第5話既視感

そして。俺は考えた。

アイツらは俺に対して、何の関わりもなかったやつらだ。だとしたら、俺を見殺しにしたって構わなかったはず。

けど、あいつらは俺を助けた。

もしかして、父親と同じ悩みを持った奴だったから?

俺はあいつらにもう一度会って話しをつけたくなった。

その為にはどうすればいいのだろうか…

今の俺には分からなかった。結果そのまま時間は刻々と過ぎ去っていく。

 そして、俺は家に帰った。

カップラーメンを片手に、またテレビをつける。

いつもと違って、自分からあのニュース番組にチャンネルを変える。

「父親は既に無くなっていたそうなんですよ。」

「だから三つの遺体しかなかったんですね!?」

「そして、父親が無くなった理由はキラキラネームでの社内いじめだったそうです。」

「社内いじめ…ですか。」

「はい。電車に飛び込み亡くなったそうです。」

「電車に飛び込んだんですか…お気の毒に。」

「どうやら、駅の近くの公園で、息子、娘さんと楽しそうに話していたのを目撃されています。

 その後駅で自殺を行った事が分かっています。」

「ご家族との思い出を存分に味わってから別れを告げようとしたのですね!なんとも家族思いな人だったんですね!」

「ほんとに良い人ですよね〜」

 俺はこのニュースが少し嫌いだ。

 キャスターやゲスト等、登場する人々の発言に、感情がこもっていないからだ。

言葉だけ聞くといい事のように聞こえるが、

そこに感情がこもってなければ、それが本心では無いと俺は思う。

自分の感情を表現するために、「言葉」があるのだから、感情の入っていない言葉など意味が無いものだと俺は思うからだ。

そして、あの事件についてのニュースは終わった。

俺はテレビの電源を切り、歯を磨いた。

相変わらずの無気力。何も考えることなくその日は寝た。



 翌朝

 その日俺は珍しく朝のニュースを見なかった。

朝食など、支度を済まし、あの刑事が尋ねてくるのを待った。

そして。インターホンがなった。

「今行きます。」

 俺はその一言だけいい外へ出た。

「おはようございます。」

「おはようございます。」

「では、向かいましょうか。」

「はい。」

 雲ひとつない快晴の中歩みを進めていく。

 最寄り駅からひとつ隣の駅まで電車で行き、バスで数分進むと目的地が見えてきた。

 既に何人かの警察官がそこで作業を行っていた。

「お疲れ様です!」

「あぁ。お疲れ様!」

 あの刑事が恐らく上の階級の方であろう人に挨拶を行った。そして、俺も一緒に挨拶を行う。

「初めまして!」

「あぁ…君が話で聞いていた人か!初めまして!今日はよろしくね!」

「よろしくお願いします!精一杯頑張ります!」

「元気で何より」

 この刑事は余裕を感じさせる笑顔を返事とともに返してくる。

「ここからはお前は自由行動だ。ただ、ものは動かすなよ!散らかしたり汚したりするのも無しだぞ!」

「分かりました。」

かと言っても焼けてしまってほぼ跡形が無いことからどこを探すべきなのかよく分からないまま、

手がかりを探し回る。

見てもみても、少し黒くなった土や砂、それと

おそらく捜査員であろう方達が、付けた無数の足跡だけだった。

そして、俺は考えた。

こんな時こそ、物欲を無くしてみようと。

無心でその辺を意味もなく歩き回る。

その時、少し異変に気がついた。

他の足跡より少し、沈みが少なく丸い足跡があったのだ。

周りの捜査員を見ると、そこが固めの革靴を履いている。

 おそらく体重も乗れば、こんなに浅くなる事は無いであろう。それに、革靴なら硬いはず。

 なら、こんなに丸い足跡は出来ないだろう。

それに、土に足跡がついてるということはこの心中が"行われた後にできた"という事だ。

警察官では無い……誰か……

だとしたら事件に関わる誰か……しか無いよな。

この謎は今考えても答えが出る事は無いであろう。

なら今俺がすべきことは手がかりを探すこと。

そして、あわよくばアイツらに関係した"何か"

