第2話 新しい居場所
1日後。
斎炎に運ばれた少年は、魔道課の医療室にチューブが雁字搦めの状態で寝かされた。
目が覚めたのはそこから2日後。つやつやの耳までかかる黒髪からは想像できないほどの貧相な体つきをしており、とても逃げれた分の体力はその体にない。
その横には、斎炎が椅子にもたれかかっている。
「あ、ありがとうございます…本当に、本当に。」
開口一番、少年の方から会話を始める。
「礼はいらん。その代わり、回復したら俺とともに来てもらう。
安心しろ。研究所とは繋がりはほとんどない。」
感謝のあいさつもあっさり受け流し、今度は斎炎のほうから質問を投げる。
「まずは、お前の今までのことを聞かせてもらう。まあ…こうゆうときは俺から言わないとな。」
「俺の名前は
「さあ。言ったぞ。次はお前の番だ。」
「うん。僕の名前は…確か…みんなが言うには
その瞬間。斎炎は急に立ち上がり、ドアの前に勢いよく手をかける。
「その名前は捨てろ。代わりに…俺がもっといい名前を付けてやる。」
「しばらく休んでろ。この施設内なら出てもいいぞ。」
そういって、斎炎は部屋を出て行った。
呆然とする名もなき少年は、自分の体の状態を確認する。
(あれだけあった傷がふさがっている。)
(おなかもあまり空いていない。)
チューブを外してもないのに外に出てもいいといった斎炎の不可解な言動に困惑しながらも、チューブを引き抜いてみる。
そこから滲んでくる血は止まらず、治そうと思っても治せない。
大したことはないので、外に出てみることにした。
そこには、
「やっと、やっと……………」
中庭と言われた綺麗な草と木が生える場所に行ってみたい。
僕と同じように容器の中に閉じ込められながらも、こんなに明るく希望を感じるものはないと思い、歩を進める。
◇
(創神計画とは果たしてどこまで行くのか?こんな子供一人を神にしたとして、それは果たして何になるのか?)
斎炎が考えを巡らせて廊下を歩いているいるときに、背後から男が一人。
「おーっす。斎炎先輩。顔が悪いですよー。」
「おいおい…鹿納。飲みに誘おうったって今日は無理だぞ。何てったって今日は自己紹介と他人の名前を考えなきゃならないからな。」
「…あの計画の子ですか。研究所は中国地方担当の第4班のもの。
こんな時期に仲間割れとは…相当勇気ありますね。」
そう言う
「勇気じゃねえよ。今までした事への贖罪だと思ってやったのさ。」
斎炎焼佳の子の行動には、とある思いがあった。
正義を執行できると思って入った魔導課。彼は瞬く間に犯罪者を狩り、実績と実力を共につけ、最高位の魔導課である関東地方の第1課に就職することができた。
しかし、そこで見たのは例の「創神計画」の報告書。彼は非人道的な実験の数々を目にして、憤慨した。
しかし、彼にとって、魔導課1つを敵に回してまで正義は執行するには心も、力も、足りなかった。そうして、逃げるように彼は中部地方の第二課に異動を申し出て、無気力な毎日を送ってきた。
そこで、計画の被害者であるあの少年とあって、歯車が動いた。
今まで逃げた自分。信念を曲げた自分。それを心の何処かで許せないと感じているからなのだろうか。それとも…誰であれ、同情できる人を救いたかったのだろうか。
「ま、名前なんてここで考えていきましょうよ!時間が無駄ですよ!」
「おいおい、ネットとかで調べないと変な名前になるだろうが。」
「任せてください!俺も手伝いますよ!」
◇
中庭の椅子。ここは日の光も当たって心地いい。
今まで浴びれなかった太陽は、こんなにも良い物だったのか。
なんで、なんで今までは知らなかったんだろう。
…なんで、今までこんな目に合わなきゃいけなかったんだろう。
「や?おやおや?見ない顔だね。
ガラス張りの中庭で寛いでいたら、まあ、当然見つかる。
斎炎焼佳と同じ仕事をしているであろう女の人が、僕に向かって話しかけてきた。
「初めましてかな?私の名前は重奏詩音!この魔導第2課では年長者…だと思うよ!」
「で、君の名前…いやいや。どう。この場所。落ち着くかい?」
「はい…確かに。」
「ふうん。じゃあ、質問を変えるね。これからも私たちと一緒にいたい?」
「…あまり。…あなた方の服、研究所で見たのと同じ…」
「やっぱり。そう言うと思った。んー。言いにくいけど、君の情報はある程度の大人はみんな知っているのだよ。…おっと、ズレてしまった。で、とても心に傷を負ったのはわかるよ。だけど。私たちは研究所の奴らと全く別じゃない?」
「…?」
「同じなのは服と人間であることだけさ!現に今君は斎炎さんに救われたでしょ?」
少年は、コクっとうなずく。
「…ま、あの人もそれなりにえげつないことしてるんだけどね。真逆の扱いを受けてもなお、私たちは研究所の奴らと同じだと思うかい?」
少年は首を横に振る。その動きは、さっきよりハキハキしてる。
「ふふ。なら良し。それにね。私はあんたがどんな人よりも一番幸せにさせなきゃいけないと思ってるから。」
「幸せ…?」
「そ。幸せは人それぞれの尺度だけど、君には一切妥協なく望みをかなえる権利がある。もちろん、研究所の奴らのような願いは論外だけどね。幸せと不幸は1:1って感じ。ま、もっと簡単に言えば、絶望の後は必ず希望が来るものだって覚えておけばいいよ。」
