姫のお茶会

(連投すみません)第六話、お茶会

 お茶会の日がやって来た。ゆかりはお忍びで都市陽光を歩いていたことを市中の人々に知られたため輪球会議の指示で公務の日まで守輪宮の外に出られない。そして公務の日はまだ先のことだ。つまり彼女はここ数日このお茶会以外で誰かと個人的に会うことができていない。だからこそ優河が今日会いに来ることに、表情には出さないけれどもゆかりは胸を躍らせている。

 「守り人ゆかり様、まだ時間ではないですよ」

 守輪宮の扉を開けようとしたゆかりに、お付きが言う。ゆかりは、少しきまずそうにお付きを見た。

 「ごめんなさい。でもあの優河さんのことだから、この守輪宮の前で帰ってしまいそうで。だってあの人、この守輪宮を釣り合わないとおっしゃったんですよ」

 「釣り合わない、ですか。たしか退廃街に住んでいるんでしたね。……なるほど。帰りますね。確実に帰ります」

 「そうでしょ。やっぱり私が見ていなくちゃいけなさそう。せっかく料理長にお菓子とお茶を用意してもらったのに」

 そう言って、ゆかりは扉を開け、守輪宮の正門へと行こうとする。

 「待ってください。守り人さま。守り人さまは守輪宮から出てはいけません。そこで、変装しませんか」

 「変装?」

 ゆかりはお付きの提案に疑問があるようだった。

 しばらくして、ゆかりは守輪宮のお付きが普段着る給仕服の姿になっていた。給仕服は濡羽色に近い黒を基調としながらもそっとあしらわれる首元とスカートの白のフリルが可愛らしい。初めて給仕服に身を包んだゆかりは嬉しくなって鏡の前で色んな角度から自分の姿を見てみる。その度に柳染色の髪が流れるようにふわりと浮き上がる。

 「守り人さま。かわいらしいです。これでイチコロですね」

 「そうかなぁ。って、変装のためでしょ。ま、まぁ、これで誰も私を世界の守り人だとは思わない、と思ったけれど、髪で分かっちゃう」

 「なら、アレがあります」

 そう言ってお付きは何かを探し始めた。お付きはゆかりにある物を渡した。

 守輪宮の正門には守衛が二人おごそかに立っている。まだ夏の厳しい空からは日光がいてつくほどに降り注ぐ。門が開かれていくと、ゆかりとお付きの前に、優河が自信なさそうに立っている。

 「優河さま。おはようございます。世界の守り人さまのところまでご案内します」

 「は、はい。ありがとうございます。僕、本当は帰ろうとしたんですけど守衛さんに捕まって。……本当に僕が入っていいんですかね」

 優河は予想通り帰ろうとしたようだ。お付きが先に城壁の奥の守輪宮へと歩き出す。給仕服姿に変装したゆかりは、優河の後ろからついて行くはずだった。しかし彼は動かない。彼は変装したゆかりを凝視している。お付きは優河の方へと振り向いた。

 「優河さま、何かありましたか」

 「いやあの、僕には頭が猫の女性が見えるんですけれど」

 優河が指さす先にはゆかりがいる。おしとやかな給仕服を着て、猫の頭の着ぐるみをかぶった、ゆかりがいる。その猫は猫に似ているようでどうにも似ていない。その着ぐるみの猫の頭はふさふさとした白い毛で、どうにも不細工な目と、猫と言うよりは豚のような鼻がチャームポイントである。沈黙は止まらない。

 門が厳粛な音を立てて閉まる。やっぱりおかしいよね、とゆかりは焦った。私はやめようと何度も言ったんだけれど、集まってきたお付きたちに強引に押し通されただけでと、ゆかりの脳内は後悔が躍り出す。ゆかりはお付きを見た。お付きは目をそらした。そのままお付きは噴き出して笑いを我慢できない。

 「優河さま。これは太古から使われる由緒ある祭具でございます」

 お付きはとんでもない奇論を大真面目に言った。

 「は、はぁ。祭具なんですね。分かりました」

 優河は納得したようである。どう考えても新しい着ぐるみじゃない!ゆかりには、何をどう納得したのか分からなかった。三人は豪奢なたたずまいの白塗りの守輪宮へと歩き出す。ゆかりの初めての茶飲み友達が今、彼女の住まいへと入り、一緒に歩いている。ゆかりにとって今までなかったことである。しかし、果たしてこの猫の着ぐるみ姿で歩いていてよいのかどうにも彼女には分からない。やがて三人は守輪宮のなかへと入った。

 なかではお付きの皆々が二列に並んでお辞儀をしており、その列の間の道を前に、優河は立ち尽くした。お待ちしておりましたという声が一斉に守輪宮に響く。彼は今まで体験したことがないだろう出迎えに戸惑っているのだろう。しかしお付きの一人は笑っている。そのお付きは笑いをなんとか噛み殺そうとしながら笑みを隠しきれていない。声が若干漏れている。その隣のお付きが笑いを押えられないお付きの肩を勢いよく叩き、何事もなかったようにお辞儀を続ける。絶対に私を笑っているなと、ゆかりは思った。

 「あの、やっぱり僕は分からないことはそのままにできません。だから」

 そう言って優河が何やら意を決して、ゆかりに近づいてくる。ゆかりは近づいてくる優河に一歩、二歩と後ずさるが、間に合わない。優河の手が白猫の着ぐるみに触れる。ゆかりは目を閉じる。着ぐるみ頭が外され、ゆかりの世界が一気に明るくなる。目の前にいる優河が着るのは、少し古びているがこの国の男性の正装だ。この国の男性の正装とは白地のシャツと、やわらかで落ち着きのある黒色の羽織のようなものを重ねた独特な服装である。

 「……優河さん」

 「……世界の守り人」

 二人は長い間見つめ合う。ゆかりの柚葉色の瞳には、以前見ていた服とは打って変わって古風で節度ある服を着て、朱色の髪を丁寧になでつけて整えた優河への驚きと戸惑いがある。一方優河の雀色の瞳には、お付きではなくこの世界にたった一人しかいない守り人が猫の被り物を頭にかぶっていた事実への戸惑いと、少し蒸れた彼女の髪と顔から感じられる不思議な魅力への驚きがある。

 「世界の守り人!?」

 数拍の間があって優河は大きな声で驚嘆した。しかし彼は何かを理解したようだ。彼は手に持っていた着ぐるみの頭をゆかりの頭にそっと戻す。ゆかりの視界は再び暗くなった。

 「優河さん。どうしたんですか」

 「守り人さま。儀式の途中だったのですね。どんな儀式かは分かりませんが、その祭具でいつも世界を守っていただき、ありがとうございます」

 優河はぎくしゃくとした一礼をする。それを聞いたゆかりは被り物の白猫の頭を脱いで地面に置いた。 

 「……私はお付きに言われてこの変なものをかぶりました」

 ゆかりは困惑した表情でそう言う。二人の間に沈黙が残る。ついにこらえられなくなったお付きたちから笑い声が聞こえてきた。優河はお付きを見る。

 「……世界の守り人。どうしてか分からないけれど笑われてますよ」

 「……笑われてますね。ちょっと怒ってます」

 ゆかりは笑いの止まらないお付きたちの方へと歩き出す。

 「怒りました。絶縁を放ちます!」

 ゆかりは巨大な円を宙に描いて、そこにお付きのすべてを収める。その大きな宙の円が白く輝き出す。お付きたちは悲鳴を上げながら逃げ出した。優河がその騒動に苦笑いをしているのを、ゆかりは知らない。

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