第2話 新しい居場所
あれから1日後。
斎炎に運ばれた少年は、魔道課の医療室にチューブが雁字搦めの状態で寝かされた。
耳までかかるつやつやな黒髪からは想像できないほどの貧相な体つきをしており、とても組織から逃げれおおせれた分の体力はその体にない。
その横には、斎炎が椅子にもたれかかり、時たま少年の顔を覗いていた。
「ん、ん………」
少年の意識が戻る。彼は目を開けた先にある、天井のまぶしい光に目を細くした。
そして、痛む体を自分でいたわりながら左右を探り、視界の中に斎炎を入れた瞬間、つきものが落ちたかのように目を開き、体を跳ね起こして彼の顔を見て、「あ、ありがとうございます、拾ってくれて……本当に、本当に。」と、開口一番に感謝を述べた。
斎炎からは、「礼はいらん。その代わり、回復したら俺とともに来てもらう。安心しろ。研究所とは繋がりはほとんどない。」と、淡白な声で返答が返ってくる。
感謝のあいさつもあっさり受け流した斎炎は、少年に質問を投げた。
「まずは、お前の今までのことを聞かせてもらう。まあ…こんなときは俺から言わないとな。」
「俺の名前は
「さあ。言ったぞ。次はお前の番だ。」
微塵も知らない組織名、そして情報に対して、少年は少し身を強張らせた。
そして、震える唇から言葉を紡ぎ、「うん。僕の名前は…確か…みんなが言うには
その瞬間。斎炎は急に立ち上がり、ドアの前に勢いよく手をかける。
「その名前は捨てろ。代わりに…俺がもっといい名前を付けてやる。あと…しばらく休んでろ。この施設内なら、外へ出てもいい。」
そういって、斎炎はドアを突き飛ばすように開け、部屋を出て行った。
呆然とする名もなき少年は、自分の体の状態を確認する。
(あれだけあった傷がふさがっている。それに…おなかもあまり空いていない。)
チューブを外してもないのに外に出てもいいといった斎炎の不可解な言動に困惑しながらも、恐る恐るチューブを引き抜いてみる。
そこから滲んでくる血は止まらず、治そうと思っても治せない。
だけど、大したことはないので………あの明るい、外に出てみることにした。
外は、
「やっと、やっと……………」
情報として彼の脳内には多くの景色、言葉がインプットされていたが、実際に穏やかな環境を五感で確かめるのは初めてであった。
綺麗な草と木が生える場所に行ってみたい。
僕と同じように容器の中に閉じ込められながらも、こんなに明るく希望を感じるものはないと思い、歩を進める。
◇
(はぁ………あいつ…創神計画とは果たしてどこまで行くのか?こんな子供一人を神にしたとして、それは果たして何になるのだろうか?)
斎炎が考えを巡らせ、顔を下げながら廊下を歩いているいるときに、背後から男が一人、彼の肩をたたいた。
整った小顔、そしてふわりとかかる金髪ツーブロックが、どことなく軽快な雰囲気を醸し出す、所謂チャラ男の男―――
「おーっす。斎炎先輩。顔が悪いですよー。」
「おいおい…鹿納。飲みに誘おうったって今日は無理だぞ。何てったって今日は自己紹介と他人の名前を考えなきゃならないからな。」
「…あの計画の子ですか。研究所は中国地方担当の第4班のもの。こんな時期に仲間割れとは…センパイ、相当勇気ありますね。」
鹿納も斎炎と同じく、神妙な顔つきになった。それをみた斎炎は、彼の不安を吹き飛ばすように顔を緩めた。
「勇気じゃねえよ。今までした事への贖罪だと思ってやったのさ。なに、来道さんには伝えてあるからさ。」
………斎炎焼佳の行動には、とある思いがあった。
正義を執行できると思って入った魔導課。彼は瞬く間に犯罪者を狩り、実績と実力を共につけ、最高位の魔導課である関東地方の第1課に異動した。
しかし、そこで見たのは例の「創神計画」の報告書。彼は非人道的な実験の数々を目にして、憤慨した。
だが、彼にとって、魔導課1つを敵に回してまで正義は執行するには心も、力も、足りなかった。そうして、逃げるように彼は中部地方の第二課に異動を申し出て、ただ無気力で枯れ果てたかのように、ぼちぼちと仕事に取り組んだ。
