「彼は現場監督者だ。」
その日はもう夜が遅くなってきていた。
他にもしたいことがあったので、一通り済ませてから、もう一度刑事を尋ねることにした。
それとは別に、2つ目の目標の達成のため、
俺はある書き込みサイトに、キラキラネームについての体験日記を書き留めた。
そして、その不当性などを読者に訴えかけるようにした。
他にも、サーバーを作り、名前や性別その他の差別についての意見の場を作った。
俺はそこで、同じような思考の人との交流を図ろうとした。
今はまだ、0人。誰一人としてサーバーにも、
書き込みにも反応はなかった。
いつか、このサーバーを幾千の人達で埋めつくせるように……この体験日記から差別に対して考えて貰えたら……
そう考えながら、その日は幕を閉じた。
次の日。
相変わらずプレビューやいいねはひとつもつかない。
仕方ない。まだ、書き込んで少しだ。
首を長くして待とう。
いつか、報われるはずだから。いや、報われなければならないのだ。
今日はコンビニでバイトをする。
予め、書類を送って1次は合格。検査入院の時だったため、何とかビデオ面接という形で二次を受けた。結果は合格。入院を終え、新居に着いてから即日働いてもらうと通知が届いていた。
正直、環境にはあまり期待はしていなかった。
コンビニは様々な年齢の方が来る。
よって、多少の常識を逸脱した行為は予想済み。
受け入れる覚悟を持ってきていた。
「こんにちは!ここの店長、鈴木 敏也です。」
「初めまして!こんにちは!立花空です!本日はよろしくお願いします。」
「こちらこそ、期待してますよ!とりあえず、今日はレジを担当してください。あと、途中で品出しについての指導が入るかもなので頭に入れておいてください!」
「分かりました!」
その後は、レジの使い方を教わり、
俺は1人となった。
「思ったより人って来ないんだな。コンビニって誰かしらがどの時間もいると思ってたけど。」
閉ざされた空間かのように、なんの音沙汰も無い。もはや、偽物の恐怖を感じるように。
無数の商品と共に、時間は過ぎていく。
「これで、時給1000か。本当に対価として見合ってるのか?」
そう呟いた時、来店時になる、独特のメロディーが流れた。
「いらっしゃいませ。」
反射的に言葉を放つ。
客は若めの女性だ。少し荒んで見えるが、そんなに古くはなさそうな首飾りを付けている。
カバンには星のストラップがりんりんと光を反射している。
彼女はおにぎりとサラダを手にとり、レジへやってきた。
俺は慣れない手つきで必死にレジを打とう!と
奮闘する。何度が打ち間違えをしたが何とか金額を表示した。
「お待たせしてしまい、すみませんでした。365円です。」
「新人さんですか?」
彼女は柔らかい笑顔で語り掛けてくる。
「今日が初出勤でして……」
「そうなんですね!仕方ないですよ!頑張ってください!」
彼女は465円を片手に返事をする。
「465円お預かりします。100円のお釣りです。ありがとうございます!」
「頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます!」
世の中悪くないと少し思った
それから。奥から店長が来て、
「品出しやってみようか。」
「はい!」
「まぁ、やることは単純で、とにかく品を決まった場所に並べるだけ。
注意すべきは日付かな。たまに、順番に並んでいない時があるから。
もし、順番がおかしいものがあった時は、奥に新しいの。手前に古いもの。の順で置いてね!
