第4話 戦闘任務と改まる決意


妙だ。何かは分からないが、見られている気分がする。

だが、足音は一切しない。

声もしない。

違和感すら無い。

この吹き抜けの家にいるからか、明確な痕跡はないだろう。

だが…嗅いだこと研究所のある匂いがする。


僕を連れ戻しに来たのか…

あるいは処分しに来たのかは、どっちでも関係ない。

問題は斎炎さんはどうなったかだ。

どうせあの人の事だから碌に連絡は寄越さないのは分かる。

だけどな…こちとら相棒バディだと思ってやってんだぞ!

負けたか一人逃げたか見失ったか伝えてくれよ!

怖いから。


…文句言ってもしょうがない。先ずはおばさんの無事を守るために、あまり僕は大きく動かないようにする。そうすることで、不意打ち、多対一はある程度対応可能だ。まさかあそこ研究所で学んだ1人での殲滅法が生きるとはな…





「おーっと!そこまで恋しいなら帰りましょう!私と一緒に!」

「!?」

反応が遅れる。後ろを取られるまで全く感じなかった。奴は一体―――

「あんた!」

旋体スパイラル

そうして僕は何が起こったのか分からぬままに謎の衝撃波によって家の壁を突き破り、外へ吹き飛んでいった。

直後、跳ね起きる。粉塵の中に映るのは、間違いなく人間の男性のものだ。


「ケホッ。ケホッ。…おっと。すみません。久し振りの再会ですっかり加減が、ね。失礼。」

明らかに敵。服は魔導課の標準服のようだが、その胸ポケットにはCGと印刷されている。こうなると、やはり斎炎さんの身にも何か起きているに違いない。

幸い、あの一撃ではそこまでダメージは入っていない。まだ万全。

逃げることもできるかもしれない。斎苑炎さんと落ち合うこともできるかもしれない。そう足を下げた時に感じる。

おばさんが居ない―――


「ふっふっふっ。神の権能に恵まれた少年といえども、所詮は少年。そう逃げますよねぇ。実に愚かで醜い。なので―――これはどうでしょう。」

奴の片手には、鷲掴みにされたおばさん。息を切らしているにもかかわらず、依然締め付ける力は緩まない。

「おい、人質は…無いだろ。」

「ハーッハハハハ!!その思考が少年だ!いいか。大人にはそんな悠長に構っている時間などないのだ!」

そういって男は空いている片手で注射器を取り出し、おばさんに刺す。

「グ…ギギ…」

そう言い終えたが最後、おばさんはクマの様なずんぐりむっくりの体格、そして右手は木の枝のように不気味で長く、そして荒削りの岩のように屈強な異形の化け物となった。

「てめぇ…」

「おーっと!時間の無駄だといっただろう。まあ、今回は久しぶりのだから簡単に説明を済ませておくか。」

「こいつは所謂[神獣]と呼ばれている存在だ!」

「そしてお前と同じ被検体だ!ちなみにもう一つだけ伝えておくが、絶対に救えない!もう死んだも同然だぁぁ!!」

そう嬉々とした語りだす男。その横の化物おばさんは僕の顔を見るや否や、信じられない程のスピードで来る!