そして遂に………計画の被害者であるあの少年と会い、救ったことで、彼自身の歯車が動いた。
今まで逃げた自分。自身の信念を曲げた自分。それを心の何処かで許せないと感じているからなのだろうか。それとも…同情できる人を救いたかったのだろうか。
「ま、名前なんてここで考えていきましょうよ!時間が無駄ですよ!」
「おいおい、ネットとかで調べないと変な名前になるだろうが。」
「任せてください!俺も手伝いますよ!」
◇
中庭の椅子。ここは日の光も当たって心地いい。
今までろくに浴びれなかった太陽は、こんなにも良い物だったのか。
なんで、なんで今までは知らなかったんだろう。
…なんで、僕は今までこんな目に合わなきゃいけなかったんだろう。
「や?おやおや?見ない顔だね。
感傷にふけり、ポーっと木々を眺める少年。そこに、ある若い女の人が、優しい陽を思い浮かべる笑顔で、朗らかに話しかけてきた。
「キミ…初めましてかな?じゃ、私の名前は重奏詩音!この魔導第2課では年長者…だと思うよ!よろしくね!」
「え、ああ…はい、よろしくお願いします………」
その女の人は、見たこともない艶やかな長い黒髪をしていて、
「で、君の名前…いやいや。どう。この場所。落ち着くかい?」
「はい…確かに。」
「ふうん。じゃあ、質問を変えるね。これからも私たちと一緒にいたい?」
「…あまり。…あなた方の服、研究所で見たのと同じ…」
「やっぱり。そう言うと思った。んー。言いにくいけど、君の情報はある程度の大人はみんな知っているのだよ。…おっと、ズレてしまった。で、とても心に傷を負ったのはわかるよ。だけど。私たちは研究所の奴らと全く別じゃない?」
「…?」
「同じなのは服と人間であることだけ!現に今君は斎炎さんに救われたでしょ?」
少年は、コクっとうなずく。
「…ま、あの人もそれなりにえげつないことしてるんだけどね。真逆の扱いを受けてもなお、私たちは研究所の奴らと同じだと思うかい?」
少年は首を横に振る。その動きは、さっきよりハキハキし………顔はほころんでいた。
「ふふ。なら良し。それにね。私はキミが今、どんな人よりも一番幸せにさせなきゃいけないと思ってるから。」
「幸せ…?」
「そ。幸せは人それぞれの尺度だけど、君には一切妥協なく望みをかなえる権利がある。もちろん、研究所の奴らのような願いは論外だけどね。幸せと不幸は1:1って感じ。ま、もっと簡単に言えば、絶望の後は必ず希望が来るものだって覚えておけばいいよ。」
「それを叶えるには…今のところは残念だけど私たちの下で生きるしかない。いつ研究所の奴らが襲ってくるかわからないから。」
「でも、そこまで外の世界にあこがれているなら、私たちが定期的に連れ出してあげる。」
「ふーん…。」
その一切のウソがない真心を込めた声に、少年は少し、心が動かされた。
「あ!いたいた!詩音ちゃーん!」
「アレは…斎炎くんと鹿納君じゃないか。よし!あの人らのもとへ行こう!」
そうして外に出て、長い廊下を渡り彼らと話をする。
「やあ!初めまして。僕の名前は鹿納土生。第2班の職員で、ナンバー2。
好きなものはホットケーキと日光浴!」
「俺が伝えた順番と違うだろーが。」
鹿納は斎炎に頭を軽ーくたたかれ………少々不満でムッ、とした顔で抗議の意を先輩に示す。
「コホン。ま、そういや名前考えてやるって言ってたよな。決めてきたぞ。」
「新しい、名前。」
「いいじゃん!名前が無いほど不便なものはないからね!」
「お前の名前は、これから
「女の子みたい…」
そういう僕の顔からは、面白さとうれしさで胸がキュッと閉まり、顔からはポロポロと涙がこぼれてきた。
「おや!先輩だって、一生懸命考えたんですよー?悪夢を裂くとかかっこつけてさ。めちゃ恥ずかしいけど、我慢するんですよー。」
「お前!?言い過ぎだ!」
首まで真っ赤にして、斎炎さんは鹿納さんの口を押さえつけている。
「フフッ…ハハハ!」
