第18話 嵐は突然に

「雨霧さん、ちょっと起きてください」


「えっ、あっ、はい……」


「魘されていましたが、大丈夫ですか?」


 身体を揺さぶられ呼びかけられる声に誘われるまま、重たい瞼を開くと心配そうに顔を覗き込んでいる晴明がいた。どうやら、心配で部屋に入ってくれたらしく雨霧が悪夢を見ていたので起こしたようだ。雨霧は見ていた悪夢を思い出せないが、汗をかいていることから、いい夢ではなかったのだろう。


「起こしてくれてありがとう」


「体調を心配するのは当たり前ですよ。昼ごはん卵がゆ作りましょうか?」


「うん、お粥なら食べられそう。本当にありがとう」


「こんな時は人に甘えてください。私がやりたいからやってるだけですし。お気になさらず」


 そういい雨霧の頭を軽く撫でた後、晴明はキッチンの方へと向かっていった。


 閉まる扉を見届けた後、雨霧は天井を眺め考え込む。熱を出したのはストレスからだろうとは分かっていた。晴明のお陰で気づくことはなかったが、出雲の浮気から様々な環境の変化があった。精神的に負担になっても可笑しくはない。しかし、雨霧からしたら、自分のことはどうでもよかった。どちらかといえば、晴明に迷惑をかけてしまったことが一番の気がかりだ。優しい彼だから先ほどみたいに気にするなと言ってくれるが、甘えすぎてはいけないと自分に言い聞かせていたのに。


重くのしかかる自己嫌悪に忙しい雨霧は唇を噛み締め、吐き出したい感情を我慢した。泣かないように、悲しくなんかないと言い聞かせているとノックの音がした。


「卵がゆ出来ましたよ。食べれますか」


「うん、大丈夫食べれる。移したら大変だから部屋の前に置いといてくれたら嬉しい」


「分かりました。お大事に」


 コトリと扉の前に置かれる音が聞こえたので、重い身体を起こして扉の前まで行き開く。すると、ネギが散らされたシンプルな卵がゆがお盆の上に置かれていた。部屋へと持っていき、ベットに腰を掛ける。


「いただきます」


 この家に来てから癖になった挨拶を口にし、一口卵がゆを口にする。熱があるからか、シンプルなものがいいだろうと思ったのだろう。出汁が効いており、優しい味わいに我慢していた感情が零れ落ちていく。ぽろぽろと零れ落ちる涙のせいで塩辛くなってしまいそうで、いつもより早く食べていく。


 自分の方が先に晴明を好きになったのに、本気で愛する気があるのか分からない出雲に取られてしまうかもしれない不安。雪宮の自分を好きになった理由が分からなくて怖い。なにより突き放されるのが怖くて今の状況に逃げている自分が一番嫌であった。告白をすれば先に進めるのに、停滞を望んでいる自分がいる。なんて臆病で卑怯な奴なんだと雨霧は自分が嫌いになりそうであった。


「ごちそうさまでした」


 最初の一口以外味が分からなかった。せっかく美味しいお粥だったのに、熱のせいで精神も弱っているのだろう。廊下に器を出してさっさと眠りにつこうと目を瞑った。


 次に目を覚ました時には辺りは真っ暗になっていた。きっと晴明は仕事に行っていることだろう。喉が乾いたこともあり、リビングへと向かうとそこには読書をしている晴明がいて、雨霧は驚きのあまり声が出なかった。


「な、なんで?」


「あっ、おはようございます雨霧さん。お店は休みましたよ」


「休んだ?」


「えぇ、熱を出している雨霧さんを置いて行くのは心配でしたし。お客さんもきっと分かってくださいますから」


 その言葉に浮かれてしまう雨霧がいた。好きな人がわざわざ自分の為にお店を休んでくれたのだ。違うと分かりながらも勘違いしそうになる。晴明ならば誰にでも優しいから、自分じゃなくても同居人だったら休んでいただろう。高まる心臓を抑えつけて、言葉を紡ぐ。


「なんかごめん」


「いえ、私がやりたかっただけなので。お茶でも注ぎますね」


 晴明は雨霧が喉が渇いていることに気づいたのか、キッチンにある冷蔵庫へと向かい、コップに注ぎ机の上へと置いた。雨霧はいつもの席に座る。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 注いでくれたお茶を飲むと冷たくて火照った身体には染みわたる。寝る前は不安と罪悪感で押しつぶされそうになっていたのに、晴明が目の前にいるだけで安心する。改めて自分は晴明のことが好きで仕方がないのだと自覚せざる得ないと雨霧は感じた。晴明は自分を友達だと思っている。優しい晴明のために友達として接し続けるのが恩返しなのだろう。雨霧は傷む心にそう言い聞かせ続ける。


 きっと明日にはいつもの自分に戻っているはずだから今だけは許してほしい。


「本当に今日はありがとう。明日には治らせるから」


「本当お大事に。ゆっくり寝てくださいね」


「うん、おやすみなさい」


 そう言い再び寝室へと入った雨霧の心は起きた時よりも心が晴れていた。あれだけ暗い感情が支配していたにも関わらず、晴明の行動一つで喜びに満ちる。にやけそうな顔を抑えようとするけど、口角が上がっていくのを止められそうにない。


「やっぱり好きだな」


 言葉にすると晴明への想いが溢れてくる。こんなにも人を好きになっていいのだろうか。打ち明けられない現状を保つことができるのだろうか。また不安が顔を覗かせてきたのでパチンと頬を叩く。


「流石に寝よう」


 これ以上起きても不安になっていくだけだと判断した雨霧はベットに横たわりあわよくば夢の中では晴明と一緒にいる未来図を見てみたいと思いながら、眠りにつく。

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