監禁彼女と引きこもっていた俺

田山 凪

第1話

 都内2LDKの一室で俺は閉じ込められている。扉は内側から開けられないように細工されていて、俺にはどうすることもできない。だけど食事やトイレは特に問題ない。食事に関しては作ってくれるし、トイレもお風呂も監視付きだけどちゃんと行ける。

 

 いわば監禁状態なのだが、一体だれが俺を監禁しているのか。

 それは俺の彼女だ。


「今日の夕飯」


 セミロングの綺麗な黒髪で、色白な肌。黒目にはハイライトオフされたように光沢がなく、だけど色白な肌とモノトーンな配色がとても綺麗に感じる。服装もシンプルでモノトーンなことが多い。

 

「ハンバーグか」

「いやなの?」

「ちょうど動画で見て食べたかっんだよ。ありがとう」


 お礼を言っても特に返事はないどころかこっちを見てくれない。

 だけど、俺が食事をしている時はじーっと眺めてくる。

 まぁ、別に俺は気にしないからいいんだけど一体なにが面白いのだろうか。


「今日も綺麗に食べてくれたんだね」

「美味しいものは全部食べるだろ」


 そして何も言わずに隣の部屋に行ってしまう。

 俺と彼女が会うのは食事の時やお風呂、トイレの時。それ以外は彼女はこっちに来ない。


 こんな監禁をしてくる相手と付き合ったのか。

 元々監禁されるなんて思ってなかったんだけど、たまたま道に迷う彼女を助け、そこから何度か会うようになって、外出は疲れると俺が行った時に彼女が「うちにくる?」と言いこんな状態だ。

 

 脱出は試みなかったのか?

 一度もそんなことはしたことない。

 だってネット環境が整っててハイスペックなゲームさえもヌルヌル動くPCに回線。こんなの俺一人の生活じゃ絶対に用意できない。その上、俺の仕事はネットとPCがあれば問題ない。さらに、生活費はどこから出てくるか知らないけど彼女が出している。

 実質ヒモだ。俺が半分負担すると言ってもなにも返事はしてくれない。

 というか元々あまりしゃべらないんだよな。


 監禁状態でもう何か月経つだろうか。

 半年……まではいってないと思うけどそれなりに経っているはず。

 でも、別に外に出たい欲はない。

 朝日は浴びれるしベランダからの景色も悪くない。

 どんどんダメ人間になっている気がする。


 まぁ、俺自身そんなまともな人間だったわけじゃない。

 食事なんて早く済ませたいタイプだから、簡単に食べれるものしか選ばないし、人の素行や言動でイラつくタイプでもないし、恋人がほしいとか思っていたわけじゃないし。

 でも、だったらどうして付き合ったんだろうか。案外謎かもしれない。

 というか、付き合うと言い出したのは彼女からだ。俺のどこが気にいったんだろう。物好きな人だ。


 そうこうしている内にどんどん日は過ぎていく。

 夜更かししすぎた疲れからかベッドでぼーっとしていると、彼女が部屋にやってきて俺の隣に座った。


「どうした?」

「とくに」

「そっか」


 偶然触れた彼女の手はとても冷たい。

 冷え性ってやつかな。

 温めるために手を握ると彼女は握り返してきた。

 表情を伺ってみるとそっぽを向いているが気を悪くしたわけではないようだ。

 まぁ、付き合ってるのに恋人らしいことはあまりしていない。

 というか監禁されているからな。


 そのまま彼女は1時間ほど俺の肩を借りて寝てしまった。

 俺も疲れていたからそのまま寝ることにした。

 

 起きた時には隣に彼女はいなくて俺の体には毛布が掛けられていた。

 隣の部屋からいい匂いがする。食事を作っているんだろう。

 

 さて、俺はこの生活をいつまで続けるのか。

 たぶん、何も言われなければずっとこの生活をしてそうな気もする。

 それくらい俺は世の中の動きや視線に対して無頓着で、興味がない。

 だけど不思議と最近は隣の部屋で何か落とす音がしたりすると気になったりする。


 ある日、俺はトイレに行きたいから彼女に呼びかけたが一向にやってこない。

 おかしいと思い扉を開けようとしたが向こう側に何か置いてあるのかかんぬきで施錠されているのか開かない。

 様子がおかしい。耳を澄ませると荒い呼吸が聞こえる。

 俺はどうすればいいかを考えた。

 どういう風に扉を施錠しているかわからないけど、俺ができることはただ一つ。

 無理やり扉を開けることだ。

 ドアノブをひねった状態で何度もぶつかり、肩の骨にひびでも入ったのかと思うほどの痛みが走るが、それでも何度もぶつかった。若干扉が開いて隙間から様子を見ると、彼女はソファから落ちて苦しそうにしている。

