第6話  第2課の佐久務芽生としての決戦


あの会議以来、僕はずっと第2課のベランダで考えを巡らせていた。

どうやって霧嶺との差をひっくり返すのか。

そして…助けが来る前に、僕が負けたら。

霧嶺の監視は相当なものになるだろう。GPSで常に自分の居場所は第2課に送信されるのだが、僕が霧嶺と戦闘、即ちバイクから降りるまでは霧嶺に悟られないために一切外に出ないという決まりになっている。何処で戦闘を行うかにもよるものの、そんな数分でたどり着けるような距離なんかではない。

…最悪の場合、僕はまた研究所に戻され、拷問の日々が戻ってくる。

いや、最悪じゃない。「最高」以外の場合だ。

あるのは完敗か辛勝のみ。圧勝はおろか惜敗する時間なんてない。

内臓をズタズタにされ、隙を晒したあの時。今回あの醜態を晒した瞬間、敗北は確定する。


「雰囲気が悪いな、佐久務。前も言ったように、後ろ盾俺達に寄りかかっても自分を信じろ。」

コツンコツンと夜の暗闇に響く足音を立てながらこちらに向かってくる斎炎さん。その顔には、呆れと希望と怒りが詰まったよくわからない表情が浮かんでいた。


「…怖いんですよ。2日前に完敗した相手、それに人生をかけて挑むなんて―――

ムギュっ!?」


斎炎さんは目にもとまらぬ速さで僕の口をつかむ。

「それは分かってるんだよ。お前は今のままだとあらゆる手を尽くしても嬲られるだけの事はな。だけどな…あいつを殺ってやろうと思わないか!?始めっから弱気で!必死で逃げてきたお前を狙って!殺されかけて!老婆の仇で!悔しくないのか!?」

そう言う斎炎さんは歯をギチギチ言わせながらもう片手を強く握っていた。



殺す……それは、他人を自分より不幸な目に合わせる事を意味している。希望も、救いも、もしくは絶望も。

さっきまで笑っていたぬくもりが消え、抱いた覚悟も決意も無に帰させる行為。

他人から一生の残り全てを自分の手で奪うこと。それが「殺す」だ。


そうっなぉそんなのむいっなおぉ無理だよ…」

「じゃあお前が死ぬだけなんだよ!!」

斎炎さんの怒号が辺り一面にこだまする。よりもう片手に力が籠る。


「……………本気で霧嶺を殺したくなったら、修行をつけてやる。」

そういった斎炎さんは、僕から優しく口から手を放し自分の部屋へと去った。

「なんで…奪わなきゃいけないの?僕は苦しみなんて嫌というほど知っているのに」

その声は斎炎さんには届かなかった。







「おーっと。斎炎センパイ、あの魔道具持って何処行く気だ~?」

「ウェッ!?」

地面から生首だけ出してくる鹿納さんにビビってしまい、思いっきりずっこけてしまってまたでかい音を立てる。

「おっと…なぁんだ!佐久務君か!ほらほら、とっとと先輩のもとに行って特訓受けたいです~って言ってきな。」

「どゆこと!?」

「あ、気づいてなかった?あの人は所謂ツンデレってやつでさ。こっちから喋ったりしたらツンツンしっぱなしだけど黙ってたら気遣ってくれるんだよ。」

「男のツンデレ!?……需要アル?」

「無いね。ただの厄介さ。」

うわ…言い切っちゃったよ。 ………イヤイヤそうじゃない。


「…敵を殺すって普通のことなんですか?」

そう、ただ単純に思った質問を鹿納さんに投げかけたくてしようがなかった。


「愚問だね。自分のストレスを溜めてくる奴は普通に全員殺せばいい。敵ってのはその免罪符ってやつなのさ。」

「あ………」

鹿納さんが真剣に語ってるのは初めてだ。しかも、思ってもいなかった答え。


「ま、くよくよしててもしょーがない!レッツ、ゴ~!」

なんてジーンとしていたら、鹿納さんに背中を蹴られ、斎炎さんの寝室の扉に思いっきり吹き飛んでいく僕。本日三回目の轟音を立てた。


「なんだ!?」

絶対扉の奥で出待ちしてただろってくらいの速度で斎炎さんが思いっきり扉を開き、間の僕を挟んで本日4回目の轟音がこだました。


「…ほう、気が変わったか?」

一転して冷静に話す斎炎さんに僕の決定を告げる。


「………僕、人を笑って殺す霧嶺はこれ以上野放しには出来ない。  だから…僕に、霧嶺の凶行を止める力を下さい!」

その自分の覚悟を物怖じせず伝えたからか、斎炎さんはクスリと笑って


「フッ。あくまでもそれか…よく言ったぞ。[仮想仮執行領域]。」


ポケットから白いキューブを取り出し、名前を言うとともに地面へと捨てる。

地面にぶつかった瞬間、キューブからは白色が漏れ、辺りの世界を全て包み込んでから広がっていった。


そして、第2課の景色は消え失せ、白い無限の世界に僕と斎炎さんだけがいた。


「お、…」

「早速だが、お前が霧嶺に勝つために出来る現実的な2つ。回避とカウンターだ。」

「カウンター…」

「そうだ。今回この魔道具の使用可能1時間で叩き込む。覚悟しろ。」

答えは一つ。


…掛かって来い!」

斎炎さんが地面を蹴り上げ、僕との間合いをコンマ7秒くらいで侵略する。僕を貫かんとする拳。

だが、限界まで引き付けてミリ回避をしてカウンターが出来る!


「うぇ?」

この速度で放たれたのは…全く腰の入っていないフェイント。そして、回避動作のスキを突かれ、


「視野が狭い!拳だけではなく体全体を見ろ!」

「グゥゥぅっ!?」

右手のフックが僕のボディを貫き、50メートルくらいは吹き飛んで滑った。


「あり?ピンピンしてるぞ?」

全然痛まない体に違和感を覚える。しかし、それに構う暇はない。また斎炎さんは走る。

「このエリアでは今は一切の肉体的ダメージは入らない!それに、使用した魔力量のみは退室した際にすべて元に戻る!」

「サンキュ。やりやすくなった。」


2本のナイフを「創造」し、構える。斎炎が繰り出すのはまた左手で鳩尾を狙うあの突き。

走る筋。それを逸らすは2本の銀閃。斎炎の拳を斜め下にいなしたことで、体制の面で圧倒的な優位を得る―――

いや、斎炎は自分の左手を支柱にして放たれたハイキックにより、僕は蹴られた頭から何十回転もしながら吹き飛んでいった。


「はぁ…身体全体見ろって言っただろ。」

「身体能力の差はせこいよ。」


この異常ともいえる身体能力。霧嶺戦でも見せていないということは、何かインチキでもしてるに違いない。そのからくりを解かないと嬲られるだけ―――


「…もう一度行くぞ。」

「はい!」


又も来る拳。避け方は1回目のミリ回避の方が良い。だが、圧倒的な差からか、こちらが回避行動を行ってから斎炎さんは力を抜いてフェイントに切り替える。

流れるように来るは体を刺すような右フック。間に合うのは片手だけだが、体を捻ることで辛うじて受け流す。

―――こっからはアドリブ。今はこちらが隙を晒した状態。あと何回かは完璧にいなさなければ。

―――足払い!

縄跳びを飛ぶ感覚で空中に逃げるも、すぐさま左手が飛ぶ。

だが、こちらもナイフいなしはある!

ナイフを立て、クロスする。その防御を撃ち抜かんとする拳に構える。

結果は―――ほぼ完璧。3メートルくらい後方に下がっただけ。また攻勢を振り出しに戻せた。


「よし満点。これで近接の回避とは完了だ。次行くぞ。」

「カウンターって…あれのこと?」

「そうだ。防御法としてはこれ以上無い。霧嶺なら打ち抜こうとはしないだろう。」


へぇ~と感嘆する僕を尻目に、斎炎さんが片手を構える。……まさか無いよね。



「暁。」

やっぱり!いきなり詠唱はないだろ!

「千里の道も一歩からって言うよね!?ほらほら!一じ―――


「沈む大炎。」


あーあ。グダグダ言ってもしゃーないし、冷静になるか。……………………この詠唱は初耳だ。周りに気を集中させ―――反射神経を限界まで上げる。


「明ける大日。」


…ほんとにこの領域内ではダメージ無しなんだよね?信じるよ?


黎明の狼煙アケルナル。」

途端、自分の足元が赤く光り、火柱が立つ。反射的に後ろに大きく飛んだものの、足に炎が引火してしまった。


「………あれ?ホンワカするだけか。」

本当にダメージが入っていないのを確認し、服が燃え尽きる前にちぎっておこうとしたその時。

「判断力が著しく低いな。命賭けた場でもそれをする気か?」

そういえば爆発的に早くな―――



アナル蹴ル。」

「ガァアッ!!?」


爪先がめり込んだ瞬間、体全体に雷のごとく刺激がほとばしり下の方がひくひくする。生と死の狭間に居る感覚がする。ダメージが入らないってウソ!?


「フン。大振りな回避をするからだ。新しい発見はできたか?」

がぁがぁ悶える僕を見下ろすように、斎炎さんが際どい?発言をする。

だが、何回も異常なフィジカルを受けてきたせいか、斎炎さんのズルの大体のカラクリはわかってきた。


「…どうせ自分にの概念を適応でもしてるんでしょ?あんたが炎魔法のエレメントなのに太陽撃てることは知ってるんだし。」


「ホント、?正直言って洞察力だけは来道さんを超えてるよ。」

「ま、判断力はドベだけどな。」

上げて下げる一言多い斎炎さんに良い様に言われっぱなしで頭に来る。


………癪。あ、そうだ。ここは、鹿納さんに教わったを言ってやる!








