第四話、青年の夢

 後始末を石英に託し、護衛のこずえとつむじ、そしてゆかりと怪我をした青年は、青年のよく使うという病院にいる。幸いにも、つむじに応急処置を施され運ばれた青年の怪我は軽かった。打撲や擦り傷はあちこちにあったが、骨折や脱臼にまでは至らなかったという。

 包帯を巻かれた手足で青年と三人は病院を後にする。当然のようにつむじが青年を抱え上げていた。青年の朱色の髪は整えられているとは言い難い。しかし服は泥や砂まみれではあっても、彼の雀色の瞳はよく澄んでいた。

 「すみません。世界の守り人様に病院に連れていってもらえるだけでなく、治療費も負担していただけるなんて」

 「いえ。怪我が軽くて安心しました。あのからくり、サチさんはあなたの大切なものだったのではありませんか」

 「はい。サチは僕が二番目に作ったからくりでして。御存知の通りアクタになってしまいましたが。……なぜ僕が大切にしていると思ったのですか」

 「私の造円術は記憶を垣間見ることができるからです」

 「あぁ、あなたは世界の守り人でした。……僕、喧嘩が弱いんです。でもそのことをすっかり忘れていました。僕はいつかアクタにならないからくりを作りたくて、何とかしてサチを作ったのにあんな目にあうのが許せなくて」

 「アクタにならないからくり? 私、考えたことありませんでした」 

 からくりが使い古され、壊れていくなかで一部が人間に危害を加えるようになる。そうしていつしか人を傷つけるからくりをアクタと呼ぶようになった。そのアクタがあまりにも強大な脅威となったのが世界の守り人を召喚した理由だ。

 ゆかりは、世界の守り人である自分とゆいかだけがアクタに対抗できる最大の切り札だと考えていた。しかし、もしアクタにならないからくりを作れるならと、ゆかりは想像を膨らませる。きっとそれは世界の守り人以上の切り札だ。

 「師匠には諦めろって言われているんですけどね。そもそも部品も実力も足りないと。全盛期の矢月という研究者くらいにならないといけないそうです」

 「それでも夢を感じます。ただ、二十二年前の第一回輪球会議でからくりの限界と縁研究の推進が全国家で認められたのはご存じですか」

 「知っています。しかし僕はやってみたい。それがこの街に僕ができることですから」

 少し照れた表情のその青年は、ゆかりよりもずっと大人びたまなざしで彼女を見た。ゆかりは彼の話をもっと聞きたくなった。

 「あの、お名前は」

 「僕の名前ですか。優河です。世界の守り人さんには必要ないんじゃないかなぁ」

 「いえ。優河さん。あなたの夢がいつか叶ってほしいです。……そうしたら私も必要なくなるから」

 「あなたは皆の希望で、いつまでも必要です。それとその髪、隠した方がいいかもしれません。少し注目の的です」

 いや、かなり目立っているよとつむじがはっきり言う。思わず辺りを見回す。かなり周りの人とゆかりの目が合う。ゆかりはなぜか恥ずかしさを感じて目を伏せてしまった。

 「そろそろ合流地点か。あっているか、梢」

 「そうですね。守り人ゆかり様、そろそろ潮時です。いいですか」

 「……はい。分かりました。あの、優河さん」

 つむじに背負われたまま優河はゆかりを見る。ゆかりと優河の目があう。ゆかりには彼の朱色の髪と雀色の瞳が夢を追う情熱の色に思えた。

 「はい。何でしょう。世界の守り人さん」

 「あの、もしまた機会があれば、からくりの研究のお話をもっと聞きたいです」

 ゆかりは少し言いよどみながら、優河に言った。ゆかりと優河はまったく違う場所で生きている。見ている景色も出会う人も違うことだろう。しかしゆかりには、アクタを敵とするこの世界の常識とは違うものを優河が考えている気がした。

 「いいですよ。僕も世界の守り人さんと話したいです」

 優河が照れくさそうにはにかんだ。ゆかりも嬉しさのこもった顔で、はいと言った。

 「時間ぎりぎりです。守り人ゆかりさん、行きますよ」

 梢の声のあとに、警察車のからくりがタイヤのない固い車輪をあらん限り回転させたまま路地の角から現れ、四人の前で勢いよく止まった。乗ってという梢の合図で、ゆかりは車内に手際よく入る。梢も周囲を警戒しながら後に続き、警察車は砂ぼこりをまき散らしながら去っていった。

 「どうだった。世界の守り人は」

 つむじが背負っている優河に聞く。優河は車の去った方向を夢見心地に眺めながら答える。

 「……かわいかった、です。まるでこの世界の人じゃないみたいだ」

 「そうか。守り人さんはお前に興味があるみたいだ。だが、立場をわきまえろよ」

 「分かってますよ。彼女は世界を守っていて、映像からくりのなかで笑いかけてくれるような遠い人です。でも、僕にはなんだかお姫様みたいだ。かわいかったです」

 「……本当に分かっているのか。優河さんよ」

 「さすがの僕も分かってますってそれくらい」

 つむじはため息をつきたい気持ちをこらえ、優河を彼の家へと運んでいく。空に少し目をやったつむじは、若いなあと考えてしまった。

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