第100話 届けたいこの想い。

藤井先生の退院する日がついに訪れた。何となく、車椅子に乗る莉子の姿も、不自然に見えてきた。

「こう見ると、車椅子にいるのが、不自然な位、下半身に肉がついてきたな」

黒壁は、遠慮なく毒を吐く。今までとは、違い、筋肉がついた為か、車椅子を利用する人にしては、下半身の筋肉が目立ってきた。

「それは、デブと言う事?酷い」

「いやいや・・・そうではなくて」

「僕が見ても、そう思うよ」

僕は、思わず、口を挟んだ。

「え?」

「いやいや、太ったとか、そう言うんではなくて、健康的になったって言うか・・・」

「それならいい」

最近、莉子は、回復と共に、逞しさを増していて、黒壁と僕が下手な事を言うと、負かされてしまうのだ。

「段取りは、大丈夫?」

莉子は、スタッフに確認する。スタジオに退院した藤井先生を招待する。いつもの様に、ギタリストや歌い手を後ろに、踊りで、先生を迎える。その時に、莉子が、車椅子で、現れ、ステージの中央で、一歌だけ、披露する。そんな流れだ。一歌だけでも、踊るのは、やっとで、ゴルぺ、プランタ、タコンの数を少し、減らして、スカートで、少し、誤魔化しながら、莉子が踊る。立ち上がるだけでも、大変だった。莉子の身体。一度は絶望した。手術を乗り越え、ここまで、来た。ようやく、莉子は、復帰できる。

「そう、準備は、できたよ」

僕は、莉子に言った。ここまで、来た。親の束縛から逃げ出した僕は、リハビリ士になって、良かったと思っている。逃げて選んだ道かもしれないが、僕は、やりがいを感じている。この仕事を通して、その人の人生の質を良くする事に、貢献できる事を知った。莉子との出会いは、かけがいのない物だった。藤井先生は、まもなく、スタジオに着く。スタッフが、藤井先生のお迎えから、戻ってきた。

「先生のサプライズ。始めましょう」

莉子が言う。


心陽のコンサートは、何事もなく、無事に終わっていた。衣装が、裂かれていた時には、何事かが起きる前兆かと思っていたが、直前に、サイズの合う、スタッフの予備の衣装で、事なきを得た。楽屋に戻り、衣装を片付けながら、スタッフがこぼしている。

「こんな事があるなんて、今までは、なかったのに」

「楽屋に入れるのは・・」

「見学希望のピアノ教室の生徒を、入れたっては聞いていたけど、まさか、子供がね」

「ピアノ教室?」

心陽は、眉を顰めた。

「あぁ・・・それと、心陽。今回は、チャリティコンサートという事もあって、オンラインの会員の方にも、流しましたからね。幾らでも、恵まれない子供達に寄付金が届くといいですからね」

「そうね。ありがとう」

心陽は、この何年も、社会福祉に興味を持ち、度々、チャリティコンサートをこなしていた。収益金は、福祉団体に寄付する。今回のコンサートは、オンラインにも、載せ、多くの人に見てもらう予定だ。願わくば、架に自分の腕前を披露したかった。

「届くといいですね」

マネージャーが察して言う。

「そうね」

心陽は、冷静を装って、返事をした。

「あれ?携帯。鳴っていますよ。」

テーブルの上で、携帯が、なり続けていた。

「誰でしょう?」

名前を見て、心臓が飛び跳ねた。

「架・・・」

待っていた人の名前だった。

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