第3話 リブラ、妹の身代わりとなる



 お掃除特化ギフトだった私とは違い、妹マリルのギフトは薬草や薬剤を調薬する前に効能が分かるという、メイディック伯爵家にとって垂涎ものの鑑定魔法だった。彼女のおかげで新薬が開発され様々な病を癒したのは確かだ。素晴らしい才である。


 しかもマリルは美しかった。

 誰が呼んだが姫天使。地味な私とは違いプラチナブロンドにきりりと引き締まった目鼻。誰が見ても目を奪われるほど美しい妹には、感謝の手紙が絶えず屋敷に届いていた。

 もっとも、彼女はその声に目を通すことはなかったけれど。



「手紙を読まないのか、ですって? どうしてそんな無駄な時間を過ごさなければいけないの? おかしなお姉さま。あははは!」



 とはマリルの弁だ。我が妹ながら、かなり強烈な性格をしていると思う。

 蝶よ花よと育てられ、我が儘は何でも聞き入れられた。おかげで他人を平気で見下し、礼節を軽んじる子に育ってしまったのだ。社交界でも浮いているとよく耳にしていた。


 あちらこちらで火種をばら撒くので、姉である私が水面下で必死に火消し活動を行っていたのだが、きっと彼女は気付いてすらいないだろう。ギフトで霞んではいるものの地頭は悪い方である。有体に言えば少々お馬鹿さんなのだ。

 本当に手がかかってしょうがない妹だった。



「まさか、あの子が関わっている案件なのですか?」


「そうだと言ったら?」


「頭が痛いですね。もの凄く。……まったく、過去の己を恨みます」


「そうかい? 僕としては君の判断に感謝だけれどね。どれだけ噛み砕いて説明しても強引にねじ伏せられて堂々巡り、とかいう馬鹿馬鹿しい会話をしなくていいだけ随分楽だ」


「……申し訳ございません。自分に都合のいい話以外は耳に入らない子なもので」



 過去の様々な苦労が走馬灯のように駆け巡り、私は思わずため息を吐いた。

 もう丸四年と会っていないが、相も変わらず傍若無人に過ごしている事だろう。なにせ肝心要の父親と母親が全肯定の甘やかしマシーンなのだ。更正する機会など無いに等しい。

 甘いだけの蜜は時に毒になり得ると理解しているのだろうか、あの二人は。


 しかしそんな妹だが、帝国におけるメイディック伯爵家の影響力や彼女のギフト、美貌なども相まって皇太子殿下との婚約が持ちあがっていると聞いた。あの子が将来の国母だなんて、国の先行きが実に心配である。



「生産性のない会話は苦手でね。実に苦痛な時間だったよ。とはいえ僕も引き下がれない。どうしたものかと困っていたところ、ご当主が君を生贄に――ゴホン、君の話を聞かせてくれたというわけなんだ」


「今生贄と聞こえたのですが?」


「さぁて、まずは名乗ろうか! 僕の名前はモーガン。しがない皇帝付き魔法使いさ。よろしくね」


「なんてわざとらしい話題転換。しかし皇帝付き魔法使いなどまた面倒――モーガン?」



 私の記憶によると、皇帝付き魔法使いはマルクト公爵家のカーサル様のはず。お年は召されているが、未だ右に出る者はいないこの国随一の万能型魔法使い様だ。引きこもっている間に代替わりでもされたのだろうか。


 しかし、モーガンか。

 どこか聞き覚えのある名前に首をかしげる。

 それほど強烈に焼き付いているわけではない。いうなれば本の片隅でちらりと見かけた程度の既視感だ。それでも印象に残っているということは、かなりの有名人だったりするのだろうか。



「おやおや、やはり国の一番端に位置するこんな辺境地じゃあ、情報が足踏みしていて上手く届いていないのかな。町も見るからに牧歌的だったからね。こんなに穏やかな場所は何百年ぶりだろう。心が洗われるよ」


「何百年とは大げさな」 



 私の言葉にモーガン殿は意味深な笑みを浮かべただけだった。

 話したくないことはさらりと煙に巻く。彼の人となりが少しわかってきたような気がする。なんとも食えない男らしい。



「それで? 今回はどのようなご依頼なのでしょう」


「オーケイ。迂遠な言い回しなんて君相手には時間を浪費するだけだろうし、単刀直入に言うよ。リブラ・メイディック嬢。君に、皇帝陛下の妻になっていただきたいんだ」


「……なんですって?」



 耳に飛び込んできた単語があまりに現実離れし過ぎていて、思わず聞き返してしまった。皇帝陛下の妻。妻。まさか皇妃になれとでも言っているのか。

 何の冗談だ。さすがに笑えない。



「おや、その反応だときっちり耳に入っていると思うのだけど?」


「馬鹿馬鹿しい。そのような冗談に構っている暇はないのです。本題を」


「冗談ではないんだがねぇ」


「皇帝陛下は御年五十一。しかも溺愛する皇妃さまが既にいらっしゃいます。今更私のような小娘を妻に迎え入れようとする意図が分かりません。そもそも、あの方がアイリーン様を蔑にするはずがない」



 ライラック皇帝陛下。幼い頃、数回だけだがお会いしたことがある。

 ただそこに在るだけで空気が引き締まり、ピンと背筋が伸びるあの感覚は今でも記憶に新しい。マリルですら私の手をぎゅっと握って一言も話せなかったくらいだ。


 しかしその厳格さの裏に強い愛国心を持ち、名実ともに国民に尊敬され愛される素晴らしい皇帝だった。

 皇妃アイリーン様との仲も睦まじく、いつか誰かと結ばれるのならこのような夫婦になりたいと幼心に願ったものだ。


 しかし私の言葉を聞いたモーガン殿は、信じられないものでも見るような目つきでこちらを凝視していた。ややあって、彼は人差し指でこんこんと額を叩くと、「んんぅ」と唸り声を上げた。



「君は霞を食べて生きている修行僧か何かかい? いくら辺境地だからって、俗世の情報を遮断し過ぎだろう。一体何年前から止まっているんだい?」


「勘当されてからは一切。世間話をする相手などおりませんし、基本引きこもっていたので」


「なるほど。それでは仕方がないか。前皇帝、ライラック様とアイリーン皇妃は一年も前にお亡くなりになっている。僕が言っているのは彼らの息子で現皇帝、シーザー様のことだ」


「……え」



 今度は私が目を見開く番だった。

 お二人が亡くなられている? 一年も前に?

 ライラック様もアイリーン様もお歳のわりに若々しく、ご病気などもされていないと聞いていた。あと数十年は元気なお姿を拝見できると思っていたのに。足が抜ける思いだ。



「ご冥福を、お祈りいたします」


「うん」


「初めて情報を遮断していた事を後悔いたしました。献花の一本でも捧げたかったわ」


「……それは出来なかったと思うよ」



 籍は残っているとはいえ、正式にメイディック伯爵家の者と問われたら首を振るしかない立場の私では、献花すら許可されないというわけか。

 ほんの少し切なさはあるが仕方がない。自分が選んだ道だもの。その程度の不条理、飲み込んで然るべきだ。

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