第9話
『柏木です。またおかず作ったので持ってきました。時間ある時取りに来て下さい』
なんでわざわざ取りに行かないといけないんだと思いながらも何故か少し頬が緩んでいる事に気が付いた。
なんだか、若い男に好かれていると変な勘違いをしているのではないかと我に返った私は自分がとても馬鹿馬鹿しく思えてきて、そのメモをぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に捨てた。
取りに行くもんか。そう鷹を括ったのもののすぐに昨夜のタッパーの事を思い出した。
さすがにこれは返した方がいいだろう‥‥。返すだけ、当たり前の事、そう自分に言い聞かせながらまだ少し濡れている髪も気にせず隣の部屋の前に立っていた。
このアパートのチャイムなんて鳴らすの初めてだな。少し緊張しながらも押した。
すると、中からはーいと言いながら男が出てきた。男は私の顔を見るや否やとても嬉しそうにこう言った。
「来てくれたんですね!すぐ用意するんでちょっとだけ上がって下さい」
「ちがう。これを返しに来ただけ」
私はそう冷たく言い放った。
「ありがとうございます!とりあえず外暑いんで中どうぞ!」
そう言いながら男はドアを大きく開け、体を避けた。
「いや、ちが‥‥」
私が言い終わる前に男に手を引っ張られて玄関の中まで入ってしまった。抵抗すれば出来たのにされるがままだ。
そして、何故か胸がドキドキしていた。
違う、これは勘違い、浮かれるんじゃない。そう自分に言い聞かせていた。
玄関で棒のように立っていた私に男はそれ以上中に入るようには言わなかった。
男は私が持っていたタッパーを取ると、それにおかずを鍋からよそっていた。朝から何も食べていなかった私はお腹が空いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます