第二話、都市陽光の輝き

 ゆかりは二人の護衛と調査官の石英とともに小門からひっそりと守輪宮を出た。まだ昼になっていないが突き刺さるような眩い日光に、彼女は思わず手をかざす。世界の守り人の久々の休暇である。

 ゆかりは朝食時とは違い、地味な桑色のワンピースを白地のシャツの上で肩にかけている。目立つ柳染色の髪は結んで、薄茶色の帽子を目深にかぶって隠した。護衛は陽来国の腕のある屈強な男女だが、先ほど不安そうに見上げたゆかりに楽しみましょうと揃ってにこやかに言ったため、彼女の心は和らいできていた。

 護衛の二人は動きやすそうな陽来国の庶民の服装をしている。どちらもゆかりの故郷の世界で言うズボンのようだけれども生地は陽来国の厳しい夏を乗り越えられるため、さらさらとして涼やかな肌色である。護衛の金髪の女性はそこに白色のシャツを、もう一人の黒髪を刈り揃えた男性の方も似たような白シャツ姿だ。日に焼けた二人の肌は過酷な生活を物語っていた。調査官の石英も似たようなズボンを履いて、その上に上品な薄い鼠色の上服を羽織っている。

 「守り人ゆかり様。今日はゆかり様の気の向くままに歩かれるよう指示されています。しかし、危険だけは避けてください。この石英の首が飛んでしまいます」

 「分かったわ。ゆいかに髪飾りを買いたいのが一つと、あと、定期車に乗ってみたい、です。……そこから街を眺めたいの」

 ゆかりは自分でもちょっとはしゃぎすぎかなと思いながら、それでもはやる心を抑えきれない。彼女は今までの守り人としての生活のなかで、自分がいかにこの世界の庶民と話す機会がないかを痛感している。だから彼女は知りたかった。

 護衛の白シャツの男は頭を掻いて石英に向き直る。彼の強面だが研鑽を積んだことを思わせる顔を見たゆかりは、彼の首元の大きな傷跡が目に入ってしまった。

 「石英さん。どうしますか。情報漏れによる暗殺の危険は少ないですが、多くの一般人がいます。事件や事故が起こる危険性もありますが貸切りますか」

 「私は、この街の人がどんな風に定期車に乗って降りるのか知りたい」

 「ゆかりさん。この石英から苦言を申します。あなたはもうこの世界にたった一人の守り人なんですよ。あなたの身に何かあっては」

 「まぁまぁ。私はゆかりちゃんに賛成です。私も彼も鍛えられていますからね。それにゆかりちゃんには陽来国第一の都市である陽光の素晴らしさを改めて感じていただきたい。この調査のために巡回班を多数動員しています。多くの高塔の管理者にも事情を隠して許可を取り上からも警護できる態勢です」

 「……そこまで自信があるなら乗りますか。苦言ですが守り人にゆかりちゃんは失礼では」

 「ううん。ありがとう。今日は私のことを好きに呼んでほしいくらい。みんなのことはなんて呼べばいい?」

 石英は石英と呼んでくださいと言った。護衛の女性はこずえと呼んでねと言い、護衛の男性は俺はつむじでいいと答えた。そうして四人の一日旅が始まった。

 陽来国の都市陽光では、高塔と呼ばれる角ばった建物が透明感のある白を際立たせながら何棟もそびえ立つ。柱や壁には堅牢な竜鱗材などを用いているそうだ。守輪宮前の通りでも高塔は立ち並ぶ。広々とした庭園のある守輪宮とは打って変わった光景だ。

 守輪宮前という乗合場で四人は定期車を待つ。やがてカタカタと音を立て定期車がやって来た。定期車は艶やかな黒に透き通る硝子の窓があしらわれ、二十人ほど乗れそうな少し角ばったからくり車である。石英に運賃の硬貨を渡されたゆかりは、ドアを手で引いて開け、運賃箱にお金を入れる。

 「お嬢ちゃん、席にちゃんと座ってな」

 「うん」

 運転手の男性は、ゆかりに微笑んだ。ゆかりも笑顔で頷く。ゆかりには今の笑顔が朝に練習した笑顔以上に自然とできた気がした。

 ゆかりは人々がゆいかの葬式で遺体のない棺桶の葬列を前に、まるで自分の愛娘が亡くなったかのように深く悲しんで泣いていたのを目にしていた。この世界へと連れ去られて悲しんでいたゆかりの救いになったのは、今はいないゆいかの笑顔だったからこそ、ゆかりは今無理をしてでも元気に笑って進みたかった。

 定期車が走り出す。ゆかりは窓にぐっと顔を近づけたい衝動に駆られたが、それは少しお行儀が悪いかもと躊躇する。景色がゆっくりと変わっていく。道を歩く人は誰も彼も守輪宮ではあまり見ない恰好である。ゆかりはなんだかかつての彼女の故郷の世界を思い出してしまった。故郷の世界では、彼女もこの道を歩く人のようによくある一人として雑踏を歩いていた。故郷の世界の面影はほとんど感じられない光景だけれども、そこを歩く人々に彼女は懐かしさを感じていた。

 それから四人は定期車を降り、護衛のこずえとつむじの案内で街を巡った。ゆかりはゆいかの髪飾りに似合いそうな小物がないかと探しながら店を覗いていく。時間はあっという間に過ぎ昼になって、梢のおすすめする大衆料理屋に四人は入った。

 その店は都市陽光の名物太陽甘だれを使ったいっぱいサンドというサンドウィッチのような料理が有名だという。ゆかりの前にしばらくしてやって来たそれは、ふかふかのパンに横から切れ目を入れ、新鮮な葉物野菜などの野菜と香ばしい匂いをくゆらせる肉を挟んで、太陽甘だれがその具材の上にたっぷりとかけられていた。

 「おいしい!」

 周りなんて気にせずがぶりついて食べるのが地元流よという梢の言葉で、少しためらいながらいっぱいサンドにかぶりついたゆかりは、じっくり咀嚼して飲み込み顔を輝かせた。本店は手料理にこだわり丹精を込め作りますと店の壁に書かれているだけあって、店内にはお会計用の計算からくりと音楽からくり、そして部屋を冷やす冷温からくりしかない。手料理にこだわった店主の無骨な食への思いが、いっぱいサンドには詰まっていた。この店にある幾つもの細いえんが賑やかで楽しそうにつむがれていくこともあり、さらに美味しさが増していく。

 「美味しかったね」

 梢やつむじのちょっと不思議な体験談を楽しんでしばらく話に花を咲かせた四人は店を出た。ゆかりちゃんが楽しそうでよかった、と梢がほほ笑む。

 そうして四人が歩き出そうとしたとき、突然ゆかりはある気配を感じた。それは敵であるアクタの気配だった。まだ弱い。しかしかすかだけれどもその気配は少しずつ強くなっていく。ゆかりは迷うより先に走り出していた。アクタがいると彼女は三人に言い残して狭い路地に入り込む。残された三人は顔を一瞬見合わせ、石英とつむじが後を追って走り出す。

 「百人全員に問う。守り人が突然走った。その先に何がある?」

 護衛のつむじと調査官の石英が後を追う中、もう一人の護衛、梢は小型通話機で連絡を開始する。

 「人だかり。集団の中心の何かへの罵り、暴行。確認した。総員に通達。守り人に危害を加える者には殺害を許可。誰であれだ。守り人の安全と陽来国への信頼の保持が最優先。攻撃者は丁重にもてなせ」

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