第20話 嵐は突然に
「ごめん、待たせた?」
「いや、さっき来たとこだよ翔平。今日の服かっこいいな」
待ち合わせ場所として町中に近い駅を指定された。どの服を着るか悩んでいたら待ち合わせギリギリになってしまい、慌ててきた雨霧を優し気な微笑みを浮かべている雪宮。雨霧は怒っていないことに安堵をする。
「にしても何処にいくんだ?」
「それは着いてからの秘密だよ。さぁ、行こっか」
雪宮は自分の唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑うと行くよと言い歩き始めた。それを追いかけるように雨霧もついていく。
暫く歩いていると伊佐那水族館という看板が見えてきた。外見は出来たばかりなのかとても綺麗でクジラのオブジェが特徴的であった。
「もしかして最近オープンしたと話題な場所?」
「そうそう、気になっていたんだ。せっかくなら翔平と一緒に行きたいなって」
「やっぱり! おれも気になっていたんだよね」
オープンしたてということもあり、人が多くて迷子になるかもしれないからと雪宮から手を繋がないかと提案された。確かに水族館はとても広く、迷子になったら最後会わずに終わってしまいそうだ。雨霧は恥ずかしさを感じながらも、雪宮の大きな手を握り返した。
「わぁ! こんなにも沢山のクラゲがいるなんてすごいな」
「確かに。光に当てられて幻想的だな」
小さなお魚が展示されていたエリアから離れると、目の前に広がるのは様々な光に当てられ、色をつけたクラゲたち。何十、何百といるクラゲのショーは幻想的であり、目を奪われるものがあった。普段見ない光景に雨霧は興奮を隠しきれず子供のように目を輝かせていた。それを微笑ましそうに見る雪宮は可愛いと思っており、雨霧が満足するまでクラゲを眺め続けていた。
「次イルカショーがあるんだって! 行ってみない?」
「あぁ、確かにいいな。イルカショー見に行くか」
すっかり楽しくなってきた雨霧は無邪気にはしゃいでおり、水族館を満喫していた。イルカショーでは可愛いイルカたちによる芸が繰り広げられており、夏だからか客に水しぶきを浴びせるパフォーマンスがされていた。雨霧達は後ろだったからかからなかったが、前の席にいる人たちはカッパを着てるとはいえびしょ濡れになっていた。それでもみんな楽しそうにしている光景を見ると心が暖かくなった。
「水族館っていいな。おれ海好きなんだ。落ち着くし」
「そうなんだな。水族館を選んでよかったよ」
一通り周り終わり、お土産コーナーへと足を運んでいた。かわいらしいイルカのぬいぐるみや海の生き物をモチーフにしたクッキーなど色々と置いているが、雨霧の目に止まったのはクラゲのキーホルダー。ガラスで出来たクラゲは淡い水色でできており、綺麗で好ましい。じっと見すぎていたからか、雪宮が気が付く。
「よかったら買おうか?」
「えっ? いや、申し訳ないし……」
「いいんだよ。俺が格好つけたいだけだ。ダメか?」
「そ、それならお願いします」
雪宮の真剣な表情に押しが弱い雨霧はお願いをすると、雪宮はにやりと笑い任せとけと言ってレジへと向かって行った。雪宮は自分のことを好きでいてくれるし、今日も本当は色々と計画を練っていたのだろう。こんなにも優しい男が何故晴明から遊び人と言われるのか雨霧には分からなかった。
「お待たせ。クラゲ好きなのか?」
「ありがとう。うん、クラゲ好きなんだ。飼えたら飼いたいぐらいに」
「へー、飼えばいいのに」
「うーん、確かに飼おうと思えば飼えるけど、今はシェアハウス中だし」
「そっか。それは難しいな」
自分の部屋を買えばいいだけの話だが、今の状況が良すぎて変える気が雨霧にはなく、苦笑いを浮かべた。甘えているのは自分だ。だから、晴明に余計な負担をかけさせたくはない。ずっと傍にいられたらいい。それが雨霧の願いであった。
「ここまで送ってくれていいのか?」
「あぁ、暗くなりかけているし一人で帰らせるほど薄情じゃない」
