第5話 お隣
母の指先がスタッカートを刻む。
本当に機嫌が悪い時に出る母の癖だ。
子供頃は、姉と二人でこの癖が出た母には近づかないようにしていた。
このくせ実は姉にもうつっている。自分では気がついていないが、本当に機嫌が悪い時には机の上でコツコツやってるのをたまに見る。それが今、母と姉で二重奏だ。はっきりいってうるさい。
「うるさい!」
兄が口火を切った。
「で、どうしたの?」
昨日ここに引っ越してきて、まだ荷解きも済んでいない。中古物件だが、姉待望の防音室もあり、母待望のキッチンもおしゃれでみんなウキウキだった。
たった1日で何があったと言うのだろう。
「さっき、引越しの挨拶にお隣に行ったでしょ。」
母が、口を開き始めた。
「椎ちゃんがいたの!」
姉が話の接ぎ穂をとる。
「は?」
兄が驚きの表情を示す。珍しいことだ。
「半年前からここに住んでるんだって!」
確か『椎ちゃん』とは、姉の同級生だ。それほど仲がいいとは聞いてないが、たまに一緒にいるところを見かける。一緒に遊んだことはない。
「マジか!」
兄表情がさらに強張る。いたからどうだって言うのだろう。
「きみちゃん。訳わかんない顔してるわ。順に説明しないと。」母が言う。
「えーと、実は椎ちゃんは、あなたのお姉さんなのよ。死んだお父さんが他所の人との間につくった子供で、あなたの腹違いの姉というやつ。」
へー。それは面白い。そんなら明日にでも、会いに行って話をしてみよう。
「それから、あなたのお父さん実は生きてるの」
知ってるわ。朝仕事に行ったじゃない。そこの角まで一緒に行ったよ。
「お父さんと言っても、生みの親の方ね。私の前の旦那よ。」
え!そいつはびっくりだ。兄も姉も知っていたのか。ちょっとひどいなあ。
「あなた小さかったし、いろいろあったから、みんなで死んだことにしようって決めてたのよ。」
それは、わかったけどなぜ今それを私にいうのだろう。
「椎ちゃんが隣で暮らしてるってことは、あなたのお父さんも隣に住んでるってことになるのよ。」
「紛らわしい、あいつのことはおじさんで統一‼︎」
姉が言う。了解。おじさんとお父さんが鉢合わせしたらまずいじゃない。
「今から、引っ越せない?」
姉が無茶を言う。中古だが安い買い物じゃなかった。契約書の額を見て、大人ってすごいと心底感心したのは、つい先月のことだ。
「お隣の奥さんが変に勘ぐって、椎ちゃんが路頭に迷う方が大変よ。家賃が払えなくて、前のアパートをおい出されたって言ってたし。今の人との暮らしも気に入ってるみたいだし。」
誰もおじさんの方は心配していないようだ。
一時間にわたる激論の末、母が代表して、お隣の奥さんに説明に行くことになった。
母が持って帰った結論は、『面白いから、男どもには黙っておきましょ。』らしい。
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