「ズモオオオオ!!」

「くっ!」


両手をクロスさせて巨体のタックルを防ぐものの、到底防ぎきれず紙屑のように畦道に弾き出される。

再び突撃姿勢に入る化物。まずい―――


「!?」

弾き出されない。

そう、僕の片手にはロングナイフが握られていた。化物の体に、傷とはいかないものの、しっかりとめり込んでいた。

また…何回嫌な記憶に助けられるんだか。こんな反射能力はいらないのにな。

ま、でも今はありがたく享受するに限るか。

もう片方の手で「創造」したナイフを化物に向けて切り裂く―――



   ◇



「なあ。いい加減ヒット&アウェイは止めてくれないか?俺も用事が―――

って分かる訳無いか。」

周りに燃料が支配するこの地。火魔法の斎炎からは絶望的に相性が悪い。

そして相手は普通の神獣。

はっきり言って、魔法を使用すれば2秒とかからず決着がつく。ただし、その行為焼き払いは善人には絶対に被害を出さない彼の信念がそれを阻止する。

かといって、相手は攻撃のたびに阿吽の呼吸で稲畑から飛び出し、また戻る。

この一瞬のスキをついて回避と掴みを同時に行うのは無理な話。

しかし、離れた場所では既に―――


「ズモオオオオ!」


「…あーあ。これ不味過ぎる奴だ。とっととやるか。」

新しい神獣の発生を感じ取り、とある決断を斎炎は下す。


「だから子守は嫌だって言ったんだよ。」

警戒を解き、両手の力を抜く。低い姿勢での構えから完全に力を抜き、気だるげに立つ。

当然獣はその隙を突かないわけが無い。いや、そういう生態プログラムだ。

そうして隙だらけの斎炎に牙が襲い掛かる。


「やっぱり痛った!「放炎」!」

負った傷口から炎を放出して、内部から神獣を焼き払う。

そうして自身の変化した肉体でも許容用量を超えるほどの損害を受けた神獣たちは、生命活動を停止させるとともに灰となり風の中に散った。

ただ、時短の代償はとても大きい。脇腹からの出血はとどまることを知らない。

しかも後1匹適応型神獣1人霧嶺が残っている。

斎炎は両脇腹を抑えながら急いで道を戻る。






「はぁ…はぁ…」

「おやおや。唯一の成功例だというのに情けない。もっと粘ってくれるものだと信じていたのですがね。」

そう落胆の表情と溜息を混じらせながら、襲撃者は口を開く。

化物1匹に対しては互角に戦えるものの、男が横から少し援護するだけで息を切らして転げ込むこの有様。だが、この危機でもまだ佐久務の目は死んでいない。

霧嶺の能力を突き止め、対策する―――。


「じろじろ見ても何も起きませんよ?」

だが、化物相手にしながらあいつに意識を向けることなど、今の僕からしてみれば自殺行為に等しい。

それでも、死地を切り抜くためにはそれしかない。だが―――


ボタボタッと、何かが落ちる音がする。

それを無視しても男を観察―――右手がない!?

視界が、呼吸が―――


「おやおや。急にへたり込んでどうしたのですかねぇ。もうおうちに帰りたくてしょうがないのですか?」

そう嘲笑う襲撃者の男。佐久務は自身の状況を今一度確認する。

口からは大量の血が流れ落ち、その失った分で上手く血を送れず視界が霞んでいるのだろう。

息苦しい胸に手を当てる。うまく呼吸ができないのは、肺胞に細かい穴が無数に空いているからか。

右手がないのは?そういえば、奴が現れたときはような気がした。

まさか―――

「洞察力は良く出来ていますね。でも判断力が欠落しすぎだ。」

怒りに染まった眼を霧嶺に向けることが今の僕には精いっぱい。

しかし、霧嶺は冷たく

「フッ。老婆を救えなくて私を憎んでいるならお門違いだ。全部全部、なんだよ。ま、家出少年はとっとと保護して説教拷問に限る。」

瞬間、化物の巨拳が振り下ろされる。

一瞬、考えてしまった。不可解な現象の答え合わせをしようとした。

そのツケが、これか―――








「おいおい。お前は悲劇で有ってもヒロインじゃ無いんだからな。もう少し自力で粘っていてくれよ。」

「あーらら。ずいぶん遅かったですねぇ。それに、あれほどの輩に傷を負わされる程度なら貴方のたかが知れますねぇ。大変私を失望させるものよ。」

「うるさい。貴様もクソ行動の敵AIに悩まされたことは無いのか。」

化物は遥か後方に吹き飛び、僕の上には暖かい影が覆いかぶさっていた。


逃げるぞ。

「えっ?」

そう言ったが直後、斎炎さんは僕を片手に持ちながら、体から炎を噴出して空へと登ってゆく。

「あれ…あなた人が変わりましたか?本当に。でも…逃がしはしませんよ!」

霧島も平然と空を歩きながら追う。


(佐久務の傷…無意識にしか治らないようだな。だが、その分治癒力は高い。)

「おい佐久務!あの男をよーく観察して俺に伝えろ!」

「はい!」


もう一度、奴をよく見る。平然と空へと駆け上がるあいつはどういう原理なのか。

良く、よーく目を凝らして見る。


足元に、粉…

僕の肺胞には無数に小さい穴が開いていた感じがする。

少しずつなんか小さくなっている?

