第9話 我、空の旅
「魔王様、もすす少し力のご配慮を……」
「うん。我もちょっとびっくりした。音も立てずに消滅するとは思わなかった。気をつけよう」
長い封印の影響か、魔王は自らの力を把握しかねていた。
不安定と言ってもいいその力の余波は、時として今の小石のように現れる。
魔王本人も、つま先で軽く小突いた程度の力しか入れておらず、小石を蹴った状態で硬直していた。
「ま、魔王様。そろそろ参りませんか?」
「ん、そうだな。じゃ行くべか」
顔面蒼白なフレイが声を少し震わせながらも出発を促した。
六枚の羽を背中から生やした魔王は音もなく浮かび上がり、フレイもそれに習い静かに浮上した。
「行ってらっしゃーい」
ある程度の高度まで浮上した二人は数度羽をはためかせた後、一気に加速して空の彼方へと消えていった。
地上に残ったタイタンは、すでに豆粒よりも小さくなっている魔王とフレイに手を振り続けていた。
○○○
魔王城を後にして約二時間魔王とフレイはアルベリオンを通過し、飛翔を続けていた。
眼下に見えるのは荒廃した不毛の大地のみだ。
アルベリオンの周囲に流れていた大型河川も水が枯れ果て、大地がむき出しになっており、所々に輸送船の残骸が打ち捨てられていた。
「んー……まっじで何があったんだ? これだけ荒れ果ててるのに我の居城は全く変わっていない……何か意味があるのだろうか」
独り言を呟く魔王の声は周囲の風の音にかき消され、後方に続くフレイに届くことはない。
大空を飛翔する魔王とフレイは音の壁を破り、超音速の域に達している。
フレイは音の壁を超えた衝撃波、ソニックブームが楽しいらしく、何度も減速しては加速して音の壁を超える、という遊びを編み出していた。
それを見ていた魔王もフレイに負けじと、地表スレスレの超低空飛行で音速の壁を超えてみたり、山肌ギリギリまで音速で近づき急上昇する、と言う危険度の高い遊びを披露していた。
速度と距離感を間違えれば山肌に激突してしまうのだが、強靭な肉体を持つ魔王が山肌に激突したところで、山が一つ消滅するぐらいの被害でしかない。
もちろん魔王は初見で見事にそれをやってのけ、小さな山を吹き飛ばして空中に投げ出されていた。
傷一つ負っていない魔王の高らかな嘲笑が大空に響いていたが、それを聞く者はフレイただ一人であった。
「なぁ! フレイ! こっちに来い!」
魔王は空気を切り裂く轟音の中、出来るだけ大声をあげ、ジェスチャーも含めてフレイを呼んだ。
小首を傾げたフレイはしばらく考え込んだ後、魔王の意図に気付き急いで並走し始める。
「ちょっと下に降りてみよう!」
「え! なんですか!!?」
「下に! 降りる! 我! お前! 降りる! わかった!?」
いくら並走するといってもピッタリ横並びになるわけではなく、羽の可動域から一メートルほどの間隔が開いているので大声で叫ぼうにも空気を破る爆音で中々フレイには届かない。
ジェスチャーで↓、↓と意思表示をしてゆっくりと下降を始めたあたりでフレイは把握したようで、コクコクと頷きつつ両手で大きな丸を作っていた。
「こんな事なら念話でも教えておけばよかったな……我の間抜けめ……そもそもタイタンが気付けばいいんだよ。あ、でもあいつ空飛べないからこういう事分からんか……くそ、大声出しすぎて喉が痛いよう……」
眼下には枯れ果てた巨大な湖と、枯れ果てた森に呑まれた村の残骸があり、生命のいない中それらは下降する魔王とフレイを静かに出迎えたのだった。
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