を探すことに尽力する事。

これだけだ。

「おい…同じとこばっか探してないで別のとこ探せ!」

刑事の声に、俺は意識が現実に戻ってきた。

「は、はい!」

俺はあえて手前の方を探してみることにした。

この家の構造についてなんかは知らない。

けど、今まで俺が訪れて来た家の構造は

だいたい、玄関が手前にある。

もしかしたらこの家も…なんて安直な推理から

この結果に至った。

焼けた影響で跡形も残っていないので、そもそもここが玄関なのかも怪しいところではあるが…と思いつつ、周りの捜査員から話を聞き、

周辺地域まで来た。

相変わらず、炭と土。あとは足跡のみだ。

とりあえず歩き回った。

そして、近くの観葉植物らしきものにたどり着いた。赤色の葉っぱに、赤色の茎をもつ綺麗な植物だ。

既に精神がボロボロな俺を暖かく包み込んでくれるような感覚に襲われた。

そしてしばらくここを離れたくないと思い、

この周辺を探しながら植物にみとれていた。

すると、それがある家の窓が開き、

「綺麗でしょう?」  

と声が聞こえた。

慌てて振り向き

「はい!この花ってなんという花なんですか?」

「ハナキリンですよ!」

「は、ハナキリンですか!?」

「そ、そんな反応して……どうなさいましたか?」

「いや、少し思い出がありまして…」

「ほう、失礼では無ければお聞かせいただけますか?」

「一人暮らしをする前に、母親と昔から通っていた公園に行ったんです。その時に、見つけた花なんです。」

「それはそれは!良き思い出で!」

彼は暖かい笑顔でそう言った。

 その時

「おい!何サボってんだ。来た以上サボらずやりきれよ!」

 あの刑事が怒鳴っていた。

「す、すみません。」

 いきなり怒鳴られた事で出来たあの暖かい感じとの温度差に声を震わせながら返事を返す。

「すみませんねぇ〜。今仕事中でして、また仕事終わりに尋ねさせていただきますので…」

と、謎の約束を取り付け、強引にその場から離されてしまった。

その時に、聞こえたお隣さんの

「えっ…いや、無理に来ていただかなくても…」

 という返事を若干の動揺と共に返した…が、

この刑事が聞いている訳もなかった。

「んで、なにか見つかったのか?」

「何か少し変な足跡はありました。」

「変な足跡?例えばどんな?」

「いや、そのなんというか……形が変な足跡……」

「形が変だ?ここには"警察官"と"捜査員"しか入れないはずだぞ。常に見張りも付いてるし、若者がふざけて入ることは難しいと思うが……」

「えっ、見張りついてるんですか?」

「最近の若者はSNSの為に平気で入ってその辺散らかしやがるからな!マジで、法律なけりゃ殴ってるわ。」

「それは大変ですね!」

 最近の若者は……と思ったが俺も充分その若者の一部ではあるため何とも言えない気持ちになる。

俺はあいにくSNSをめっちゃ使うかと言われたら

そうでは無い。使わないのか?と言われたら使うが、あくまで鑑賞用。

投稿などしていない。だから、わざわざ危険を犯してまでそういう場所に行くことは無かった。

けど、"承認欲求"というものに取り憑かれてしまっていたとしたらそんな人生を歩むことは無かったのかもしれない。むしろ、転落の一方だったかもしれないと思うと背中の筋が冷える。

「まぁ…ひとつでもなにか見つかったならそれでいいか?今日はもうこれで終わりだ。まぁ、どちらにせよ延長は認められないけどな。」

「今日はもう、大丈夫です。が、また機会があれば誘って頂きたいです。」

「分かった。また考えとくわ。」

 と誘う気のなさそうな声で言った。

「じゃあお隣さん尋ねるか?」

あっ……とそう言われて刑事に勝手に取り付けられたあの約束を思い出す。

「そうですね!」

 俺たちは入口に向かった。

「ご苦労さま!」

 そう優しい声で語りかけてきたのはあの貫禄のある刑事だった。

「あ疲れ様です!」 

 慌てて、俺と刑事は言葉を返す。

「何か進歩はありましたか?」

「相変わらずです……」

刑事は少し動揺した様子で言う。

「そうですか…まぁ、それも悪い事ではありませんよ。」

「そうなんですか?事件解決を早めることは大事では無いんですか?」

思わず疑問を呈する。

「もちろん証拠が見つかれば、おっしゃる通り事件解決は早くなります。そして、それは私たちや事件に関係する方々にとっても良い事です。

 しかし、最も大切なのは事件の"本当の真相"を掴むことだと思います。事件の真相を素早く解決し、遺族の方々等に真実をお届けすることも大切です。精神的にも楽になります。なので、結果的には助けることにつながります。けど、それでは納得のいく事ができない"もの"が現れます。

