第12話 二つの信念
斎炎焼佳が決着をつける少し前―――
佐久務と襲撃者との戦い。
「うーん。[霧散]はマジチートでホント強いけど…如何せん上手く扱えないし未だ有効打無しかー。」
「羨ましいです。貴方が自由を手に入れたばかりではなく、その様な力を持って名声を手に入れることができる。
私がどこまで求めても…手に入らないもの。」
「ならカースティス辞めれば?悪いことして褒められたいとはな…」
「そんな都合よく道は出来ないのですよ!」
空中にて。憤りに込めて放った上下横の全方位から放たれる羽も、あっけなく霧散により回避され、無為となる。
そしてマシンガンを飛行者に向けて撃つものの、その翼にて弾かれる。
両者ともに進展なき戦い。だが、魔力量からの面でいえば、完全に佐久務の劣勢だ。
魔法とは、本来一つの魂に一つ宿るもの。それが容量の限界。概念魔法、それも過去の偉人等の物だと複数の能力を使用できるが、[創成]は訳が違う。
容量の圧縮を行うために、3つあるマスに一つずつ魔法を
魂が忘れる即ち体が忘れ、コツや発展、解釈での伸びしろもないと同義。現に佐久務は[霧限散華]や[
そして問題は魔力消費。そもそも強化系魔法は魔力を流す回路が自身の中で完結するので、魂に魔法が刻まれない佐久務にとっては所々錆ができた回路で魔力を回していることとなり、無駄に魔力を浪費する。
そして相手は
「こちとらカースティス本拠に乗り込む任務が後々あるからな。とっとと底見せてもらわなきゃ、時間とキリがないんだよ!」
そう言い、霧散を解除して地面に降りた佐久務は、刀を作り出して構える。
「居合…ですか。付け焼き刃なら、効きませんよ。」
「フゥゥゥゥ…」
数多の思考を4本に纏める。
打ち出される羽の回避。
しびれを切らして突撃してくる本体。
完璧に迎え撃つ一刀。
[回転]で速度を増し、断ち切る。
「…ならば、一方的に負けるしかないですね。[
羽が裂く空気のブレを残り一つの魔法分の「触角」で感じ取り、集中を極限まで維持したまま回避し続ける。
そして思惑通り、無意味な攻撃を止め、しびれを切らした襲撃者は佐久務の周りを高速で円を描きながら飛行する。
そう。彼の狙いは、飛行により四方八方から吹き荒れる風で触角を封じようとすること。事実、感じはするものの、佐久務の脳が追い付かない。
「ㇲゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………」
「―――集中力を高めるために、触角を捨てるしかないようですね!」
勝ち誇った声で語る襲撃者。
だが、一つの致命的な誤算。それに気が付いていなかった―――
「これで終わりです!
あまりの速さに円環を描いていたその残像が、切り返して中心へと向かうように佐久務にくちばしを刺しにかかる。
その瞬間。
自身へ先程よりもより強くかかる突風を感じた佐久務は極限まで集中を高め、感じ取った方向へと回転して切る!
「チェリャァァァァァァァ!!」
「なぁっ!!!」
刹那。佐久務の放つ一撃は、襲撃者の片翼を確かに切断した。
高速飛行中にバランスを崩した襲撃者は地面を滑りながら減速し、再び立ち上がった時には半裸の状態で血で塗れていた。
「……………やっぱ、まだまだ底は見せてないか。」
「その通り。ですが、今から本気で行きます。」
佐久務の目に映ったのは、襲撃者の背中に有る翼をもがれた3画の鳥の魔法紋章。
そして、背中の片翼を引っ込めた襲撃者からは血のような羽がゾゾゾと全身から生え、手は先程よりもしなやかで固い翼になり、くちばしは歪だが殺傷力が桁違いに上がり、まるで僕の考えた最強の鳥そのものへと変貌する。
「……………使ったのか?
「いいや。もうずいぶん前に今の力を得るために捧げました。」
(果たしてそのような芸当ができるのか…?魔法紋章の持続消費かもしれないが………)
そう。これこそが
だが、魔法紋章を魂と魔力に還元する技術………即ち、
だが、魔法紋章のデメリットを考えると、本来は禁断の行為。
魔法知識が乏しすぎる佐久務以外が耳にすれば、人の心を持つ人ならば誰であってもカースティスへ嫌悪や怒りの表情をするだろう。
だが、戦場で同情は非常に危険、いや、命取り。
ならば知識の乏しい佐久務の方が同情出来ない分この戦場では適性がある。
「風!雷!回転!:創成!」
「
「アレ」はまずいと魂が警告を鳴らし、飛行する前にカタをつけようと嵐を起こし仕留めにかかる。
だが、
翼の一振りでかき消され、次の瞬間には視界から襲撃者は消え去っていた。
「遅いですね。[
「ッツ!鉄!バリ………グわァッッ!!」
まるで鞭のようにしなる翼が、佐久務の胴体にめり込み斜め上の3階アパートの窓を貫かせる。
しかも、その割れた窓から一切減速せずに襲撃者が入って来る!
「おいおい!コントロール上手すぎだろ!」
「私相手には皆密室に逃げるのでね。追撃方法などごまんと有るのだよ。」
そして羽をより一層固めた翼で佐久務を打ち抜く!
「チィィ!」
「おや…ナイフを挟んでいましたか。だが…空中戦は私の土俵!」
そのまま壁を突き破った佐久務の喉元に、タシギを思わせる鋭利なくちばしが命脈を貫きにかかる!
「
「霧散!!!」
間一髪、霧散で死を免れた佐久務。
だが、相手の攻勢はまだまだ止まることを知らない。
「
風に乗るほど軽い状態の佐久務は、高速飛行と残像により暴風吹き荒れる糸玉状の牢獄で弄ばれる。だが、霧散を解除させないべく、定期的に身体を貫かれるので抜ける隙が一切ない。
「あーあ。これじゃあ勝てないな。」
「……………………こっちも「底」見せていこうか。」
そう言った瞬間、霧散を解除した佐久務にくちばしが刺さる。
だが、脇腹に刺さって何故か抜けないそれは、
「ゴリラ!筋肉!熊!:創成!」
「マッスル:
驚異的な握力で完全に破壊された。
瞬間、襲撃者が瞬間的に距離をとる。
「な…雰囲気が先ほどとは全く違う!」
「ああ。これが俺の本気ってわけ。」
力を引き出し、廃ビルの壁に「蜘蛛の糸」で張り付く佐久務の目は、より一層紅く輝く。
今度は逆に、襲撃者の方が己の本能から鳴る警鐘を聞く。
その瞬間、翼をハリオアマツツバメの様にとても長く、足をダチョウの如く太くする。
この姿が彼の
その姿での突進は、
「
最早音速の3倍はある。
あまりにも早すぎる速度を制御しきれないながらも、佐久務のいる廃ビルを貫き、その爆風で佐久務とビルの3階より上が吹き飛んでいった。
「ずっる。」
だが、佐久務はまだまだ余裕な顔でそれを眺めていた。
「燕返し!」
「創造:ゴム、接着:創成解除。」
その一声で、佐久務の両手と繋がっていた紐ゴムの片方が落ちていき、勢い良く隣のアパートへと引っ張られる。
急激な方向転換を見せた襲撃者はこれをギリ目で追えたものの、体が反応する前に佐久務を通り過ぎてしまった。
「やっぱりね。いくら速度を上げても、自分の
直線的な動きなら圧倒的な手数を持つ創成で幾らでも対処できる。」
「な…なにを!!」
激高する襲撃者は羽を四方八方に撒き散らし、佐久務の視界を遮る。
そして放たれるは音速の四倍は超える飛燕走駝。
「はぁ…触角:創成。」
それすらも予定内。いや、あらかじめ見えていたかの様に対応して、
「ピストル」
打ち出された弾丸を避けるべく、「燕返し」の応用で方向転換を試みるも、弾丸自体を避けた後はもうコントロールすら効かない体が地面に大穴を穿つのみ。
地面に突っ込んだ襲撃者のくちばしは完全に砕け散り、血塗れ。だが、
「まだ…やらなければ…一生このまま…!」
そこから這い出た血濡れの襲撃者は魔力を足に込め、ダチョウの足で跳躍し遥か700メートルを超える上空に飛ぶ。
…だが、それを見た佐久務は余裕綽々であくびをしていた。
「何処までも余裕そうですねぇ!」
「はぁ~あ。上見ろよー。」
「……………………なっ!!?」
そう。空には
気づくも遅し、そのうちの1つが破裂し、極光が空を埋め、何一つ防御の手段を取れない襲撃者は全身大火傷を負い、翼にも激痛が走る所為で速度を出せない。
「ア…アアッ…」
よろよろと100メートル程の空中に下がった相手に
「蜘蛛の糸!回転!:創成!」
「
蜘蛛の糸で捉え、勢い良く地面に叩きつけ、アスファルトを弾け飛ばす!