そういえば、さっきは右手が無かった。

煙が上がったように見える。

右手の断面からも、少し煙のようなものが蠢いていた。


…………………………。

あいつは体を細かく分離できる!

そしてそれは自在に操ることができる!

これは…分解か?


「斎炎さん!あの男の魔法は分解です!あいつは自身の服か自分自身のみ分解能力を適応できるようです!そしてそれは物理的法則に縛られません!」


「90点!良くこの短時間でそこまで出来たな!だが奴の能力は「霧散」だ!

それに「分解」は概念魔法だ!」


いや…かなりピンチなのに何でそんなに呑気なのかよ。

やっぱこの相棒バディ怖いわ。


「ちょっ!」

「お前を試すのももう終わり!後はゴミをしばく!」

急に立ち止まりやがって。舌を嚙みそうになったじゃないか!


「死に場所を決めたようですねぇ!斎炎焼佳よ!死になさい!」

霧限散華むげんさんげ!」

高度100メートルはあろうかというこの空で、男の体は弾け、辺りは黒いもやが包まれた。

この状態となることで、ナイフなどの物理攻撃はほぼ無効化される。

更に炎が進むときの風圧だけで靄は部分的に吹き飛ぶので、攻撃の手段はほぼ無いといっても良い。

その靄を少しでも体に入れれば…佐久務の様に内臓がズタズタになるのは必至。

だが、それでもなお斎炎焼佳は余裕でいる。


「下らん。その程度の能力でよく俺を殺せると言ったな。」

「暁。」

斎炎は片手を掲げ詠唱を始める。霧嶺は顔が無いにも関わらず、喜色にまみれた声で反応する。

「とうとう暁の魔法使いの本領ですか!いいでしょう!来なさい!」


「巡る遊星。」

斎炎の指に火球が浮かぶ。

鎮座すわる太陽。」

その時、火球の周りの空間が歪む。

風に乗るほど軽い状態となった霧嶺は、その引力に逆らえなかった。

「まさか!太陽を―――」


穿滅の皇陽サンブレイク!」

詠唱による魔力放出量との上昇。そして放たれる一撃。

塵芥を貫き、太陽と見間違えるほど…いや、太陽そのものを再現した威厳ある火球は、放たれた瞬間に消えた。

理由は単純。この攻撃を不用意に飛ばすと、山一つは消え失せるからだ。加えて即座に魔法を自力で消せるように、威力も限界まで調整した。

だが、その一撃で霧嶺は。



「グゥゥ…ここまでとは。」

上半身の服はもう半分は焼け焦げて焼失し、太陽の引力によりまともに霧を維持できなかった所為か、寸前で魔力を纏い守った右腕は焼け爛れていて肉も見える。


「格の違いを教えてやったんだ。本来の授業料は命一つだが…ここまで割引されるとはな。」

「手加減しておいてどの口が言う…」

「本当はこの分の返しは今すぐにでも返したいのだが…生憎私には仕事をサポートしてくれる上司はいないのでね。ここで帰らせてもらう。」

そう言い残し、霧嶺は体を霧散させ何処かへ散っていった。


「いや…追いましょうよ。そこは。」

「…下見ろ。」

そこには、斎炎が吹き飛ばした化物が立ち上がり、今にも畦道を通っていき、何処かへ行こうととしている。


「適応型か…神の力の比率が部位ごとで異常に乱れている。」

「なんだよ…それ。」

「あんまり語る時間はない。それに…お前にはここで戦闘経験を積んでもらう。

あれ神獣もお前に引導を渡されるなら本望だろう。」


確かにあれは俺でも倒せそうなくらいの強さだ。

だが、そうではない。腰が引けるのだ。もう元にはおばさん戻らないと知っているのに。


「やるしか無い。後には引けない。乗り越えろ。お前が人間なら、自分の弱さと決別しろ。」


…そうだ。この事態となったのは、ただ、僕が弱かった。それだけだ。

もし、あの男の襲撃に気づくことが出来れば。

もし、もう少し強ければ。

何かが一つ変わっていたら、こんな結末にはならなかったとは断言できないが、もしかしたら、もしかしたら、変わっていたかもしれない。

そして、IFを考えなければならないほど弱く、悔しい僕を乗り越えて、清濁併せ呑んで前よりも強くならねばならない。


