第13話 我、老いを感じる

「いいのか?」


「何がでしょう」


 高度二千メートル、音の壁を貫き超スピードで飛翔する魔王とフレイ。

 アリエスと別れた後、フレイの体内には魔王の髪の毛が埋め込まれており、そのお陰で念話が可能となっている。


「お前の硬い性格からして、アリエスに食ってかかるのではないか、とな」


「ふふ……お戯れを」


 正面を向きながらフレイが目を伏せる。

 口角は微妙に上がっており、どうやら笑っているようだ。

 

「アリエスは魔王様がお創りになられた存在。あの砕けた態度は魔王様がそうあれ、と念じたゆえのものと愚考致します。なれば私に言えることは何もありません。彼女の瞳からは真摯さとひたむきさが感じられましたし、ね」


「ほぉん」


 フレイの的確な分析に魔王は舌を巻いた。

 アリエスとのやり取りの間、彼女はそんな事を考えていたのかと思うと、魔王はなんとも言えない気分になった。


 スカイクイーンの残留思念を利用したとは言え、フレイを創造した時は特に何も考えていなかった。

 ゆえにフレイの性格も分からない。


 まだ創造して一日も経っていないのだから、それは仕方無い事だとは思うが、今後どのような側面を見せてくれるのだろか。

 おおいに楽しみな存在である。


「それにしても……不死者一体すら見かけんとはな」


 例え高度二千メートルの上空にいたとしても、音速で飛行していたとしても、魔王の瞳には地上の様子がハッキリと映し出されている。


 魔王の瞳に映るのは廃墟と枯れ果てた大地、森、海。

 生命のせの字も見当たらず、死を超越した存在の不死者の姿すら見当たらない。

 まさに不毛、見渡す限りの滅び。


 荒れ果ててから幾星霜が経ったのか、考えるだけで頭が痛くなる。

 何が起きたのか、などという疑問はあるが、今はそんな事を考えている時では無い。


 というのが魔王の見解であった。

 考えた所で分かるワケもないからだ。

 

「ふう、少し休憩するか……あそこにしよう。フレイ、付いてこい」


「は」


 魔王の眼下にはかつて栄華を極めたであろう城が、無残な姿になって大地に座していた。

 城の周囲には同じくボロボロになった街が広がっている。


 降下地点に目星をつけた魔王は速度を落とし、廃城の一角へと降りていった。


「くあ……あふ……久しぶりに魔力を使ったが、やたらと眠気が……ふぁーふ」


「大丈夫ですか?」


「うむ、ちとアリエスに魔力を与えすぎたかもしれんな」


「私をご創造頂いた上にアリエス、さらには長時間飛行の影響もありましょう」


「うーん……昔はそんな事無かったんだがなぁ……」


 かつて魔を束ねる永遠の王として君臨していた頃は、一日二日飛んだ所で疲れる事は無かった。


 一日に数十体の上級モンスターを生み出したとしても、どうという事は無かった。

 無尽蔵な体力と、他を寄せ付けぬ甚大で強力無比の魔力を待つ者、それが魔王という存在であった。


「我も老いたという事か……」


「魔王様、タイタン様より頂いた荷物の中にこんな物が」


「ん……? これは……テント、だよな? 後は食料と、魔石? 何で魔石なんか……で、おやつに、魔鋼線? わ! パジャマだ! お気に入りだったモコモコのやつだ!」


「魔王様……?」


 荷物の中にはかつて魔王が就寝時に着用していた寝具、テラノビーストの毛皮で作られたモコモコパジャマが入れられていた。


 パジャマ自体に大した性能は無く、着心地と見た目を重視して作られた魔王専用パジャマであり、世界にただ一つの物。


 ある意味伝説の衣服と言っても過言では無い。

 そんなパジャマを手に破顔する魔王を見て、フレイが心底不思議な顔をしている。


「は! ふ、ふん! タイタンめ、我の着衣にまで気を回すとは味な事をする。帰ったら褒めてやろう」


 視線に気付いた魔王はあえてパジャマを広げ、仰々しい物言いをする事でパジャマに対しての付加価値を付けた。


「なるほど……魔王様の就寝にまで気を使う、さすがは魔王様第一の配下であるタイタン様……勉強になりす」


「うむ。タイタンは我と長年の付き合いだ。タイタンのように気遣いが出来るようにな」


「かしこまりました! このフレイ、身命を賭して魔王様の身辺をお世話させて頂きます!」


「や、世話に命懸けなくてもいいんだがな……まぁよい。程々にな」


「は! 恩情誠にありがとうございます!」


 ボロボロになった屋内にて跪くフレイと、それを見下ろす魔王。

 日は徐々に落ちてきており、後数時間もすれば完全に夜の帳が訪れる。


 魔王の瞳は闇の中であろうと、日中と変わらない視界光度を保つ事が出来る。

 だがフレイは別だ。

 プレイは翼人系魔人のスカイクイーンをモデルにしている為に、暗闇は苦手なのだ。

 どうするか、と魔王は逡巡し、おもむろにバッグへ手を突っ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る