落ちこぼれ令嬢、妹の身代わりのはずが最恐不眠皇帝に求愛される

朝霧あさき

第1話 リブラ、勘当されマイホームを建てる


「お前のような落ちこぼれは我がメイディック家には不要! 温情もこれまでだ。即刻荷物をまとめて出ていくがいい!」


「まあ、願ってもない申し入れです。それではごきげんようお父さま!」


「泣いて乞うても――……え? あ、ああ、ごきげんよう……え?」



 すでに準備しておいた旅行鞄を肩に担ぎ、すたこらと家を出たのが四年前のこと。

 慰謝料ついでに色々くすねてきた金品を売り払って、人里離れた山の奥に建てた理想のマイホームを見上げながら、私は満面の笑みでひょいと木製の杖を天に掲げた。


 メイディック伯爵家の落ちこぼれ。それが私、リブラ・メイディックの周囲からの評価である。

 実際間違ってはいない。この世界における魔法使いは五大属性を扱う万能型と、特殊な魔法を一つだけ扱えるギフト型に分かれており、ギフト型は血統で決まるとされている。


 メイディック伯爵家は代々この国における薬事の中核に居座り、目覚めるギフトも調薬に関わる能力と相場が決まっていた。――だというのに、私に与えられたギフトは薬のくの字にも掠らない地味な能力。

 おかげで肩身の狭かったこと狭かったこと。


 結局、いくら健気に尽くしても意味はなく、十五になるやいなやメイディック伯爵家には不要だと勘当されてしまったわけだ。

 見た目も栗色の髪に同色の瞳、平凡な顔立ちで女としてすら利用価値はないと損切りされたのだろう。

 あの家らしい現金さだ。



「ま、こちらからすれば渡りに船だったのだけど。あんな家にいるくらいなら一人で生きていく方がマシだもの。……それに、私自身はこの能力、けっこう気に入っているし」



 杖の先が光り輝き、シャボン玉のような薄い膜で覆われた球体を作り出す。サイズは両手で円を作るくらい。なかなかの大きさだ。



「カビ、胞子、ほこり、すべてここへ!」



 私の掛け声とともに家の周囲を穏やかな風が包んでいく。しばらく待つと、家の中を一通り吹き抜けたそれは私の創りだした球体に吸い込まれていった。

 これが私のギフト能力。端的に説明すると『お掃除魔法』である。


 球体に閉じ込めたい対象の名前を呼んで「ここへ」と唱えれば、指定した範囲内のそれらを収集する事が出来るのだ。ただし制約がないわけではない。集めたい対象をある程度『理解』すること。

 それが使用に関する絶対条件。

 たとえば、どういった構造をしており、何に作用し、何が好物で何が弱点か、といった情報である。それさえクリアすれば制限なく集めることができる。


 これがなかなか私と相性がいい。


 この世で一番恐ろしいものは目に見えない敵である。

 たとえどれだけ外見が気持ち悪くても、ぬるぬるしていても、高速で飛び跳ねても、視認できる以上、奴らは殺れる。形あるものは潰せば死ぬ。

 しかし目に見えない敵は知らず知らずに私の大切なものを侵食していき、気付いた時には手遅れにされてしまう。

 大切にしまいこんでいた洋服がカビにやられた時のトラウマは未だ健在だ。

 けれどこのギフトなら確実に奴らを仕留められる。


 今この家には私が長年かけて集めた宝物――書物だったり、研究資料だったりが仕舞われている。

 大切な人など存在しない私にとって、今この手にあるものだけが私を構成するすべて。生きてきた証。汚れ一つ付けさせるものか。



「ふふふ。さて、仕上げの時間ね。酸素と水素、ここへ」



 ぽよんともう一つ球体が現れ、吸いこまれるように風が雪崩れ込んでいく。

 空気中の配分量を考えたら水素を集めるのは至難の業。かなり広範囲に魔法を行き渡らせなければならないのだが、そこは名門メイディック家の血。魔力量に関しては潤沢で、この程度では疲れもしない。

 これだけは血統に感謝だ。

 本当にこれだけだけど。


 私は二つの球体をくっつけて一つにし、ポケットからマッチを取り出して火をつけた。

 定期的にギフトで掃除をしているから球体の中には何もないように見えるが、カビや胞子がうじゃうじゃしているだろう。ああ気持ち悪い。


 私は燃えているマッチ棒を球体の中に押し入れた。途端、ボンっという激しい音とともに爆発炎上する。

 しょせん燃えればすべて無だ。

 大事なものはどんな手を使ってでも守り通す。それが私の矜持。



「気持ちいい~! 良い燃えっぷりで最高ね! ああ、スッキリした。さて、今日はお仕事の依頼入っていたかしら――ん?」



 ぱちぱちぱちと木々の隙間から拍手の音が聞こえてきた。客人だろうか。

 私の今の仕事はこのギフトを利用したお掃除屋さんだ。町に下りる際、掲示板に張りつけられた依頼書から仕事を請け負う。だからわざわざこんな辺鄙な場所まで直接依頼しに来る人なんていないのだけど。



「そんなところに突っ立ってないで、お客様でしたら話くらいはお聞きいたしますよ」



 マイホームの庭に設置してあるフリースペース――もといベンチを杖で指す。家の中まで押しかけられるのはご遠慮願いたいが、座る場所くらいなら提供しよう。



「あの、もしもし?」


「……」



 木陰からするりと抜け出た人影は、フードを深々と被っているのにも関わらず妙に華やかな雰囲気を纏っていた。身長は175くらい。薄く蒼みかかった長い銀髪がふわりふわりと風になびいている。

 女性だろうか。それとも男性だろうか。骨格の分かりにくい服を着ているので判断がつかない。

 私の困惑に気付いたらしいその人物は、うっすらと口元に笑みを浮かべてフードを外した。


 海と閉じ込めたかのような透明度の高い瞳が露わになり、思わず息をのむ。

 目を見張るほどに綺麗な人だった。白雪のようなきめ細やかな肌。長い睫毛。姿形だけでなく、仕草の一つ一つすら気品に満ち溢れている。

 凄い。元貴族なので顔の良い人間など見慣れているが、これは別格だ。人外だと言われても納得しそうな美の塊である。目が潰れそう。



「悪いね。覗き見をするつもりはなかったんだが、つい興味深くて。お掃除魔法って聞いていたからどんなものかと思ったけど、なかなか面白い魔法だね」


「……ええと、男性?」



 中性的すぎて顔を見てもどちらか分からなかったが、声で男性だと判明する。耳にこびり付くような甘い声は、なんというか、妙に背筋がぞくぞくとして居心地が悪かった。



「おや。女にでも見えたかい? まあよくあることだ。気にしなくていい。美しさの前では性別など些細な問題だからね。存分に見惚れてくれたまえ」


「はあ、それはどうも。ははは……」



 思わず乾いた笑いが漏れる。いや、性格のクセ強いな。

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