第10話 我、湖を再生させる
音も無く大地に降り立った魔王とフレイ。
二人を出迎えた荒涼とした大地は風のひとつも無く、ただただ静謐に存在していた。
「争いの無い世界。無の加護に抱かれた大地。命無く、自然すらも息絶えた完全な終焉。とかなんとか言ってみたりしてな」
「魔王様のお言葉、骨身に染みる思いでございます。選別された言葉達も歓喜に震える事でしょう」
フレイの賛辞に手を上げる事で答えた魔王は周囲を睥睨し、おもむろに歩き出した。
目指すは枯れ木の森に呑み込まれた廃村、その一角にあるコテージだった。
コテージは半分崩壊しているものの、大地から伸びた蔓や木々がコテージを侵食しているお陰で辛うじて形を保っていた。
「邪魔するぞ」
コテージに足を踏み入れつつ、誰に向けたものでも無い挨拶を呟く魔王。
人が住んでいた面影を僅かに感じさせる室内には、陶器や金属製の物が残っている。
もちろんそれらも経年劣化により状態は非常に悪い。
「ま、そうだよなぁ」
このコテージに入った目的は特に無く、強いていえば興味本位と言った所だろう。
崩壊した壁からは巨大な湖が見える。
かつては生命のゆりかごとして、周囲に恩寵を与えていたであろう姿を幻視する魔王。
水は命の源だ。
種族にもよるが、水を必要としない生物は不死者か無機物系の魔法生物などの者達のみである。
水があればまだこの世界は生き永らえていたのかもしれない、と思いつつ魔王は目を細める。
「そうか、水だ」
「今何か仰いましたか? 魔王様」
「うむ。生命には水が必要だ。ここに水が無いのなら生み出せば良いじゃないか、とな」
封印から目覚めて数日、空には雲一つ無い晴天が続いている。
だが空気はある。
雲がなければ雨は降らず、陽光の照射により大地は枯れ果てる。
今は見えないが、世界の何処かにはきっと雲もあるだろう、と魔王は希望的観測を捨ててはいなかった。
「素晴らしいお考えです! この寂れた大地にお恵を与えようとするその寛大なお心、流石は全生物の頂点であらせられる魔王様!」
「では行こう。空っぽの器を我の力で満たしてやろうではないか」
そう言って魔王は一足飛びにコテージから湖の底へ瞬時に移動する。
一度湖全体を見回してから必要な水量を推測、そして——。
「タイダルウェイブ!」
魔王の体から驚くべき量の魔力が噴出し、魔力に応えるように周囲が鳴動を始める。
数秒のラグの後、何も無い空間から大量の水が飛沫を上げて噴き出した。
広範囲攻撃型大魔法【タイダルウェイブ】。
この湖をいち早く満たすのに最適な魔法は何か、と考えた結果、選択されたのがこの魔法であった。
轟々と唸りを上げて噴き出す水流は留まることを知らず、空っぽの湖を流れて行く。
それはまるで水龍の演舞のように、雄々しく荒々しく猛々しく枯れ果てた湖を満たしていく。
「むうううん!!」
荒ぶる水流を操作し、さらに魔力を重ねて注ぎ込み水量を増大させていく魔王。
かつては世界を恐怖に陥れた魔力の胎動が、今は大地を復活させる為に使われている。
奇妙な事だと、魔王は心の中で嘲笑う。
生み出した水流は波となり、濁流となり、魔王自身も飲み込んでいく。
魔族の頂点に君臨し続けた者が全力で放つ大海嘯は、枯れ果てた湖を数分で満タンにしてしまった。
タプンタプンと揺れる水面を、湖底から見上げる魔王の顔は非常に満足そうであった。
人型の魔王ではあるが、水中で呼吸する事は造作もない。
水中で身を投げ出した魔王は水流に身を任せ、木の葉のようにユラユラと漂う。
「ふぁ……気持ちいいな……復活してから今まで水浴びも湯浴みもしてなかったからなぁ……」
魔王はポリポリと頭を掻きながら、小さな欠伸を一つした後、目を薄く開いて言った。
「よし、出るか」
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