…それが、自分の勝手で研究所から逃げ出した「佐久務芽生」の原罪だから。


「やります。任務を引き受けたのは僕です。どんな形だろうと、完遂して見せます。」

斎炎さんに降ろしてもらい、あの化物と再び対峙する。僕の存在を感じ取った瞬間、それは歩を止め、僕しか視界に入らない。


沈みゆく夕暮れ。稲の金色がより強くなる。

今迄の経験実験すべてを総動員させなければ、奴には勝てない。

思い出すだけで震えが止まらない記憶も、すべて僕の武器となり、血肉となる。

肉体強度全てを上げるための戦闘訓練。

行使できる全ての可能性を広げるための反応訓練。

「佐久務芽生」になってから、心の奥底に仕舞った全ての記憶を解き放つ―――


「ズモオオオオ!」


(何故そこまで照準がブレるのだ!?お前の腕に針金を入れてやろうか!)

唸り声を上げて突進する化物の頭部に、銃を作り一呼吸の間に銃弾を3発放つ。

ダメージはほぼ無いものの、大きく仰け反り隙だらけとなる。


(あ?肉が裂けない?こうやるんだよ!垂直にな!オラッ!!)

その隙だらけの状況に、ナイフをもう片手に創造して、ほぼ垂直に切り上げる。

しかし、まだ化物の命の炎は尽きない。報復の一撃が飛ぶ。


(そんな大きく足を下げるなら普通に回避するのと変わらねぇんだよ!また半分にしてやらないと出来ねぇのか!?)

その振り下ろされる一撃は、足と上半身をほんの数センチずらすだけで回避し、またもや絶好のチャンスを得る。


(あんたが怯えてる顔見てね、私は心配したんだ。こんな子供に押しつけて。でも、あんたは助けを借りても任務を乗り越えたろ?)

力、経験、技、思い。まだ薄いながらも人生の全てを込めて突き出した乾坤一擲のナイフは奥深くまで神獣おばさんの奥にまで刺さった。

この一撃で限界が来たのだろうか。無色透明の魔力をまき散らしながら消滅が始まる。


「私が思ってたより、あんたはずっと強い子だったようね。その覚悟…これからも、がんばってね。」

「!?」

目を大きく開くも、もうその時には自分の相手はもういなくなっていた。


「あれを見るに神の力は腕に集中していた。頭の付近は汚染が弱まっていたんだよ。…よかったな。」

斎炎さんの言葉もうまく聞けず、その場で力を使い果たし、へたり込む僕。内臓の傷も未だに痛み、歩くことすらままならない。


「…はあ、おんぶでいいか?」

へたへたの僕を見下ろし、斎炎さんはそう声をかけてくれた。

「喜んで。」

即答する。なんせ、純度100%の親切は多く味わいたい。

贅沢だけど、その環境にも長く浸りたい。



一歩一歩、2人はとてもゆっくり歩いた。

金色をより引き立てる夕焼けは黒に染まり、良いと感じていた畦道はすっかり普通の道路と変わらないように映り、金の稲はそこらの雑草と大差ない。

いつの間にか、田舎へのあこがれは消え去っていた。


「なあ。初任務を終えてどうだ?」


「正直言って、大失敗さ。碌に動けなかったし、平和かどうかを見る観察任務で死人を出すしね。」

「でも、考えはすこーし変わった。」


「僕は、僕より不幸に曝されそうな皆を守るため、この仕事に,魔導課に、ずっと就こうと思う。」

幸せと不幸のバランスが1:1のアレ。そう考えてみれば、魔導課の自分は、どちらか幸せの方向に天秤が向いている。なら、自分が楽になるのどかな生活を謳歌するなんて違う。

皆と共に、その分自分を少し犠牲にしても虐げられる他人の不幸を減らしてやりたい。思うがままに人をゴミのように扱って幸福の絶頂に浸る人間を蹴落としたい。

そういった決意が、僕の心の灯になった。



「口だけは達者だな。実績が伴わないのは半人前の証だ。」


「ふふ。任務前は半人前でもなかったのに。」


そして、恥ずかしいから言えないけど、僕の夢はみんなと一緒に生きること。





















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