第3話 魔法と追手と観察任務と

というわけで、いきなりの初仕事に向かわされた。

任務は農村の観察。めちゃくちゃ地味なのだが、これには理由がある。

「毒」系の魔法を持つ何者かが、富山湾付近で長年潜伏していたのを、来道さんに処分された。

それだけならいいものの、長年侵入生活を送っていて、なおかなりのの実力があったとの報告が入ってきている。

畑に毒を染み込まされていないだろうかという危惧の下、観測を行うことにしたそうだ。


「佐久務。お前…自分の魔法の種類を知らない。って言ってたな。」

「そうだよ。」

「これから戦闘が起きる可能性も有る。お前には最低でも魔法の分類くらいは知ってもらわないとな。」

そういって、斎炎さんは魔法の分類についついて語りだした。


魔法には4つの分類が存在する。魔法使いはそれを使役して、現象を起こす。

1つ目はエレメント。 属性を操るいたってシンプルな魔法。

2つ目は強化系。 自身の体に魔法をかけ、強化して戦う魔法。

3つ目は象形。 魔力で形どったものを作り、顕現させる。

4つ目は概念。 自身の魔力を消費して世界の概念を行使する。


これら4つの魔法の種類の中から、魔法使い1人につき1つ。誰一人として同一の魔法は所持しない、と。

それに、練度を上げた魔法使い=魔導士はエレメントに象形を掛け合わせて属性を持つ武器を顕現させたり、象形の仕組みで行使していた魔法を概念に昇華できたりと。

ザ、魔法使いビギナーな説明を受けた。


「さてさて。今日の説明はこんな感じで良いだろう。もっと知りたいならば任務を積んでとっとと半人前になれ。」

その冷たい態度をとる斎炎にムッとした顔で抗議の意を伝えるも、ため息で返されてしまった。

「はぁ。辛いのはこっちだよ。どうせ近いから車で行くよりも佐久務君との話の時間を増やせって。会話のタネを探す身にもなってくれよ。」


会話の種………あ、そうだ。

「じゃあ…訊くね。何で斎炎さんは、僕のことを助けてくれたの?」

「…気まぐれ。」

「絶対噓ですよ。めっちゃしゅんとした顔してたじゃないですか。」

理由を悟られたくない斎炎は、照れ隠しのように短くごまかして、


「…おらっ。時間の無駄だー。走るぞー!」

「ええっ!?」

そういって佐久務の首根っこを持ち、もはや車と見間違うほどの速さで農村に向けて駆け抜けていった。



  ◇



「よーし。ここから観察任務だ!私語無用な。」

「おろろろろ…」

会話を避けるために強引に振り回され、吐いてしまう佐久務。

そんな彼をまた引っ張り、任務を続行する斎炎。




「いやぁー。空気美味しいわ~。」

途中、佐久務は金色の稲が靡く静かな農村の景色を見ながら感傷に浸っていた。

この景色はあの中庭と似たような感じがする。

それに加え、みんな和気藹藹あいあいでもないのに、多くの人がいた研究所よりも暖かい。


将来の住む場所はこんなところがいいかなぁ…って思ってみたり。

「さ、ここから歩け。」

そんな幻想ねがいも、愛想ない声によって現実に戻される。

降ろされた場所では、数件の小さな家が建っていた。

そこらを一軒筒巡り訪問して変わりがないか質問していくのが今回の任務だ。

「地味ー。」

「仕方ない。さっきも言ったがお前はまだまだ半人前にもなっていない。」

そういって佐久務は肩を押されて付き添わされることになった。


「…あ!おーい。そこの人。こっちきてぇ。」

そう何かを求める声がした。

声のもとはいくつかの小さな家の一つ。

その家の玄関には、ただ一人で老婆が座っていた。


「はい、どうかしましたか?」

そういって二人で老婆のもとに歩を進める。

家の敷地内に入った時、老婆が話しかける。

「今日農作業をしてたら、ここにある鎌が全部壊れちゃってね。ごめんねぇ。こんなことで呼び止めて。」

その鎌はすべてボロボロに錆びていて、到底使えるものではなかった。

この農村から町までバスや電車は通っておらず、しかも老婆一人の力では歩いていけないほど離れている。

これもすべて魔導課に発展の労力を傾けた結果、たかが数人住む農村など消えかけている。現に今、減少した分の穀物生産量はすべて「草」の魔法使い1人で余裕で補える。

「いえいえ。住民の助けをするのが私たちの仕事です。どうぞ、頼ってください。」

「ありがとね。それじゃあね、鎌を何個か持ってきて下さい。」

「いいですよ。」

そう斎炎は老婆の依頼を受ける。そして僕に

「佐久務。早速いい機会だ。お前の魔法を使ってみろ。」と言う。

「え…知ってるんですか?」

「ああ。これでも前に少しいろいろあってな。お前の魔法は全魔導課が知っている。ま、のお前の存在は知らんだろうがな。」


「さあ、実技テストだ。鎌を創造つくって見せろ。」

そう言われて手をかざそうとするが、震えてできない。

魔力をうまく形にできない。

斎炎は見かねて僕の腕に手を添える。

(お前はこんな物も碌に作れないのか?カスが!)