 もうそれからは一心不乱にまたぶつかった。

 右の肩がだめなら左の肩で。壊れたっていいと思いながらぶつかった。


 もう何度ぶつかったかわからない。

 でも、諦めようとは思わなかった。

 いつも食事を出してくれて、こんな環境まで用意してくれて。

 それに、あの時触れた手は冷たくもあったけどひどく寂しそうに感じた。

 この時、スマホを預けたことを後悔した。

 連絡さえできればすぐに救急車を呼べたんだ。

 でも、できないことを考えても仕方ない。

 目的に対してバカなほどにシンプルに突撃する方法しか俺は知らない。

 

 ようやく扉が開き彼女の下に駆け寄って起こそうとしたが、肩が痛すぎて上手く抱えられない。それでも、せめてソファまで乗せる。確固たる意志をもって痛みに耐えながら彼女を抱えた。

 ソファに乗せて額に手を当てると熱さに驚いた。

 俺は肩の痛みなど躊躇せずに濡れタオルを用意し額に置いて、そばに座って声をかけた。でも、彼女の返事は俺の予想とは違うものだ。


「行かないで……。一人にしないで」

「俺はここにいるだろ」

「だって、必死に逃げようとして扉を」

「バカ。君を助けるために扉の施錠を壊したんだろ。あんな頑丈なかんぬきつかいやがって。おかげで肩がおかしくなりそうだ」

「ごめん……ごめん……。ゆるして」

「だったらしっかり休め」


 か細い手で弱い力で俺の腕を掴む。

 同じだ。あの時と同じ寂しそうな手だ。

 タオルで少しは体温が下がったのか、それともそばにいるという安心感なのか。彼女は眠った。

 幼いころを思い出す。小学生のころに高熱を出した時、母さんが家にいなくて不安でいっぱいになった。でも、帰ってくると急に安心してゆっくり眠れたんだ。

 

 濡れタオルを交換するため何度か洗面所と部屋を行き来していると、いつのまにか深夜になっていた。さすがに俺も疲れが溜まってきて、強い眠気に襲われる。肩の痛みは幸いにもだんだんと治まってきた。

 俺は、彼女の横で手をつないで寝た。


 目覚めるとまた毛布がかけられていて、彼女はソファにいない。

 慌てて周りを見渡すと彼女は朝食を作っていた。


「大丈夫なのか?」

「うん」


 でも、俺は心配になって朝食づくりを手伝った。

 不思議な気分だ。

 その勢いで二人で朝食を食べた。

 ソファに並んで座ると彼女が言った。


「……私、あなたに逃げられるのが怖かった」

「あれじゃ逃げられないだろ」

「でも、扉を開けた」

「心配だったからな」

「なんで逃げないの? 私はずっとあなたを閉じ込めたのに」


 言われたから付き合った。

 最初はそんなきっかけ。

 快適な空間で俺が過ごすには好都合。

 不純な理由だとはわかっている。

 だけど、今はどうだ。

 こんなに肩を痛めてまで必死に助けようとした。

 逃げられるのに逃げてない。

 いや、本当はわかっているんだ。

 だけど、素直になれなかった。

 引きこもっていても大丈夫。人と関わらなくても大丈夫。

 それが俺だと決めつけてて、もっと素敵な喜びから逃げていた。

 

「君のことが好きだから」


 彼女は俺のほうを向いてみたことのない表情をした。

 美しいモノトーンの瞳にハイライトが、色白な頬が淡く赤くなって、俺をのこと見つめている。

 その表情があまりにも綺麗で、その唇があまりにも魅力的で、俺は自然と口づけした。

 何秒くらい経っただろうか。さすがに呼吸をしたくなって離れようとすると、彼女は離れる俺を止めて額と額をくっつけた。


「私は、一人じゃない?」

「目の前にいる。一人じゃない」

「そうだね」


 俺はふと、やりたいことを思いついた。

 いつだって一人で何でも楽しめる。

 人と会わなくても時間が足りないくらいネットで遊べる。

 だけど、いまやりたいことは一人じゃできないし、誰もでいいわけじゃない。


「一緒に外に出よう」

「えっ」

「手をつないで、同じ景色を見て、いろんな場所に行こう」

「……いいの?」

「俺がそうしたい。君とそうしたい」


 彼女は、今まで見せてくれなかったとても素敵な笑顔で答えてくれた。


「うん。すぐに行こう」


 俺らはようやく外に出ることができた。

 閉じ込めて、閉じ込められていたわけじゃない。

 俺らは二人とも、一人で外に出るのが怖かったんだ。

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