笑ったのって、いつぶりなんだろ。いや…初めてだな。
その光景は、バカらしくて、暖かくて。
一切のぬくもりを知らなかった少年―――佐久務芽生は、その明るい中庭に目を向けて、
―――「はいはい。君たちそこまで。後は第2班メンバーで自己紹介でしょ?」
「「あ、そうそう、忘れてた。」」
そうして、僕は3人に連れられてまた廊下を歩いた。
「やあ。君が新しく入ってきた者か。色々話は聞いてるよ。」
とある事務室に入った途端、そう声をかけられた。
「私は第2班の班長を任された
そう淡泊な挨拶をするここの頭らしき男性。硬さを思わせる白髪のオールバック、少々青髭ならぬ、剃り残した白髭を手で隠すように抑え、話を続ける。で事務所には僕を入れて8人。うち三人は、僕と同年代くらいの子だ。
「はい、じゃあ次は僕かー。はい。僕の名前は鹿納土生。潜滅の魔導士さん、って呼んでね。まあ、もうみんな知ってると思うけど。好きなものは魚料理でーす。」
「ハイじゃあ斎炎くーん。」
「言う必要はない。それに二つ名で仲間を呼ぶアホがどこにいる。」
「ちぇーっ。じゃあ次。」
「私の名前は
仕事は頑張ってるけどいまだに「二つ名」無しです!」
そういって重苦しいこの場所には似合わないほどの高嶺の美人は、軽快に挨拶を済ませた。
「じゃあ次は俺か。名前は
好きなものはスパーだ。今後ともよろしく。」
そのキノコヘアーからは想像もできないような好戦的な趣味を持つ少年は、気だるげに紹介を終えた。
「私は新島
「僕は…名前は
うん。空気が重苦しいのはこいつらの重苦しい魔法のオーラのせいじゃないのか…?
「さ、きょとんとしてないで、君も自己紹介しな。」
そう来道さんに言われて、ついに口を開く。
「僕の名前は佐久務芽生。自分の魔法はまだ知らない。生まれ持ったものは何もない。だけど…これからはみんなの様に普通に、平穏に暮らしたい。そう決めた。」
「おおー。いい自己紹介じゃん!嬉しいよ」
「うむ………平穏か…ま、よし、これでひとまず自己紹介が終わったから…ま、うちも人手不足なものでね。佐久務君にはさっそく任務に当たってもらいたい。ま、戦闘任務ではないから安心しな。それに、バックアップとしてそこの斎炎を連れて行くから準備しておけ。」
それを聞いた斎炎は顔をしかめて抗議する。
「あ、あのー。班長。それは明日でも…」
普段とは全く違う反応を見せる斎炎。彼自身が名前を付けた子を連れまわすのは、まるで子守でもしている気分だ。間違いなく嫌気がさすだろう。
「ま、子守頑張ってねー。」
「少しは繊細な心が付くんじゃない?」
そういって、大人組はくすくす笑って囃し立てる。
「お前らぁ…」
斎炎は目の奥に
「いいよ。僕、やりたい。」
燃え滾る斎炎を遮るようにそう言う佐久務の言葉に、斎炎はしぶしぶ了解する。
「よし、決まりだな。じゃあ、初任務の成功を祈る!」
―――佐久務芽生の道は、ここから始まったかに思えた。
だがそれは、居場所が変わっただけの被検体と何ら変わりはしない運命だというのは、まだ第二課の誰も知らなかった………
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※二つ名とは、謂わば愛称とミームのようなものである。
斎炎焼佳の場合、詠唱の際に発する最初の句は必ず「暁」であるため、彼のファンから「暁の魔法使い」と呼ばれ、それが世間に浸透していった物である。
付けられる側からしてみたら自分の知名度がある程度上がったくらいのものとしか思っていないそう。
※魔道課に子供って就職可能なの?
基本的にはアルバイトのできる年齢(15歳になって最初の4月1日)からはある程度地位のある上司の推薦や自分から志願してその魔道課それぞれの試験に合格すれば一応入れる。
魔道課にはアルバイトの概念はなく、かなりグレーな制度ではあるものの、昨今の人員不足から黙認されている。
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