そう蘇るのは、あの時研究所の記憶―――

「魔力量のテストはどうだ?」

「それが…全然な模様です…」

「何が全然だ!搾りカスになるまでやらせたか!」

そう一生懸命魔法を行使す部僕の前で、魔導課の服に身を包む中年男性と白服の研究者が怒鳴りつけられる。

「これ以上は、反応もありませんよ…?」

「だから何だ!魔力感知に引っかからぬように抑えているだけだ!」

魔導課らしき男は、透明な板で仕切られた実験室にやすやすと壁を壊しながら入り、僕の手をつかみ脅す。

「なあ、後10丁は拳銃作れるよな?いや、作れよ?」

「ごめんなさい…ごめんなさい!」

搾りかすになるまで僕は本気でやった。でも、こんな状況で精密な道具なんて作り切れなかった。出てきた10丁はすべて粗悪品。まともに運用すらできないもの。

「カスが!魔力操作がだめなら意味ねえんだよ!」

そう僕の腹を蹴り上げながら男は怒鳴りつける。

「副所長!死なれたらどうするんですか!?」

「ああ?だから肉体も強化して治癒能力も付与してんだろうが!」

うめき声をかすれた声で出しながら這いつくばる僕のことなんて気にするものは誰一人いなかった。

皆計画もしくは自分の地位のみで考えて動いている。そこで僕が声を出し、どれほど犠牲になろうとも、気に掛ける者は一人もいなかった。

そう、やっぱり、今も、他人が優先なんだ。僕なんて―――






「おい!大丈夫か!佐久務!」

「ごめんなさいね。やっぱ、私自分で買ってくるわ。」

そう喋る老婆。

「そうですか。じゃあ私が付き添いに来ましょうか。」

そうしゃべる斎炎さん。


いや、違う…この人たちは違うんだ。あいつらとは違うんだ。

そう心に言い聞かせ、声を振り絞る。

「いや…まだ、僕にやらせて下さい。」

「………大丈夫だ。俺を信じてくれ。俺がいる限り第4課研究所の奴もお前に危害は与えられない。だから…お前はじゃなくだけを見ろ。」


一人の子供の小さな決心を聞いて、2人の大人は歩を止める。

そして少年の手からはしっかりと、本物と大差ない鎌が3つ、「創造つくら」れていた。


「ありがとうねぇ~。ボク。ありがとうねぇ~。」

「フッ。やっぱできるじゃねえか。」

こうして初仕事を終え、また見回りを再開しようと動こうとした時。

「…佐久務。お前はここで待ってろ。」

そういい、猛スピードで斎炎は敷地外に駆け抜けていった。


そうして残された僕と老婆。


「さぁさぁ。暇だったら、良かったら家にあがってかれ。」

そういわれるがまま、老婆とともに家に上がることにした。

家はかなり質素だった。

何か特別なものがあるかと言われたら、ない。

研究所にも、第2課にも有ったような灯りすらない。

「そこに立っとらんと。もう少し奥に来られ。」

言われるがまま、奥に行き、椅子に座り老婆と向き合う。


「ボク、このお仕事初めてけ?」

そういう老婆の声は、今まで聞いたどの声よりも、温かかった。

「はい…。」

「えらいねぇ。その年で。鎌の一つで音を上げる私が恥ずかしくなったよ。」

「え…いえいえ!当然のことをしたまでです!」

「当然の事…そうね。でも、それが出来るって素晴らしいことだと思わない?」

「[当然の事]ができる。それが与えられる事、満足してできる事…自分の意志で自分に義務を与える。…それを手伝ってくれる人もいる。」

「私みたいな独りぼっちな老婆なんて、誰も何も言ってくれないし、自分でも何もできないの。生きている意味も、見いだせない…」

「………………」

「あんたが怯えてる顔見てね、ちょっと心配したわ。こんな子供に押しつけて。でも、あんたは出来たろ?…何も無いのに指示ばっかする私はほんとに愚かだわ。」


「あんたの過去は知らない。でもこれだけは言える。」

「今の環境を大切にするんだよ。こんなの、…無くなった時に気づいても遅いよ。」


…そうなのか?こんなのどかな生活より良いものがあるか?