賞味期限がギリギリな物は早く売らないと行かないから。」
「分かりました!」
店長はまた奥に消えていく。
俺は品出しを頑張る。そして、その日のバイトは終了の時間を迎えた。
「立花くん!そろそろ終わろうか!」
「はい!」
支度を終えたあと、再び店長の元へ行く。
「これ。今日の分!ご苦労さま!」
「お疲れ様でした!」
帰りの景色は明るく見えた。
いつも通り、帰って日記を書いて寝た。
久しぶりの労働による疲労は体を蝕んだ。
特に品出しの際、目線より下の物を入れる
事が辛かった。主に、腰が悲鳴をあげていた。
それからはバイトをして、日記を書くという生活が機械的に繰り返される毎日だった。
少し変わった事と言えば、あの女性と会う機会が増えた事。日記のPVやいいねが増えてきた事。
サーバーの規模が徐々に拡大してきている事だ。
ある程度、規模が大きくなり、その分野で俺の名前が徐々に浸透し始めた。
そして。初の公演を行う事になった。
中学校で、差別について語ったのだ。
それから次第に仕事は増えた。
公演料金の方がバイトの稼ぎを上回るようになった。
また、俺が扱った日記の話にあの心中事件の方が
関係している事から日記の評判が広まり、ニュースにも取り上げられた。
そのまま俺は差別に対する本を書いた。それが案の定大ヒット。
俺は事務所を取り、サーバーに所属した人たちと
実際に仕事をしていく事にした。
そんな時に、ある女性が尋ねてきた。
「初めまして。覚えてらっしゃいますか?」
「えっ…」
まさに若者という格好をした女性。
正直大学でも女性との交流をしてこなかった俺からしたら心当たりが見つからない。
名前を覚えていないなんて到底言えない。
失礼だ。
俺は何年もの過去の記憶の片鱗を集めてひとつに繋げていく。
されどもどの記憶にも女性の名前を聞いた記憶が見つからない。
腹を括って尋ねた。
「失礼ですが…名前を訪ねてもよろしいですか?思い出せなくて……」
「多分、名前を聞いても思い出せないと思いますよ!」
彼女は笑いながら言った。そして、衝撃的な言葉を放った。
「だって、私しかあなたの名前を知らないですし。あなたはそうする機会なんてなかったじゃないですか。」
「それって……どういう……」
流石に、背筋が凍った。鳥肌が立つと共に水風呂に入ったような寒気に襲われる。ストーカー?俺はそう思った。確かに、決まった人としか関わりを持たなかったので、人の名前を尋ね忘れることはよくある。実際、あの刑事の名前も尋ねていなかった。しかし、女性と関わりを持った記憶が無いのが引っかかってしまう。
「すみません。どなたですか?いつお会いしましたか?」
「まだ、思い出せてなかったんですね……
そんなに、印象に残らなかったんですね。
頑張ってあなたが居る時を見計らってに通うようにしてたんですけど……」
「あなたがいる時……?はっ!」
俺はやっと理解した。温泉に入った時のような心地よい暖かみと安心感に包まれる。
「やっと分かりました?」
「よくバイト先に来てくれていた女性ですか?」
そういった瞬間彼女は笑いながら
「正解です!立花 すかいさん」
「よくその読み方分かりましたね」
「流石に、相手の名前間違えたくなかったので……声をかける時の言葉とか挨拶とかめっちゃ悩んだんですよ?初めまして。なのかお久しぶりです。か、シンプルにこんにちは!で行くか。」
「確かに、複雑な関係ですもんね!」
「私の顔を覚えてらっしゃらなかったので、ちょうど良かったです名前は神崎 智美」
彼女は少し、悪い顔で俺をいじってきた。
「勘弁してくださいよ〜」
俺はいっぱいっぱいな表情で返事をした。
「今日お仕事どれくらいで終わる予定ですか? 」
「正確には分からないですが……夕方くらいには終わると思いますよ!今日は講演の数がちょっと少なめなので。」
「分かりました!あの……また、夕方に落ち合いませんか?少し、話したいことがあるんです。」
「話したい事……ですか?分かりました。」
「では、また夕方にお会いしましょう。」
彼女は歩いて事務所から出ていった。
「不思議なこともあるもんだ。」
俺は一言呟き、講演の場所に向かった。
今日は中学校で講演。
こういう事は小さい頃から刷り込ませる方が効果があると長年の経験から学んだ。
まぁ、俺も含めてそうだったがこういう講演を、まともに聞くヤツなんてそうそういない。
実際講演中に、何人かが眠りに落ちて、先生から
手のひらで邪魔されていた。
まぁ。そんなもんだろう。俺もそうだったし。
気長に待とう。
そんなこんなで事務所に戻った。
後は、彼女を待つだけか。
その時、
「立花さん。お客様がお見えに。」
「あぁ……すぐに迎えに行くよ。あとは任せてくれ。」
「わかりました。では、何かあればまた。」
「ありがとう!」
階段を降りていくと、徐々に彼女の片鱗が現れてくる。
そして、全身がいよいよ見えた瞬間
「お疲れ様です。」
彼女が先手を切った。
「あぁ……そちらこそお疲れ様です!」
