(連投すみません)第七話、水槽の魚

 給仕服姿のまま、ゆかりは優河を庭園の前のテーブルへと案内した。そのテーブルからは、丁寧に葉を刈り取り、手入れの行き届いた木々と澄み切った大きな池が見えた。涼やかな音を立てて人工の滝から水が池へ流れ落ちていく。ゆかりは、優河がまるで水槽の魚を眺めるような目でその庭園を見ていることに気がついた。

 「優河さん。今日はお茶会に来ていただいてありがとうございます。どうですか、守輪宮は」

 「守り人さま。こちらこそ、です。さっきのを見ていると、みんな楽しそうにこの守輪宮で暮らしているんだなぁと思いました。笑顔ばかりです」

 「えぇ。でもお付きは私を馬鹿にしているのかもって時々」

 「そんなことは、ない、ことはないのかもしれません。……あるかもしれません」

 「否定しないんですね。……まぁ私、よそ者ですから」

 優河は、ばつが悪そうな顔をする。その顔は、ゆかりが彼と退廃街で話したときの顔に似ていた。ゆかりはそれを見て少し笑みがこぼれる。

 「私、からくりの話を優河さんから聞きたくて。そういえば優河さんのからくり猫さんはどこに?」

 「あぁ、にゃん太郎。いますよ。……守り人さん。にゃん太郎はどこにいるでしょう?」

 気を取り直した優河はちょっと面白がっているような目で、ゆかりに聞く。ゆかりは、庭に隠れているのかもと言いながら席を立ち、庭へと歩いて、庭を探し出す。暑さを和らげるための冷風からくりがその後ろをついてくる。

 冷風からくりは箱型で、ゆかりの背中に届くか届かないかの高さである。木目を活かした色合いの体で、庭ににゃん太郎がいないかと探すゆかりの後ろをちょこちょことついて来て風を送る。その木製の車輪がかすかに音を立てている。

 「守り人さん、庭にはいませんよ」

 「……優河さん。ではどこに?」

 ゆかりは優河が嘘をついているのかもしれないと少しばかり疑いながら聞く。

 「僕のポケットです」

 優河がポケットから球を取り出し、それを守輪宮の床へと放る。その球は地面に落ちる前に猫の体に変形し、くるりと一回転して着地した。すごいとゆかりは驚きの声をあげる。

 「優河さん。すごいです」

 「でしょ。師匠の授業の応用をきかせてこれが出来るんじゃないかと思って加えた機能なんです。世紀の発見だって僕が自慢したら、師匠は四十年前の技術だって言って、ちょっと残念でした」

 「でも、魔法みたいですごい」

 腰を落としたゆかりは彼女の足元に近寄ってきたにゃん太郎を撫でながら、優河を尊敬のまなざしで見上げる。

 「守り人さんがやっていることの方が魔法ですよ」

 優河は謙遜する。それから優河と話しながらひとしきりにゃん太郎を撫でたゆかりは、優河にお茶菓子とお茶を振る舞っていないことに気づく。彼女は席について、お付きにお茶菓子とお茶を頼んだ。しばらくして上品な陶器に入った紅茶とクッキーが運ばれてきた。珍しさに目が輝いている優河と一緒に、ゆかりはしばらくティータイムを楽しむ。

 「そういえば、優河さんは百鬼夜行を知っていますか」

 「知っています。長い年月動き続けたからくりの一部が、人間に害を及ぼすアクタになる。それが一斉に起こるのが百鬼夜行でしたよね」

 「えぇ。そのアクタと百鬼夜行から人々を守るのが、世界の守り人である私とゆいかの役目。でもゆいかは、アクタの国、栄界を滅ぼして消えた。今は私一人。私は一人で守れるか不安なの。だから聞きたい。以前、優河さんはからくりがアクタになるのを止めると言ったわ。その研究はどこまで進んでいるの?」

 ゆかりに質問された優河は、残念そうな顔をしてにゃん太郎を見る。

 「僕は、そのためには比較が必要だと考えました。だからサチを作った。本当はこの世界にあるからくりの継続調査があればよかったんです。それでどのような原因でアクタになるのか分かれば簡単なんです。でもないから試したんです」

 「アクタを知ることはからくりがアクタになるのを防いだり、アクタが人に危害を加えにくい環境を作ることに役立ちそうなのに。本当に一つもなかったの?」

 「そうなんです。一切調査の記録がなかったんです。陽光の都市図書館とかも行ったんです。でも、どこにもなかった。この国で何度も起きた百鬼夜行の記録さえありません。師匠に聞いても、知らないとぶっきらぼうに言うだけで」

 「……そう」

 ゆかりは肩を落とす。それではアクタ対策は世界の守り人に任せきりじゃないかとつい彼女は考えてしまう。しかし、違和感はあった。彼女は転生してまもなく、大機械帝国栄界との戦いにゆいかとともに参戦した。そのときの指揮官や幹部はアクタをよく知っているようで、当時のゆかりやゆいかがあまり自らの能力やアクタの知識に乏しかったため、彼らは助言までゆかりたちに行っていたのだ。しかし、ゆかりは優河にそのことをあえて話さなかった。

 「私、あなたと、からくりのサチさんとの思い出を少し覗いたわ。すごく幸せそうな思い出ばかりだった。なぜサチさんはからくりになってしまったの?」

 「守り人さんは記憶まで分かるんですね。……サチがアクタになった理由は、僕にもまだ分かりません。でもサチとの日々は幸せでした。僕はサチの部品に廃材ばかりを使ってしまいました。お金がなかったんです。もしかしたら高性能で高級な部品を使ったらもっと違う結果になったのかもしれません」

 「それでもサチは自分の体が廃材ばかりであることを恨んでいなかったはず。確かにサチの記憶のなかでサチの体が何度も故障していたわ。それでもサチは必死に優河さんが故障を直そうとしたのを覚えていた。だから私は断言できます」

 「守り人さんはすごいなあ。では、今この世界で広く使われている黒泥について知っていますか。あれはからくりの動力にもなっていて実はサチにも……」

 優河はからくりについての勉強を努力しているのだろう。彼女の疑問に対して、彼は分からないことも分からないなりに推測しようとしていた。二人はからくりについての話に夢中になり、休憩を幾度か挟みながらも夕暮れまで話し込んだ。調査官の石英が、そろそろお開きにと二人に言い、優河は帰ることにする。ゆかりはお茶会が終わるのが名残惜しかった。それでももう一度お茶会をする約束をして二人は別れる。

 「あまり守り人ゆかりには近づかない方がいい」

 世界の守り人であるゆかりと別れて正門前から守輪宮を振り返る優河に、見送りに来た調査官の石英が言う。どうしてですかと優河は聞いた。

 「……彼女は死神と呼ばれている。あれはそういう存在だ」

 笑みを崩さない石英の影は動かない。彼の瞳が優河に注意を促している。石英は穏やかに手を振った。言葉を理解できない優河の目前で、夕暮れの守輪宮の門は閉じられた。

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