そう僕は思ったが、口にするのは…やめておこう。



   ◇



「…あららー。なーんでばれたんですかー?」

金色の稲が揺れる畦道。同じ服を着たもの同士が相対する。

「関係ない。だが、まさか第4班の人間が管轄外地域にいるとはな。

ま、お前はあの子を狙うつもりだろ?話は早い。消えるか死ぬかしろ。」

斎炎に向かう者は、魔導課第四班、研究担当のナンバー4である霧嶺散華きりみねさんげ

「あーらら。これもばれちゃったか。内輪揉めは好きではないんだけどなー。」

「それに、あの暁の魔法使いがこんなことする保護とはねぇ。政府に伝えたらどう反応するか。」

霧嶺は呆れたように失笑するも、斎炎の表情は何一つ変わらない。

「最近よく第2の人生とか話題になるだろ?それを試しているだけさ。」

「じゃ、私はそのたった1度の人生を有意義に謳歌するためにその子を攫いましょうかねぇ。」

それでもニタニタと笑う霧嶺。


先に動いたのは斎炎。今日1番のスピードで霧嶺の懐を侵略し、拳をカチ上げる。

「霧散」。

しかし、完全に体を捉えたかと思ったその拳は手ごたえが一切無く、空を切る。


「ヒヤヒヤ物ですよ。これはぁ。」

「炎弾。」

斎炎の攻撃はまだ止まらない。中腰の姿勢から、炎弾を霧嶺の顔面目掛けて打ち込む。

「無駄ですって。霧散。」

その攻撃はまたも宙を切り、霧嶺はまたニタニタ笑う。

「あなたらしくない。そんな周り農場が大切ですか?」

「もっと冷酷に倒しに来ると思っていたんですがねぇ。」

まだ余裕でいる証なのか、それとももう勝ち筋は見えたのか。そう言う霧島の笑いは、さっきよりも歪んでいる。


だが、余裕なのは斎炎もまた同じ。彼はこの2回の攻撃で霧嶺の魔法を大方見切っていた。

(奴は体を霧状に分解できる魔法を使う。それに農場を狙わないことを指摘するならば、奴は自身にしか影響を及ぼすことのできない強化系の魔導士だ。普通なら炎をバラバラに霧散して火事を起こさせるはずだ。)


「はぁ。佐久務に道覚えさせた方が良かったかな。」

「おやおや。今更後悔してももう遅い。それに、彼が逃げようとしても、絶対に私から逃れることはできないですよぉ?」

そう語る霧嶺の口元はさっきよりも醜悪な笑みを浮かべている。

「ほう?今この場所で俺を倒せると勘違いしているようだな。まだ1発も攻撃を当てれても無いのに、どの口が言う。」

霧嶺を挑発する斎炎だが、次の瞬間にはその余裕は消え去る。

「な―――お前!?」


霧嶺の両手にあるのは、何処からか取り出した注射器と、農家と思わしき2人の人。


「あなたなら知っているでしょう。創神計画の前段階にあたる[降神計画]をね!」

「あの失敗作か。計画が頓挫して泣きながら土下座していた前班長は面白かった。」

「ま、そうですか。あの人を馬鹿にするのには何も言いませんが、今回床を舐めるのは貴方になりますよ?」

そう言い終えた直後、二人の男性に注射器を指す霧島。斎炎の顔は引きつる。


「貴方らしくないですねぇ!その顔!素晴らしいです!」

「ゴミが…貴様を逃がすのはやっぱ無しだ。」


霧嶺の笑いが最高潮に達したとき、注射器を刺された男性らはその体が力に耐えきれず、異形で4つ足の化け物へと変化した。

この生物の名前は神獣と呼ばれている。聞こえは良いものの、神の力そのものに人間が耐え切れず、それにより強制進化した姿。すべての能力が飛躍的に高まっているものの、体がその力毒物を放出しようと必死になり、その分の生命力を犠牲にするため、命は短い。それに、神の力をすべて抜いても人間には戻れない。


「さあ、目が合いましたね…この獣は貴方を死ぬまで追いますよ…」

(どうせこいつの狙いは佐久務だ。それは分かっている。だが…こいつらをここで処分しないと数的不利な状況で二人守らなくてはならない。)

「じゃ。私はこれで。」

そう言い残し、霧嶺は佐久務を探しに体を霧散させ飛び立った。


「なあ。早く終わらせたいから。クソ行動はするなよ。」

その願いも虚しく、神獣2匹は稲の茂みに身を隠す。


「畜生め。[炎鎖えんさ]で捕縛しようにも出来ないな。これじゃあ。」

「後で地主に詫び入れるか、それともこいつ等が地主だったら良いのだが。」







「ウーム。この家ははずれですか。次です。次。」

体を霧散させながら家への侵入を繰り返す霧嶺。この決して家が多くない環境で佐久務が見つかるのも時間の問題だ。




「おばさん…なんか嫌な予感がする。頭伏せといて。」









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