第10話 式
呼び鈴が鳴った。
親父が帰ってきたようだ。毎日判を押したように決まった時間に会社に行き、決まった時間に帰ってくる。少し寄り道でもといったことが一切ない。
母が再婚して、もうじき二度目の冬がこようとしている。そのうち半年ほどは、俺もこの家で一緒に暮らしていた。その頃から全く変わりのないルーティンだ。
この後、『外の汚れを家に持ち込まない』とか言って、そのまま風呂に向かう。ぬるめの湯に30分以上浸かって出てくる。ルーティンの一つだ。
「ああ、隆くんきてたのか。お帰り。」
半年前、付き合っていた彼女と結婚し、家を出た。たまに、こうして帰ってくる。
嫁の方は、再々出入りしてるようだが。
親父は、『ゆっくりして行って』とそのまま風呂に向かった。
今日は、3ヶ月後に控えた俺と嫁の結婚式の打ち合わせということで、強引に引っ張り込まれた。女どもは先ほどから雑談とも打ち合わせともつかない会話を展開している。そもそも、当初は、式なんぞ上げる予定はなかった。母子家庭であった我が家は、俺が結婚しても、幾許かの仕送りをしなければ、妹2人を抱えた母が、苦境に立たされる。嫁もそのことは理解しており、それが前提での付き合いでもあった。
それが、母の再婚で状況が変わった。親父の稼ぎは、『すごい』というものではないが、まあ、母娘を養うには十分なものだった。おかげで、俺の方も余裕ができ、いくばくかの貯金もできるようになっていた。母子家庭で、バイト代の一部を家に入れていた経験からすると贅沢というものはなかなかできない。
貯金が、100万をちょっと超えたところで、嫁が結婚式を挙げたいと言い出した。妹2人は即嫁の味方についた。母も、心苦しかったのだろう、少しばかりだが援助をしてくれるらしい。同僚の結婚式には何度か出た。が、自分が主宰となるとこれでもかという感じで、つぎからつぎへとやることができる。休みはほぼその準備に使っている感じだ。
「お色直しはさ3回はしないと」上の妹が、口を挟む。いくらするとおもってる。いらんことゆうな。と思いつつ、嫁を見る。まんざらでもないようだ。
「兄さんも綺麗な沙都子さんを見たいよね」
どうでもいいな。そのまま口にすると喧嘩になるから、何かきのきいたこいとをいおうとしたら、もう話はつぎにいっている。
いつのまにか、風呂から上がった親父がビールを片手に遅めの夕食を取っていた。女どもの話を楽しそうに聞いている。
「そういえば、お母さんたちは式を上げてないわよね。」
嫁が不意に口火を切った。『まあ、歳も歳だし、今更』と言ってあげなかったのは母の意向だった。
「お母さんも花嫁衣装とか似合うと思うんです。」
なんだ。変な方向に話がいってる。親父の顔も訝しげだ。
「お義父さんもお母さんの花嫁衣装みたいですよね。」
うん、心底どうでもいいな。親父と目があった。同じ意見のようだ。
「見たい‼︎」妹たちが口を揃えて唱和した。
あ、こいつら既に裏で繋がっている。母も説得済みのようだ。
これを覆すには、親父でないと難しい。金の無駄を何より嫌う人だ。
結局、親父の一言で、2組で式をすることにきまった。
加えて、親父は、少しでもみばえがするように毎晩ウォーキングをすることになった。
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