「ガッ………カハッ」
血を吐き出しながらあおむけで動けない相手に
「バッタ!ダイアモンド!:創成!」
「
重力を味方につけ、ただでさえ重い攻撃の上で更に
(マズイ………負けて…捨てられる!)
だが、襲撃者は最後の力を振り絞り、羽をボロボロと落としながら空中500メートル程度まで飛翔する!
そして刹那。羽を落下速度最速の鳥…ハヤブサのものへと変化させ、最早目にも留まらぬ速度で落下して佐久務を打ち破る!
「飽きた。もう説教の時間だ。」
「風、衝撃:創成」
だが、佐久務は風に揺られた微かな動きでそれをも躱して行き、襲撃者に残されたのは地面に衝突しての死のみ。
(な…駄目………だった…………)
(何も………ない、平凡な人生か………)
襲撃者は、己の死を悟る中、思い出していた。
何のために入ったか分からないカースティスから抜け出すために
力が足りないから、自分の力を伸ばすために幻崎さんに頼んで魔法紋章まで強制的に発現させた。
伸びしろがない事を悟られ、捨てられたくないので魔法紋章を2画捧げてまた強くなった。
もし死んでも相手を倒すため、脳に爆弾を……………
あれ?なんかおかしいな。でも、
「はい。言い訳は読み取ったのでオッケー!」
「!!?」
にこやかに笑う佐久務さんの前で、私は街角のミラーに鎖で縛られていた。
それに、動けない程疲れはたまっているものの外傷、内傷共に一切が全治している。
「有り得ない!今頃私は脳漿をぶちまけ―――」
「ホント、寸前で流動とゲルと霧散の概念適応使わなければその通り君死んでたよ。」
「そして…風圧だけで僕の腕はぐしゃぐしゃ。どれだけ悶絶してたか君に分かるか?」
「4………いや、5ふ」
「………そういうのは答えるもんじゃないよ」
佐久務さんは先程までの狩人の如き様相は一転、どこでもいそうな明るい子供のような感じを思わせる。
「ま、記憶に[潜入]してみたんだけど…情状酌量の余地あり!実験台の苦しみなんて嫌というほど知ってるし、反省して第2課に入れ!」
「はえ?」
そう、あっけらかんとした声を出すしかできなかった。
何人私が人殺ししたかも知っているはずだ。なのに…なぜ?
