第11話 壁に映えるブラソへの誓い

突然の担当変更に、僕は、緊張してしまい前の夜は、眠れなかった。七海からのLINEも、無視したい所だったけど、無視した後が、大変な事になりそうだったのえ、当たり障りのない話題で、誤魔化していた。前から、気になっている人の担当になったなんて、間違っても、言えなかった。僕は、永遠にお爺さんやお婆さんのリハビリ師だと、思い込んでいる。

「新君、目が血走っているわよ」

看護師達に、揶揄われながら、僕は、リハビリの時間が来ると、平然を装い、莉子を迎えに行った。

「あ!」

105号室に、入るとすぐ僕は、声を上げた。

「よ!申し送りしなきゃな」

病室の奥に立つ、やたらと背の高い男が手を挙げていた。

「お前・・・」

諦めの悪い奴。黒壁だった。本当に、お前は、黒い壁だよな。隣には、もう車椅子に莉子は移乗済みになっていた。

「よろしくお願いします!」

莉子が頭を下げると、黒壁が、いつも、そうしていたと言わんばかりに、膝掛けを、渡していた。

「今さー。話していたんだよね」

黒壁は、いかにも親しい所を見せつけたいのか、ねーに力を入れて、首を傾げていた。

「莉子がさ。アラタの事を新人のシンだと思っていたんだって」

患者を呼び捨てにするなんて。僕は、少し、顔を引き攣った。

「何か、思い込んじゃって」

莉子は、笑い、両手を合わせた。

「昔から、勘違いが多くて」

「いいから、いいから、こいつは、いつまでも、新人君。初々しいから、ジジババのアイドルなんだよ」

さあ、行くよとばかり、黒壁が、莉子の車椅子を押そうとした蘇の時

「くおらー!!」

ハスキーな声が木霊して、師長が立ち塞がった。

「自分の担当を放り出して、何をしているの。ハナさんが、お待ちよ」

そういうと、太い腕で、黒壁の襟足を掴むと、莉子から力ずくで、離した。

「はーい。西園寺。がんばりんしゃい」

きつい東北訛りと大きな手で、僕の背中を押し出した。

「西園寺?」

莉子が、驚いて僕の顔を見上げる。

「みんな、呼びにくいから、下の名前で、呼んでて・・」

僕は、ネームプレートを指して説明する。

「イメージと違う」

「イメージ?」

「画数多すぎ」

「そうなんだ。書道とか、あったでしょう?僕の名前は、バランスを取るのが大変で。いつも、新がでかくはみ出る」

「あー。わかります」

莉子は、笑う。こんな風に笑うんだ。いつも、遠くから見ていた莉子は、寂しそうに遠くを見ていた。

「莉子って、書くのも大変だった。縦に長いし、も大変だった」

「はみ出る。はみ出る」

僕は、莉子の車椅子を押しながら、リハビリ室へと向かっていった。手術の時に、短くした髪は、ようやく伸びてきたが、それを隠すかの様に、ニット棒を深く被っている。踊り手だったのに、髪を短く切らなくてはならなかったなんて。僕には、わかる。療養生活で、筋肉は、すっかり落ちてしまっただろうけど、このしなやかな腕、背中が、表現するフラメンコの美しさが。

「先生。また、踊れるようになれるかな」

あの後、壁に映る自分のブラソの動きを見ながら、何気なく、呟いた莉子の言葉。僕は、その時に決心したんだ。また、踊れる身体になれるよう支えるって。

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