「まぁ、とりあえず上で話そうじゃないか。立ち話も難だ。」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」
何だかぎこちない雰囲気が2人を覆う。
俺らを覆うこの雰囲気を破ってしまいたいが
俺にはよく分からなかった。
「どうぞ、おすわり下さい。」
自分の向かいにある椅子をさしながら丁重に語りかける。
「ありがとうございます!」
温かみのある笑顔とともに言ってきた。
分からない。既視感があるようなこの不思議な気分。コンビニよりずっと前にあっていた気分になる。気の迷い、なのだろうか。
「えっと、ご要件は?」
「単刀直入にいえば、私も心中事件について追っているんです。あなたの日記を読み、心中事件について追う仲間として、会っておきたいと思いまして、」
「なるほど。」
「あと、情報共有というものはいかがですか?」
「あなたがどのくらい信用にあたる人間か分からない状況下で簡単に情報を渡すことはできません。」
「じゃあ、私の過去の話でもしましょうか。」
「過去の話ですか?」
「そうですね。私の心中事件を追い始めた切っ掛けと言った所でしょうか。それを話せば少しは信用してくれますか?」
「なるほど。分かりました。内容次第で決めます。」
「私は、赤星さん一家と家族ぐるみで仲が良かったんです。特に、赤星さんの娘、赤星 朱音と息子の赤星雫さんとは小学校からの友達でした。
本当に毎日、日が暮れるまで遊んでいました。
ある日、朱音は相談をしてきたんです。
父の様子が少し変わったと。
私たちと接する時は、いつも笑顔で明るい素振りをするんだけど、ふとした瞬間顔が引きずっていたり、なにかに怯えているような顔をするんだと。
お風呂から上がり、リビングにくつろぎに言った時、お父さんは頭を抱えていたんだって。
なんかあった?って話しかけては見たけど。何でもないってはぐらかされたらしい。
その時はどうしようもないから一旦椅子に座ってテレビを見てたら、父に電話がかかってきたそうよ。その時、顔が一気に強ばったのを見たそうよ。
ドアを少し開けて話を聞いてみたら、
もうやめてくれ。これ以上俺の大事な人々を侮辱しないでくれ。あなた達は俺たちの為に、何が出来るんだよ。
朱音はその言葉を聞いた時、自分が関わるべきじゃない。と思って、それ以降はそっとするようにしたって言ってた。
でも、何もしないでお父さんが苦しむのも嫌だって。
だから、雫と話し合って、あの、後輩の人にお父さんを元気づけて欲しい。って。あの時が1番お父さんが幸せそうだったって。
それで、佐藤茂さんっていうお父さんの友達までたどり着いたの。
佐藤さんに後輩を探してるって言ったけど、
サークルの人数は多い。そんなに抽象的じゃ分からない……だって。
正直諦めようと思ってた時に、なんなら俺が話してみようか?後輩より俺はあいつと付き合いが長い。効果があるかもよ。って佐藤さんは優しく言ってくれた。
だからお願いしてみたの。お父さんに連絡を入れてみてって。
そしたら、佐藤さんから連絡が来たの。報告がしたい。公園でまた会わないか?って
家にあったお菓子を手に握り締めながら雫と朱音と一緒に走ったの。すると、断食でもしたのかのような姿で別人のように見えたわ。
佐藤さんは、飲みにでもと誘ってみたが、今はそんな気分じゃない。何で、その事をお前が知っている。余計なお世話だ。俺の事だ。何とかするよ。だから、心配するな。ってお父さんが話したんだって。
彼はいじめでも受けたかのように、ショックと鬱の雰囲気が溢れて零れていたわ。
拳を強く握り、地団駄を踏んだり正直怖かった。
その後、神妙な面持ちで
ごめん。俺は何も出来なかったって。
その一言を言って彼は去っていったわ。
会った時とは裏腹に、その背中は小さかった。罪悪感が私たちを襲ってきた。
もう関わるのはやめよう。
そう決めて私たちはこれまで通りの関係に戻った。
そして、少し経った後、彼は自殺した。
とても、優しく明るい方だったんだけどな〜。
確か、何かの差別が切っ掛けだったかな。」
「もういい。分かったよ。情報は渡す。君に協力するよ。だから、もうやめてくれ……」
俺は涙で溢れそうな目を隠すかのように下を向き右手で覆う。また、左手の拳に力が籠る。
「ごめんなさい。少しやりすぎました。」
「けど、泣いてる姿を先輩に見せられるんですか。」
その言の葉は毒の塗られた矢のように鋭かった。
俺の深くまで突き刺さり、毒を全身に送られる。
全身は痛みに震えたような感覚に陥った。
言葉が出せなくなった。口が動かない。
「では、また今度。これ私のメールアドレスです。予定は出来る限り合わせますので、また連絡を。じゃあ。」
彼女の背中は広かった。堂々としていた。
何にも負けないような強い精神を持ち、自信に満ち溢れていた。
「俺も強くならねぇと。」
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