第2話 家族会議
秒針が時を刻んでいる。
葉を落とした街路樹の隙間を縫って西日がレースのカーテン越しに部屋に差し込んでいる。ちょっと暑い。
「これ、どうするの?」
姉が口火を切った。
『これ』は食卓のテーブルの上に置かれている。食卓より二回りも大きい。
「しょうがないじゃない、飾ってることになっているのよ。」
母が答えた。テーブルの上のそれは、満開の桜の木と散っていく花びらが、丹念に描かれている。岸辺から少し離れた水面から2頭のイルカがジャンプし、ご丁寧に、ハートの形になっている。半年前、母が交際相手からプレゼントされたものだ。私が彼氏から貰ったとしたら、ガッツリ引く逸品だ。
「どこに置くって言うのよ。これじゃお皿も並べられないじゃない。」
思ったままをはっきりゆう。姉の良いところだ。たしかに、今、安置されているテーブルの上を除けば、天井に飾るか、姉のピアノの前に置くしかない
「あんな写真を送るかラ。」
姉が畳み掛ける。携帯で母の交際相手に送られた写真は、巧妙なフレームワークにより、あたかも壁いっぱいに飾られているように見えた。実際はピアノの前に立てかけただけだ。写真撮影後は、そのままピアノの裏にしまわれ、本日に至るまでずっとそこにいた。
「だってせっかくもらったものを、しまい込んでるなんて言えないじゃない。」
母が答える。その場しのぎは母の悪い癖だ。
交際はじめから、一年が経ち、ようやく本日、家族揃って、その相手を囲んだ食事会が開かれる段取りになている。写真を見たかぎりでは、「頭がアンパンでできている某キャラクター」といったところだ。子供の頃死んだ父の写真と比べれば10人中9人は亡き父の方を選ぶだろう。
兄が、その交際相手を車で迎えに出たばかりだ。兄が玄関を立つと思い出したように、しまいこんでいたそれを『飾らなければ』と母が言い出した。お陰で、母娘3人で重いピアノをずらし、嵩張るそれひきづり出し、食卓の上に展開することになった。
「ピアノ前に置いとけばいいじゃない」
たしかに天井を除けば置けるところはそこしかない。
「弾くんでしょ。私が。」
これも母のおもいつきで、交際手に姉のピアノがセミプロ級であることを自慢した結果、本日数曲披露することになっている。姉としても、金のかかるピアノの道を諦めかけたところの母の交際相手の援助の申し出に、内心喜びを隠しきれない。ここでいい格好を示し、援助を不動のものにしたいところだ。ピアノの前に立てかけられたら邪魔でしかない。
「そもそも、こんな価値のないものを、飾っておくこともないでしょ。」
思ったことをそのまま口にする。姉の悪いところだ。
絵画のように見えるそれは、単なるジグソーパズルである。完成まで数ヶ月はかかったであろう大きさであるが、むしろバラバラな状態の方が、高値がついている。組み上がって糊付けしてしまったものに価値はない。まあ、ガッツリ引く逸品であることには変わりないが。
「とりあえず、窓のところにかけておこうかしら。」
今から、暗くなっていくのでそれもありだが、『普段はどこに置いてるの?』ってところだ。正直に『仕舞い込んでた』と言った方がいいのではないかと思う。
「ピアノの上に斜めにかければ、おさまるんじゃ。」
思いつきは次から次へと出てくる。もらった時に、いろいろやった挙句ピアノの後ろに仕舞われたことをまず思い出してほしいところだ。もうそんな時間もない。
結論が出ないまま、玄関の呼び鈴が鳴った。兄達が帰ってきたのだ。もうどうしようもない。一同うなだれて玄関でお迎えした。
兄達が帰っ来てからの議論の流れはスムーズだった。ジグソーパズルは、交際相手と兄の2人で、ピアノの裏側に軽々としまわれ、春から少し大きな家に越すことと、母の再婚が決まった。
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