「フッフ~。やっぱり先輩ツンデレの素質ありますねぇ~w。もう照れ隠しのツンの一言が正にツンデレのそれ!」

「な……!?」

「ほらほら~顔真っ赤っ赤!隠すの下手っピ―――


「下らん」

「へっ!?……………これって…」


黎明をも包み滅する威なる皇光の陽!インテメディペラ:ルインキューション

「ヒギャァアァッ!!!」




ま、佐久務君は残り領域使用可能時間中は全て斎炎さんのお手玉にされましたとさ。

先輩をバカにするの、ダメ!絶対!



   ◇



「フゥ~スッキリスッキリ!溜りっぱなしの魔力も全部出し尽くしたし、ホント気持ちいい―――!」

「……………ユルシテ」

魔道具領域の時間切れとともに、斎炎は炎を明かり代わりに自室に戻って寝た。


そこに残されたのは佐久務ただ一人。

もう真っ暗で何も見えないところで、やっと起きた。


(魔力の消費と傷もないけど疲れはあるのか。って…これ!?)

いつの間にか一糸纏わぬ姿になっているじゃないかよぅ…


…ボロ布を誰にもバレずバレずに取りに行けるかどうかか、僕の命社会的死がかかっている……


「フフッ。潜入任務か…面白い!」

物音を一切立てず、ライトを創造し、素っ裸のまま、自室に、コッソリ、戻る。








(………………!!へ…変態だ!!?  って…これって?)




    ◇



日が明けた。いよいよ決戦が始まる。

練習で積んだ経験は、自分の中にしっかりと詰め込まれている。

震えて怖がることはない。霧嶺相手でもなんとかできるかもしれない。


「よし。皆準備は出来ている様だな。…そろそろ始めるぞ。」

来道さんが朝一番に皆を集め、声をかける。


「佐久務君…覚悟はできたか。」

「はい。僕は霧嶺に勝ち、また…第2班として戻ってきます。」

「ああ。」


ボロ布、免許書、ヘルメットを着用して、ボロボロのバイクに乗る。

ギアを1速、アクセルを捻りつつ、クラッチレバーを離す。


「じゃあ、行ってくる!」

そうしてバイクを走らせる僕。

「絶対死ぬなよ~!」 「床ペロすんなよ~!」 [注目!?]

残された皆は手を振ったりして送ってくれる。



……………ちょっと待て、鹿納さんが見せてくるスマホ…裸の自分の写真じゃないかぁぁ!!

ってあぁぁっ!!


6秒後には壁に盛大に激突。折角のシリアスな雰囲気が台無しだ…


「あーあ。バイクは無事みたいだけど締まらないなぁ。」

重奏さんを始めとした数人が苦笑する。


「ま、気を取り直して!行ってきます!」

そう言う佐久務には、さっきまでの緊張は少しほぐれていた。


走るバイク。爽快に行けるかと思ったら、狭い道を走る都合上なんか地味ーに操作したり調整しなければならないのがしんどい。

距離を稼ぐという都合上これもいい案なんだけど、見つかったら終わりじゃないか?

廃工場あたりがベストだが、最悪ショッピングモールあたりにでも逃げ込んで仕切り直しもよさそうとか~?

まだ見つかってないし考えるだけ無駄かな?











「随分舐めた真似研究所に戻るをする…そんなに捕まえて欲しいならお望み通り捕まえてやる!」

霧嶺の顔には、これまでで1番の怒りが籠っていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



※今回の特訓で斎炎焼佳が自身にかけた概念は、「炎」を発展させた「燃焼」である。自分の脂肪を強引に「燃焼」させ、余りあるエネルギーと自身の魔力を自分の身体能力強化に割り振っていた。ちなみに負担はかなり大きい。


※魔道具「仮想領域」

斎炎と佐久務芽生が特訓するときに使用された部屋を構築するための魔道具。

第5話で登場した風輪かちわより数段格上の魔道具。

1回で使い切り、その後は手のひらサイズに圧縮された部屋がリユース処置を行うため魔道具研究担当の第7班のもとへ飛んでいく。

「領域」と「等価」2つの魔法を宿しており、あからさまにどちらか1方に有利となる事象以外なら、どんな設定でも追加できる。

(例 今回の場合では、両者ともに傷つかない、ナイフの切れ味は落ちないのルールは追加できるが、炎の温度+500度、佐久務のキック力50倍のようなルールは追加不可。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る