「それを叶えるには…今のところは残念だけど私たちの下で生きるしかない。いつ研究所の奴らが襲ってくるかわからないから。」
「でも、そこまで外の世界にあこがれているなら、私たちが定期的に連れ出してあげる。」
「ふーん…。」
その一切のウソがない真心を込めた声に、少年は少し、心が動かされた。
「あ!いたいた!詩音ちゃーん!」
「アレは…斎炎くんと鹿納君じゃないか。よし!あの人らのもとへ行こう!」
そうして外に出て、長い廊下を渡り彼らと話をする。
「やあ!初めまして。僕の名前は鹿納土生。第2班の職員で、ナンバー2。
好きなものはホットケーキと日光浴!」
「俺が伝えた順番と違うだろーが。」
鹿納は斎炎に頭を軽ーくたたかれた。
「コホン。ま、そういや名前考えてやるって言ってたよな。決めてきたぞ。」
「新しい、名前。」
「いいじゃん!名前が無いほど不便なものはないからね!」
「お前の名前は、これから
「女の子みたい…」
そういう僕の顔からは、面白さとうれしさで胸がキュッと閉まり、顔からはポロポロと涙がこぼれてきた。
「おや!先輩だって、一生懸命考えたんですよー?悪夢を裂くとかかっこつけてさ。めちゃ恥ずかしいけど、我慢するんですよー。」
「お前!?言い過ぎだ!」
首まで真っ赤にして、斎炎さんは鹿納さんの口を押さえつけている。
「フフッ…ハハハ!」
笑ったのって、いつぶりなんだろ。いや…初めてだな。
僕は泣きたいだけ泣いて、笑いたいだけ笑った。
「はいはい。君たちそこまで。後は第2班メンバーで自己紹介でしょ?」
「「あ、そうそう、忘れてた。」」
そうして、僕は3人に連れられてまた廊下を歩いた。
「やあ。君が新しく入ってきた者か。色々話は聞いてるよ。」
とある事務室に入った途端、そう声をかけられた。
「私は第2班の班長を任された
そう淡泊な挨拶をするここの頭らしき男性。事務所には僕を入れて8人。うち三人は、僕と同年代くらいの子だ。
「はい、じゃあ次は僕かー。はい。僕の名前は鹿納土生。潜滅の魔導士さん、って呼んでね。まあ、もうみんな知ってると思うけど。好きなものは魚料理でーす。」
「ハイじゃあ斎炎くーん。」
「言う必要はない。それに二つ名で仲間を呼ぶアホがどこにいる。」
「ちぇーっ。じゃあ次。」
「私の名前は
仕事は頑張ってるけどいまだに「二つ名」無しです!」
そういって重苦しいこの場所には似合わないほどの高嶺の美人は、軽快に挨拶を済ませた。
「じゃあ次は俺か。名前は
好きなものはスパーだ。今後ともよろしく。」
そのキノコヘアーからは想像もできないような好戦的な趣味を持つ少年は、気だるげに紹介を終えた。
「私は新島
「僕は…名前は
うん。空気が重苦しいのはこいつらの重苦しい魔法のオーラのせいじゃないのか…?
「さ、きょとんとしてないで、君も自己紹介しな。」
そう来道さんに言われて、ついに口を開く。
「僕の名前は佐久務芽生。自分の魔法はまだ知らない。生まれ持ったものは何もない。
だけど…これからはみんなの様に普通に、平穏に暮らしたい。そう決めた。」
「おおー。いい自己紹介じゃん!嬉しいよ」
「平穏ね…ま、よし、これでひとまず自己紹介が終わったから…ま、うちも人手不足なものでね。佐久務君にはさっそく任務に当たってもらいたい。ま、戦闘任務ではないから安心しな。それに、バックアップとしてそこの斎炎を連れて行くから準備しておけ。」
来道さんのそれを聞いた斎炎は顔をしかめて抗議する。
「あ、あのー。班長。それは明日でも…」
普段とは全く違う反応を見せる斎炎。165センチの佐久務と2メートル付近の彼。それに、自身が名前を付けた子を連れまわす。まるで子守でもしている気分だ。
彼の性格なら間違いなく嫌気がさすだろう。
「ま、子守頑張ってねー。」
「少しは繊細な心が付くんじゃない?」
そういって、大人組はくすくす笑って囃し立てる。
「お前らぁ…」
「いいよ。僕、やりたい。」
燃え滾る斎炎を遮るようにそう言う佐久務の言葉に、斎炎はしぶしぶ了解する。
「よし、決まりだな。じゃあ、初任務の成功を祈る!」
そうして、僕たちは動乱の幕開けにさらされることとなった。
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※二つ名とは、謂わば愛称とミームのようなものである。
斎炎焼佳の場合、詠唱の際に発する最初の句は必ず「暁」であるため、彼のファンから「暁の魔法使い」と呼ばれ、それが世間に浸透していった物である。
付けられる側からしてみたら自分の知名度がある程度上がったくらいのものとしか思っていないそう。
※魔道課に子供って就職可能なの?
基本的にはアルバイトのできる年齢(15歳になって最初の4月1日)からはある程度地位のある上司の推薦や自分から志願してその魔道課それぞれの試験に合格すれば一応入れる。
魔道課にはアルバイトの概念はなく、かなりグレーな制度ではあるものの、昨今の人員不足から黙認されている。
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