変人と呼ばれたとしても

三鹿ショート

変人と呼ばれたとしても

 私が隣に座って食事を開始する度に、彼女は呟く。

「私と関わろうとするなど、相変わらず、変わっている人間だ」

 その言葉に、この場所から去ってほしいという願望が込められているのかどうか、私には分からない。

 だが、心の底から拒否をするのならば、私を追い出すか、自らがこの場所から去っているはずである。

 ゆえに、彼女は私のことを拒否しているというわけではない。

 私は食事を進めながら、雑談をしていく。

 彼女が反応することはないが、それはいつものことだった。


***


 彼女は、己が他者より劣っていることを自覚している。

 背丈は子どものように低く、顔立ちも整っているとはいえず、女性特有の肉体的な成長はまるで感じられない。

 学業成績は下から数えた方が早く、運動能力も良いとはいえなかった。

 周囲から馬鹿にされるようなことは無かったが、自分という人間が何も期待されていないことは察していた。

 分かっていたことだが、それでも苛立ちが消えることはなかった。

 暴言を吐き、暴力を振るい、生活態度も悪いために、彼女は他者から相手にされることがなくなった。

 つまるところ、彼女は厄介な人間だということである。

 だからこそ、私が接触してくることの意味が分からないのだろう。

 友人たちからも、彼女と関わるべきではないと助言されていた。

 しかし、私がその言葉に従うことはなかった。

 ゆえに、彼女だけではなく、友人たちもまた、

「変わっている」

 口を揃えて、私のことをそのように評価しているのだった。


***


 彼女と共に帰宅している途中で、とある家が目に入ったため、私は彼女に告げた。

「少しばかり、待っていてくれないか」

 彼女の返事も聞かず、私はその家の呼び鈴を鳴らした。

 内部から出てきた女性に頭を下げ、家の中に入り、用事を済ませる。

 やがて、家の外で待っていた彼女に謝罪の言葉を告げると、再び歩き始めた。

 しばらく歩いたところで、彼女は前を向きながら私に問うてきた。

「先ほどの家では、何をしたのか」

 彼女が私の行為に興味を持つことは珍しかったため、それを嬉しく思いながら、事情を説明していく。

「あの家には友人が住んでいるのだが、ここ数年は部屋から出てきていないのだ。両親は諦めているようだが、私は彼が顔を出してくれることを信じて、時折声をかけるようにしているというわけだ」

「何が原因で、部屋から出ることを拒んでいるのか」

 そのことを訊かれるだろうとは想像していたが、返答に少しばかり悩んでしまった。

 私が言いよどむ姿は珍しいのか、彼女は私に目を向けた。

 しばらく見つめ合った後、私は天を仰ぎながら、

「原因は、私にある」


***


 その友人は、目立つような人間ではなかった。

 教室の隅で常に読書をしているような、大人しい存在だったのである。

 ある日、その友人が読んでいた本が私の好んでいたものだったために、思わず声をかけた。

 突然の接触に、友人は驚いたような表情を見せるが、やがて口元を緩めると、小さな声で私と会話を開始した。

 それを切っ掛けに、我々は本の話題ではなくとも、会話をするようになった。

 私の姿を見ると声をかけてくるほどに親しくなった頃に、その事件が起きた。

 転校してきた性質の悪い人間が、その友人を標的にしたのである。

 体格が良いその転校生に逆らう人間が現われることはなく、友人は暴力を振るわれる日々を送ることになってしまった。

 友人は傷だらけになりながらも、私に対しては笑顔を忘れることなく、むしろ私との時間が救いだというような印象を与えた。

 だからこそ、私は日頃の苦痛を忘れることが出来るように、友人に気を遣った。

 だが、転校生は残虐な人間だった。

 私が友人を殴らなければ、私もまた標的にすると言い出したのである。

 相手がどれほどの存在なのかは理解しているために、私はその言葉に従ってしまった。

 そのような事情があることを知らない友人は、私に殴られた瞬間、その双眸から光を失った。

 信じていた人間に裏切られたということが、友人にとってどれほど辛いものであったのか、私には分からない。

 しかし、外の世界に出ることを拒むようになることは、無理からぬ話だろう。

 その後、標的を失った転校生が学校の外で悪事を働き、然るべき機関に捕らわれたことは、何とも皮肉な話だった。


***


 事情を伝えた後、私は彼女の目を見つめながら、

「だからこそ、私は同じ失敗を繰り返さないために、何があろうとも誰かを見捨てるようなことはしないと決めたのだ」

 私の言葉を聞くと、彼女は眉間に皺を寄せた。

「つまり、私はその友人の代わりだということか。私に親切にすることで、その友人に対する罪滅ぼしをしているということなのか」

 彼女は地面に唾を吐いてから、私を睨み付けた。

「純粋に、私と親しくなろうとしているわけではないということだろう。腹に一物があるような人間は、無関心な他者よりも性質が悪い。今度会ったときに私に話しかけるようなことがあれば、容赦なく殴り、蹴ることを憶えておくが良い」

 そう告げると、彼女は足早にその場を去った。

 私は、その場から動くことができなかった。

 それほどまでに、彼女の言葉は私に刺さっていたのだ。

 私は、卑怯な人間だった。

 だからこそ、友人が顔を出してくれることがないのだ。

 私は友人の家に振り返った後、訪れることは止めようと誓った。

 考えてみれば、私の声を聞く度に、友人の辛い記憶が蘇ってしまうのである。

 誰かを不幸にしてしまうのならば、最初から誰とも関わらない方が良い。

 そのように決めると、私もまた、家から出ることを止めた。

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