05 恋って美味しいの?








 姉ふたりとの恋愛作戦会議を終えると、メアリはさっそくコーザの住む村へ降り立った。


 物陰にかくれてコーザの様子を見て、それからそれから……と考えていたものの、思惑はすぐにくつがえされる。


「メアリ?」

「きゃっ!」


 メアリが隠れていたその後ろから、コーザがやってきたのだ。

 驚いて振り返ると、ひたいに汗を光らせたコーザが立っていた。


 初めて会ったときと違い、半袖の夏の装いになっている。その姿に、きゅん、と胸が痛む。


「あれから姿を見せないから……心配してた」

「ご、ごめんなさい」


 天界から眺めてました、とは言えず、メアリはとりあえず謝った。


「すこし待ってくれるか? これを片付けたら終わりだ」

「はい、あの、ゆっくりでいいので」


 コーザは荷物を抱え、坂道を駆け下りていった。


 あの日決壊した川には、大きな堤防が築かれていた。

 畑はすっかり元通りになり、麦や野菜が実をつけている。


 復興した村のすがたに見入っていると、いつのまにかコーザが戻ってきていた。


「驚いたか」

「は、はい」

「俺たちも、驚いてる」


 コーザは目を細め、眼下に広がる畑を見遣る。


「泥に浸かって駄目になったと思っていた畑が、急に元気を取り戻したんだ。

 さすがに売り物にはできないけど、俺たちが暮らすぶんには困らない。

 まるで、大地が息を吹き返したみたいだ」


 まさかこれも、メアリの恋の影響ということだろうか。


(でも、月姫つきひめ様の加護のおかげかもしれないし……

 まだ、わたしが恋をしているという確証にはならない)


 メアリはいまだに、自分が恋に落ちているとは信じられずにいた。


「昼食をとるひまがなくて、腹が減ってるんだ。うちで一緒に食事でもどうだ?」

「えっ、食事!?」


 予想していなかった展開に、メアリは声を上げる。

 そして、食事という言葉につられたのか、メアリのお腹がぐぅう~、と音を鳴らした。


「あの、こ、これはっ……」

「ちょうどよかった。俺だけ食べるんじゃ、寂しいからな。

 きみも付き合ってくれるか?」

「…………ハイ」


 メアリは顔を真っ赤にして、うつむいた。








 コーザの家は部屋数が多く広々としていたが、ほかに家族がいるようすはなかった。


「一人暮らしをされてるんですね」

「話しただろ、赤子の頃に村のじいさんに拾われたって。そのじいさんも死んだから、この広い家に俺ひとりだ」


 そういえば、赤い瞳が珍しいから捨てられたとか、そんなような話をしていた。


(赤い瞳なんて、むしろ素敵なのに……)


 人間には、神には理解できない思想があるようだ。


 部屋の片隅には、作業場のような空間があった。

 茶褐色の皮やハンマー、金属の棒など、不思議な道具が整然と置かれている。


「あれは、なんですか?」

「趣味で革細工をやってるんだ。どちらかというと、そっちの方が今は稼ぎになってる」

「革細工! すごい、手先が器用なんですね」

「それほどでもないさ」


 促され、メアリは炊事場の脇のテーブルに座る。

 コーザは慣れたようすで、炊事場に立った。


「苦手な食材はある?」

「いえ。すごく辛いものとかでなければ……」

「了解」

「あの、なにか手伝いますか?」

「大丈夫だよ。いつもやってることだから」


 思えばメアリは、男性(男神も含め)の家をひとりで訪ねるのは初めてだった。


 意識をすると、途端に緊張してしまう。

 コーザが鍋を振るすがた、さらにほどよく筋肉のついた前腕に気が付き、きゅんと下腹部が痛む。


(これが、恋? 恋って、なにそれ美味しいの!?)


 メアリはなかば混乱状態だったけれど、コーザが作ってくれた食事を口にすると。


「美味しい…………」

「よかった」


 この空間のすべてがメアリに、コーザへの恋心を認めさせようとはたらきかけているようだった。


(理想の男性像のすべてに当てはまっていて、そのうえ料理上手なんて、どうしたらいいの……)


 しかしただひとつ、気になることがあった。

 壁にかかった、小さな肖像画だ。中には、黒髪の女性が描かれている。


「コーザさん、あれは?」

月姫つきひめ様。知らないのか?」

「つっ……!!」


 メアリの予想は当たっていた。


 後ろで結いあげた黒髪、背景に描かれたうつくしい月。

 それは、先日メアリに冷たいことばを投げかけた、月姫つきひめの肖像画だった。

 それが高々と壁に、掲げられていたのだ。


「この大地は、という思想らしい。

 じいさんが熱心に信仰してて、そのまま外してないだけだ」


 コーザのその言葉を聞いて、メアリは少しだけほっとする。


 月姫は、メアリとこの大地にとっての恩人。

 コーザが月姫を信仰しているとなると、メアリがそこに入りこむ余地はないからだ。


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