(連投すみません)第八話、守り人の公務

 世界の守り人ゆかりの、喪に服してからを考えれば初めてとなる公務が決まった。紅葉国の黄泉切りアクタの討伐である。黄泉切りアクタは紅葉国の重要官僚や政治家などの暗殺を繰り返しては見事に消え失せるアクタだ。守り人ゆかりの討伐決意表明は大々的に報道されたという。そんな中、ゆかりは紅葉国の外務官僚などとの面会の合間をぬって、出立までの間にもう一度優河とのお茶会を計画していた。そして優河との文通もしながら予定を合わせ、ついにお茶会の日がやって来た。

 ゆかりは今度は給仕服ではなく、この日のために選んだ服を着て優河との約束の時間を待った。桃色の透き通りそうなほど柔らかで涼やかな上衣を羽織り、亜麻色をした柄付きの膝丈ほどのミニスカートを合わせた装いである。ゆいかの部屋の掃除や午前中の面会もすべて終えた彼女の今日の予定は、もうお茶会以外に大きなものはない。

 そして優河は守輪宮にやって来た。相変わらずの正装である。ゆかりと優河は前回と同じ席について、そのまま何を話そうか戸惑ったのか、二人は口をつぐんでしまい、沈黙になる。ゆかりが、あのと言うと同時に、優河も、あ、と言った。声が重なってもう一度沈黙が生まれるが、二人からは笑い声が口をつく。

 「優河さん。何かありましたか。前よりちょっとよそよそしい気がして」

 「いや、僕は」

 優河は気まずそうな顔をする。ゆかりは優河には何か悩み事でもあるのかもしれないと気がかりだ。

 「守り人様。失礼を承知で聞きます。僕は新聞や映像からくりから流れるあなたと、今こうして話しているあなたが丸っきり違う気がします。それに、あなたはこの世界の人じゃないみたいに見えます。……あなたは何者ですか?」

 言葉を選びながらも優河はゆかりの顔を一直線に捉えた。背後に控えていた輪球会議直属の調査官、石英がゆかりと優河のもとへと歩み寄っていく。ゆかりは石英を見ることなく、手で彼を制した。

 「……そうね。優河さんがそう思うのも無理はないわ。私は偶像、あるいは置物。私に求められているのは、生身で生きる人間というより、命令に忠実な壇上の踊り子。私はそういう存在だから。それでも私は世界の守り人として生きる。私はこの世界の一部よ」

 ゆかりはにこやかに答える。しかし彼女のたたえる笑みは、まるっきり世界の守り人としての笑顔であることに彼女自身も気づいていた。それでももう、今の答えが彼女の本心だ。

 「でも、僕と話すときのあなたは違う。きっとお付きの皆と話すときのあなたも違う。それがあなたの正体だと思います。いつか僕が頼れる人だって思えたら、あなたの過去を話してくれませんか」

 優河はテーブルから身を少し乗り出してゆかりに言う。その深い雀色の瞳はやはりまっすぐに彼女を映していた。

 ゆかりは優河に言うべき正解を知っていた。そんな約束をしない方が、彼女や優河の命を輪球会議から守るためにも必要な答えなのだろう。しかしゆかりは、優河の思いに背くことができなかった。

 「……えぇ。えぇ。分かったわ。いつか。いつか優河さんを頼りたいって思ったら話します。……優河さんはどうして私にそう言うのですか」

 「それは。それは多分父の言葉があるからです。僕の父は百鬼夜行で逃げる人を助けようとして亡くなりました。その父が、胸張って生きろよって最後に僕に言ったんです。だから世界の守り人さんがほっとけなくて」

 「私をほっとけないなんて言う方、初めてです」

 優河は照れくさそうにする。ゆかりの後ろに立っていた石英は部屋の後ろへと下がった。お付きが部屋に入り、狙ったかのように紅茶とお茶菓子を持ってくる。二人はしばらくお茶菓子を楽しんだ。

 「美味しいです。このお茶菓子、夕次ゆうじに食べてもらいたいなぁ。彼、僕と同じでちょっと間が悪いというか、よく笑われていたんです。夕次は、デザートを食べられる生活を夢見て軍に入りました。いつかまた会いたいです」

 「いつか会えたらいいですね。……もしよければ、優河さんに他にどんなことが起きたり出会ったりしたのか知りたいです」

 「あんまり守り人様がお気に召すような話はないと思います。でも、そうだなあ。僕が八歳のとき、あの街でお化けが出るって騒ぎになったんです。それで夜に師匠と確かめにいったら、誰かが自動物乞いからくりを路上に置いていたんですよ」

 「自動物乞いからくり?」

 「えっと。人を見つけると、くれー、くれーと言いながら安物の長い人工髪を振り乱してかけよってくるんです。両手に箱を持ってそれを僕たちの顔に向かって差し出してくるんです。こんな感じで」

 優河は身振り手振りで大げさに自動物乞いからくりの動きを再現する。ゆかりは彼の動きを見て怖さというより面白さを感じた。彼女は噴き出すのをこらえながら感想を絞り出す。

 「……怖いですね」

 「怖いと思ってませんね」

 優河は冷静なツッコミをした。それから彼はゆかりにつられて笑い出す。ゆかりは、これが私の正体なのかもしれないと思えてしまう。それだけ優河と話すことがゆかりには楽しい。ひとしきり笑い合った二人の和やかな会話は続く。そして終わりの時間が迫るころに、ゆかりは真面目な顔で優河に、優河さんと言った。

 「優河さん。もし優河さんがよければ私と一緒に紅葉国へ行きませんか?亅

 「……黄泉切りアクタの討伐に僕が一緒に?」

 優河はゆかりの突然のお誘いに戸惑ったようだった。

 「優河さん。突然でごめんなさい。私、優河さんに一緒に来てほしくて。優河さんのからくりの知識はきっとすごく助けになる。それに……」

 「ごめんなさい。僕はあの街から離れたくないんです。僕の居場所はあそこにしかありません。それに僕は守り人さまよりも背が高いけれど、喧嘩が弱い。黄泉切りアクタと戦うときも足手まといにしかなりません……」

 優河は乗り気ではないようだった。ゆかりはある程度予想していて心の用意はしていたけれども悲しくなってしまう。ゆかりはゆいかのいない討伐旅行で、気のおける人が誰もいない旅がどれだけ寂しくて疲れるものか知ってしまっていた。しかし、気のおける人というのは、彼女の立場上そう簡単に出会える者ではない。優河となら、ゆかりは少し気をゆるめることができるだけに、彼の返事に気落ちする。

 「私、優河さんとなら一緒に話せるって思えたんです。優河さんはからくりにも人にも優しくする人だって分かったから……。優河さんがついて来てくれるととても嬉しい、です」

 ゆかりはそれほど会っていない人にここまで言えてしまう自分が恥ずかしくなった。ゆかりは彼女自身が思うよりも疲れているのだろう。うつむいてしまったゆかりに、優河は、少し考えてもう一度返事をしますと答える。それがゆかりには救いだった。

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