「仕方ないってやつかな。僕は人殺しなんかは極力反対だけど、他人の信念は1つの意見として受け入れるよ。それに、それと記憶を弄ばれて頭に爆弾も入れられてたしもっと可哀想だし。 そして、状況次第なら幻崎魂徳でも殺さないかもね。」
「ま、でも君には別の方法で償ってもらう。だからせめて、殺した数より多くの人を一人で救って感謝されるまで第2課で働けってことよ。」
「で…あとは名前決めか。襲撃者なんていちいち書くのホント面倒くさいから、できるだけ早くな!」
もう、迷う余地など一切ない。
なんでこの人たちに拾われなかったんだろう。
でも、ここから、私の長い夜が明け、明るい明日がやって―――
「………聞いたぞ佐久務。………多分強さ的にこいつは幹部格に近い。カースティスの情報を聞き次第殺せ。」
「斎炎さん…こればかりは綺麗事だけど譲れない。元々この人は人を救うタイプだ。記憶にも「潜入」したし違いはない。で、僕はこの人を第2課で保護したい。」
…あのもう片方の人が、今間違いなく私を殺せと言った…
でも、
「だいじょーぶ。安心してそこにいな。」
佐久務さんは、笑って答える。
でも…固いよ。その表情。
「斎炎さん。一度間違えただけだ!やり直して新しい道を歩む権利はある!僕のように!」
「いいや。無い。今まで善良な命を奪ったやつが、今度はヒーローとして褒められる。ならば、遺族の無念はどこに行く?その恨みを晴らさねば、もはや憎悪となるのも容易だ。仕事柄、綺麗事は我慢するしか無い。」
「そうやって同情して…命を抱え込んで。何処かで線引きしなきゃな、断罪のキリがないんだよ。」
「奪ったら遅い。奪う前でももう遅い。それが俺の決め事だ。」
「………平行線かな。」
「そうだ」
両者が迎え撃つ。殺気までは無いと言えども、本気で相手を打ち倒すべく構える。
「お前の信念が、俺の信念を超えうるかどうか、見せてみろ」
その言葉を契機に、両者スタートを切る。
佐久務はチーターの強化魔法を掛けて距離を詰め、斎炎は背中から炎を噴出して後ろへと後退しながら火弓を型取り構える。
「
「水。壁:創成!」
脇腹を貫くべく放つ一撃は、水の壁を貫くことなく消えていく。
斎炎はブーツからも炎を噴出し、一気に空中に上がり、
「巡る遊星。」
詠唱を行いつつ、牽制の為に火球を数多打ち出す。
(詠唱させられたら…
「バッタ!
佐久務が踏ん張り、アスファルトの地面にヒビを入れる。
そして、飛び上がった瞬間、衝撃で地面が陥没する。
「ほう。速攻か。」
数多の火球を食らいつつも、一切ブレずに足を斎炎の方向に向け、音速を凌駕する速度で蹴りを放つ体制に入る。
「
「
(行ける!!)
「そういえば…お前に言ってなかったな。詠唱は無理に言い切る必要がないってな。」
「
「な………………」
佐久務が蹴りを入れるより前に、霧嶺散華に過去放った一撃よりも少し弱めの太陽が放たれた。
「バリア!!水!!ハリオアマツツバメ!!:創成!」
「無駄だ。逃げる時間も与えん。」
小さな太陽は薄壁を簡単に燃えカスにし、佐久務を押し潰して地面に大穴を穿ち極光と共に爆ぜる。
そして、その穴からは煙しか上ってこない。
「佐久務…………さん。」
「無駄だ。あいつは小一時間位気絶したままだ。………生憎手加減できるような弱さでも無いのでね。」
「炎鎖」
炎の鎖が私を縛る。
………戦いの途中、佐久務さんは魔法を3つ全部使うために私の
………私って、バカだ。
何で逃げなかったんだろ。
いや…佐久務さんが勝つって信じてたからかな。
「…ああは言ったが、お前にも情状酌量の余地はある。 最後に言い残す言葉は?」
「……………………佐久務さんに、必ず伝えてくださいね」
「起きたか。佐久務。」
「あれ…あの人は?」
「……………俺のことを恨むなら好きにしろ。空に飛んで行ったってさ。」
「…バカ。殺したこと伝えてから言って、誤魔化した意味ないじゃん………」
そう言う佐久務の目からは、喪失感、頼りない自分の果たせなかった約束から、ぽろぽろと大粒の涙が車のシートを濡らしていた。
「悔しいなら…もっと強くなれ。信念を貫くための研鑽を怠るな。」
そう、頭にポン、と手を当てて、斎炎が慰めようとする。
「ごめんね…。こんな頼りない僕でごめん………約束も簡単に破る僕で………うううう………」
魔導課のスーツや車のシートから滴る程の涙を流してもなお、泣き止まない。
でも、泣いても進んでいくしかないんだ。
貫けない綺麗事なんてたくさんある。
でも、選択が多いならそれだけ貫ける可能性のある綺麗事もたくさんある。
だから、涙の海に沈んでいく事はしない。
悲鳴を上げて溺れるくらいなら、叫んで精一杯足搔いて陸を掴む。
長い
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