第2話 リブラ、厄ネタに頭を抱える
見た目だけで気圧されそうになっていたが、いい感じに肩の力が抜ける。人間嫌いな私でも瑕のない玉を前に普段通りの対応は難しい。隙のない人間は少し怖いもの。
これだけプラス補正のかかった外見をしているなら、多少残念な方がバランスもとれて良いというもの。
気を取り直した私はとんとんと杖で地面を叩いて周囲を見渡した。
護衛の姿は見えない。どうやら一人でこの辺境地までやってきたようだ。どこぞの御曹子から秘密裏な依頼がきたのかと邪推したが違うのか。
まあどんな汚部屋だろうと私のお掃除魔法にかかれば一日で綺麗な空間に早変わりだ。適切な依頼料さえ払ってくれれば、仕事はきっちりとこなそう。
「そう警戒せずとも僕一人さ。こう見えて使いっぱしりなんでね」
「ふむ、わけありですか。ですがご安心ください。目の覆いたくなるゴミ屋敷だろうと慣れております。いただけるものをいただければ、すっぱりさっぱり綺麗に致しましょう」
「ああいや、掃除の依頼ではないんだ、リブラ・メイディック嬢」
「……なんですって?」
メイディック。その言葉を聞いて内心舌打ちをする。
しまった。完全に厄ネタじゃないか。
既にメイディック姓は捨てており、家を出たあの日から名乗ったこともない。私を元メイディック家の人間だと知っているだけでも面倒なのに、こんな辺境地までわざわざ足を運んできたとなると相当厄介な案件に違いない。
勘弁してくれ。分かっていたなら話も聞かずに追い返していたぞ。
せっかく穏やかな日常を手に入れたのに、わざわざ見えている地雷原に足を突っ込む馬鹿がどこにいる。
「そういうことでしたらお帰りを。私はもうあの家とは何の関わりもありません。メイディック家のお力が欲しいのならば、ご当主に直接交渉をされていかがでしょう? 出すものを出せば引き受けるはずですよ。あの男ならばね」
「あはは。やっぱりそうくるよねぇ。本当をいうと君に声をかけるのはお門違いだって分かってはいるんだ。でも、そうも言ってはいられないくらい切迫していてね。まあ、まずはこれを見てくれ」
男は懐から一枚の紙を出した。その文字の羅列を上から順に確認していき、最終列に辿り着いたところで「はい!?」と声を荒げる。
まさかそんな。ありえない。
彼が見せつけてきた紙はメイディック家の家系図だった。私の名前はとうの昔に消されているはず。――だというのに、その紙にははっきとリブラの名が記されていた。
「……なるほど。過去の家系図をわざわざ出してきて私を揺さぶろうという魂胆ですか? その手には乗りませんよ」
「残念ながら最新のだよ」
「馬鹿な!」
男から紙を引ったくり、発行日を確認する。
「これ、偽造したわけではありませんよね?」
「君のお父上は随分と強かな男らしい。何かあった時のために手繰り寄せられる蜘蛛の糸は残しておいたわけだ。肥えたタヌキを相手にするには、十五の少女だった君では少々幼すぎたみたいだね。ご愁傷様」
「……――ハッ、恨むべきは詰めの甘かった自分というわけですか。ああ、嫌になる」
確かにあの日、勘当するという言葉に同意して意気揚々と家を出たわけだが、事務的な手続きやその確認までは頭の隅にすら思い浮かばなかった。
なにせメイディック家の落ちこぼれとまで言われたのだ。そんな恥となるべき子など早々にいないものとし、記録から抹消するだろうと信じて疑わなかった。
なんて詰めの甘い。
使えるものはゴミだろうと使う。それがあの男だと知っていたはずなのに。
私は頭を抱えながら地面にへたり込んだ。
「おやおや、大丈夫かい?」
「今からでも事務手続きをして完全に縁を切りたいのですが」
「それは聞けない相談だ。その代り、すべてが終わった後ならばいくらでも協力させてもらおう。この件は後ろ盾が実に強力だからね。無理をねじ伏せるくらいの力はあるさ」
「そのねじ伏せる力とやらを今行使することは出来ないのです?」
「悪いね。僕たちはもう、君に縋るしかないんだ」
今まで紙の上を滑るような薄ら寒い話し方だったが、今の言葉にだけは真剣味が感じられた。
彼らにも何か事情があり、しかしメイディック本家には頼れない状況なのだろう。面倒事ではあるが、自らの不手際が招いた種。これも依頼の一つと思えば無下にはできない。フリーランスは信用が大事なのだ。
私は丸めて燃やしてしまいたい気持ちを堪えて家系図を返却し、杖を消して立ち上がる。
魔法使いが使用する杖は自身の魔力から編み出したもの。必要に応じて出し入れ自由だ。光の粒となって空気に溶けたそれを確認し、彼の端正な顔をじっと見つめる。
「大方理解致しました。あなたの依頼主様がメイディックの名を利用したがっている事もすべて。落ちこぼれの私でよろしければ、とりあえずお話くらいは聞きましょう」
「いやぁ、話が早くて助かるよ。姉妹でもマリル嬢とは随分違うようだ」
「あら? 妹をご存じで?」
「うん、まぁ、それも含めてもろもろご説明しよう。正直、思い出したくもないんだけど」
彼は疲れきった表情でため息を吐いた。
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