それは、"被害者"の方です。被害者は生きていたならば、どうとでもなります。訴える事だって抵抗することだって出来ます。けど、死人に口なしという言葉もある通り、亡くなられた方はそれらが出来ないのです。被害者は真実を知っている。そして、事件に関わる方々に、本当の真実を届ける事も私たちの仕事。また、事件に関わる方々には被害者ももちろん含まれている。

正しい真相を掴むこと。これは、決して遺族の方々だけのためでは無いのです。被害者のためでもあるのです。被害者の知る真実。これを届ける事が供養にもなるのです。だから、素早さだけが大切だとは限らないんです。」

「なるほど……」

 まるで、弓によって放たれた言葉の矢が俺の胸に突き刺していった。それと共に俺の心臓をエグってとても痛む。

 何という人格者なのだろう……こたつのような温かさと包容力を持った素晴らしい人だと感動した。警察官をやっている人間はうわべだけだと

勝手に解釈していた。しかし、それは一部の人間でしか無かったようだ。

自分の周りにあるものが全て大きく見えた。

俺は"井の中の蛙"だったのた。

「流石です。感動しました。」

 上の階級の人を敬うように刑事が言った。

「それほどでもないですよ。私の警察官になる契機となった経験から感じた自分への教訓みたいなものです。」

「学びを得られる姿勢も流石です。」

 すかさず俺も言葉をかける。

「ありがとう!お連れの方は何か発見はありましたか?」

「あ、えっと……目立ったものは何も……強いて言うならば、変わった足跡を見つけた事ぐらいですかね……」

「変わった足跡ですか?興味深い。場所はどの辺でしょうか?」

「どの辺となると説明会が少し難しいです……」

「それもそうですよね!難しいことを聞いてしまって済まない。」


「大丈夫です!」

「おっと、少し長くなりすぎてしまった。私は本部に戻らないといけないのでこれで失礼するよ。」

「わかりました。お疲れ様です!」

「はい、ご苦労さん。」

 俺らは二度目の挨拶を交わしたところで人格者と別れた。

そして、2人であの家へ向かった。

今更だが、この住宅街は何だかお金持ち感というか、なんとも華がある。

そんな住宅街を見て、赤星さんは頑張っていたんだなとなんだかしみじみした。

あの家のインターホンを鳴らす。

「はーい。あ、さっきの……少しお待ち下さい。」

自動で門の鍵が開き俺らは戸を開ける。

そして、しまった途端ロックがかかった。おそらくオートロックだろう。

門からドアまでの道の左右には日本庭園とおそらく鯉が泳いでいるであろう池が広がっている。

 思わず

「さすが富裕層。……」

 そんな汚れた言葉が漏れてしまった。

「だな。」

 刑事も肯定の言葉を放ってきた。

 俺は何故か体がむず痒くなった。

 お互い格の違いを体感したまま家の中に招き入れられた。

玄関には紅い花びらを持ち、あざやかな緑色の茎を持つ。綺麗な花だ。

「これなんて言う花の絵なんですか?」

「あぁ……うん……それは亡くなった両親が大事にしていたもので。……よく分からないんです。」

「そうですか。」

 俺はこの写真に既視感があるように感じた

 しかし、デジャブだろう。何か違う花と混合してるんだろう。俺は直ぐに自分の間違いだと考え直した。

「んで、何を話しましょうか。」

 カップに入れられた少し赤目の強いミルクティーを差し出しながら語る。

「ありがとうございます!そうですね〜」

 考え込むようにしながら、いただいたミルクティーを飲む。刑事も同じタイミングで、ミルクティーを飲む。

「美味しい!!!」

 俺らは声を大にしていった。

 刑事との初のハモリが行われた。

「ははは、美味しいでしょう?でもこれ、私が作った訳では無いんですけどね。」

 そう笑って言う。

「そこの自販機に売ってあるんですよ。両親に昔教えてもらったんです。それで虜になりまして。数本買いだめしてるんです。」

「僕も買ってみようかな〜」

俺は本心を込めてそう返した。

「同じく」

 刑事も空気を読んだかのような言い方で言葉を返す。

「是非是非」

「あの…いきなり話の雰囲気変わってしまい申し訳ないんですけど…心中事件が怒った際どう思われましたか?」

刑事が怪訝の顔で尋ねる。