水族館から帰る頃には辺りは暗くなっていた。一人で帰ろうとする雨霧を送ると言った雪宮に甘えて、マンションの近くまで送ってもらった。今度お礼をしなくてはと雨霧は思っていると向こう側から見慣れた影が迫っていた。
「何をしているのですか。雨霧さん。雪宮さん」
「晴明……?」
そこにいたのは見るからに不機嫌そうな表情をしている晴明の姿であった。前から晴明には雪宮には関わるなと言われていて、破っていたのは雨霧だがそれだけでは説明がつかないほどに怒っていた。なんでと困惑し次の言葉が出ない雨霧に対して、雪宮はまるで待っていたとばかりに言葉を重ねる。
「なにって一緒に遊んでいただけだが?」
「貴方が?ただ遊んでいた? にわかに信じがたいですね」
「俺だって普通に遊びたいことはあるさ。お前には関係ない話だろ?」
「私は雨霧さんの同居人ですけど」
「ふーん、お前が?」
険悪な空気から二人が仲良くないことを察する雨霧。言い合いが続く中、止めようにもなんて声をかけていいのか戸惑っていると晴明から爆弾が投げられた。
「雨霧さんから出雲さんを奪った貴方に言われたくないですね」
「……えっ?」
雨霧は頭の後ろを強く殴られた衝撃を受けた。雪宮が出雲を奪った?じゃあ、あの時の革靴は雪宮のものだったってこと?衝撃を受けている雨霧を見て、雪宮は困ったように頭を掻いていた。
「何処でその情報仕入れてきたんだ」
「出雲さんがあっさり教えてくれましたよ。いやー、貴方と違って素直ですね」
「口が軽いの言い間違いだろ」
「まっ、まって! これ、流石に嘘だよな?」
二人が言い合っていることを信じたくない雨霧は声を絞りだして雪宮に聞いた。晴明が嘘をつくはずもないと頭の片隅で分かりながらも藁にすがる思いだった。
「……嘘ではないな。出雲とはセフレみたいなものだ」
雪宮は居心地悪そうに打ち明けたことで、真実だと分かった雨霧は何かが崩れる音がした。友達になりたいと思っていた人が、出雲を奪った人であった。あの日の記憶が蘇ってくる。
「じゃあ、近づいたのは、優しくしたのは、好きだと言ったのは出雲みたいにセフレにしたいから?」
「それは違うな。本当に翔平が好きだから告白したんだ。今は信じられないかもだけど」
「……ごめん。ちょっと信じられない。暫く時間がほしい」
「……分かった。今日はありがとうな。また連絡待っている」
「うん、じゃあね」
雪宮はこれ以上は傷つけるだけだと判断をしたからか、あっさりと別れを告げた。雨霧は泣きそうになるのをぐっと堪えるも顔は下を向いたままでいた。
「ごめん。今日ホテルに泊っていい?一人になりたい」
「……えぇ、大丈夫ですよ。むしろすみませんでした」
「ううん、いいよ。晴明が悪いわけじゃないし」
晴明がどんな顔をしているのか下を俯いたままの雨霧には分からなかった。晴明に背中を向けて涙がこぼれないように走り出した。ホテルの予約も取り、部屋に入った後涙が零れ始めた。雪宮の優しさは偽りだったのかもしれない。恋人にはなれないけど友達ならと考えていた自分は浅はかだったのだろう。貰ったクラゲも涙色に見えてきた。だけど捨てる勇気も持てずに力強く握り締めた。
あれから、何日かが経った。ホテルに帰ったのは昼ぐらいで晴明はいなかった。ちゃんと話したかったのだが、明らかに避けられていると気づいたのは三日目からだ。これでは話し合うどころではない。晴明が何を考えているか雨霧には分からないが潮時だと感じていた。
そう思うとまた荷物をキャリーバックに詰め始めた。楽しかった思い出も悲しい思い出も一つ一つ詰め込んでいく。それでも恋心は捨てれそうになくて、意気地なしの自分に苦笑いをして、手紙を書いた。今までありがとうと自分のことを忘れてねと書けば机に置いた。一か月以上住んだ部屋は最初の頃と変わらない。ただ変わったのは自分だけだ。
「ごめんね、晴明」
鍵をかけてパタリと閉じられた扉に振り返ることはない。また独りぼっちになった事実に胸の痛みが教えてくれた。
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