「最初は驚きで頭が真っ白になりましたよ。なんせ今朝一緒に話したりしていた方々が住んでいる家が火の海に沈んでいるんですから…」

「なるほどその後はどうでしたか?」

「その後は燃え移ったら…という考えに頭を支配されて、怖くなりました。だから避難しないとって…思い、外に出ました。」

「外に出た際、どんな方々がいらっしゃいましたか?覚えてる限りで大丈夫ですので教えていただききたいです。」

「主にご近所の人達で、所々通りがかりのサラリーマン等の野次馬の方々ぐらいだったと思いますよ。」

「ありがとうございます!つい先程まで喋っていた人の家が燃えているなんて、衝撃的ですよね!恐怖を感じて当たり前です。そんな時に、すぐさま周りの方の確認や自分の身を守るための行動が出来たアナタは凄いです!」

「当たり前の事をしたまでです。」

 そう鼻高く返した。刑事は

「確かにそうかもしれません。」

刑事は少し不満げに肯定する。そして、少しその場から離れたくなるような空気感が漂った。

「あの、赤星さんとはどのようなお話をされていたんですか?」

「そうですね……それで言うなら先ほどのお花の話もしましたし、先ほどお出ししたミルクティーの話も。たまに差し入れしたりしてましたね。」

「もうひとつ聞きたいことがあります。」

「何でしょうか…?」

「赤星さん。いや、赤星 光(あかほし らいと)さんとはお話になりましたか?」

「もちろん。引越し当時から関わりのあった方です。サークルの方の話をよく聞かされたものですよ。」

「例えばどんな?」

 刑事が、耳を傾けながら聞く。

「やっと、同士を見つける事が出来たんです。同じような境遇を出会えるなんて俺は神様にでも愛されているのかもしれないな!あのサークルに入れた事はとても幸運だったのかも。

 なんて話を何度も私にしてきたものです。

 あまりにも饒舌で子供のような笑顔で話しておられたのでこっちも楽しくなってましたね」

 笑いながらおじさんは語った。

 その話を聞いて、俺は雫をこぼした。

「あ……今、ハンカチ持ってきますね!」

 おじさんは少し焦った様子で部屋を出る。

「すまんな……つい、聞きすぎてしまった。

 せめて、お前が居ない時に聞くべきだった。」 

切実な様子で刑事は反省を述べた。

「立花…俺も手伝うわ。心中事件の事ばかり頭に置いて、赤星光について軽く見すぎていた。

 お前が熱心に赤星の事をおう理由はよく分かった。赤星光は良い奴だ。そして、その家族も……

 今まで、1人にしてごめんな。お前は…もう1人じゃない。」

この刑事は意外にも真摯で誠実な方なのだと思った。仕事が関係すれば人の気持ちなど考えない無鉄砲な人かと思っていたのに。信頼すべき人とは案外近くにいたのかもしれない。久しぶりの人の温かみは深く俺に染み込んだ。

「分かりました。ありがとうございます。」

「ハンカチが洗濯していて無かったのでタオル持ってきました。サイズが大きいかもしれませんが……」

おじさん部屋に帰ってきた。刑事が時計を見るやいなや。

「俺らもう帰りますね。長居させていただきありがとうございました」

そう切り出した。

「ミルクティーも美味しかったです。」

「それはそれは…こっちも久しぶりに思い出を話せてスッキリしました。こちらこそ、感謝でいっぱいです。」

俺は家を出た後、駅に着くまで一言も喋らなかった。

赤星さんにとって、重要な存在だった事。それが知れて。幸せになれた。それと同時に、今はもう居ないという現実が俺に突き刺さり、これまでとは比にならないくらいの痛みを与えてくる。これまでに負った小さな傷が蓄積し、傷だらけ。

頭の中は再び「死にたい」で埋め尽くされた。

その時、あの双子の姿が頭をよぎった。

会いたい。会いたい。あいつらに会えば、事件についても分かる。そして、赤星光さんについても何かわかるかもしれない。

でも、どうやって?あいつらと出会った日の何があいつらを引き付けたんだ?

 時計を見た後。

俺はある決心をした。

ガタン。ガタン。刻々と電車がこちらに近づいてくる。

 そして、俺は……

「線路の中に飛び込んだ。」 


 

 

 

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