第5話
あれ……?
時計を見ると、午前十時。久々に、よく寝た感じがした。ベッドではなくても、ふかふかのところでは体が休まる。私、疲れていたんだ。
昨日の夕食のように、テーブルには食べ物が並べられ、それらはまとめて大きなラップで覆われていた。何やらメモも置いてある。
「仕事に行ってきます。七時くらいに帰ります。」
字は人柄を表す。
昨晩、かなり早い就寝だった。
話しても意味なんかないのに、ペラペラと。でも、やはり言えることと言えないことの境界線を、越えることはできなくて。
何度も苗字が変わった。何年も実質一人暮らし。日中は働き、夜になると必ず帰ってきた母親は、時が経つほど、なかなか戻ってこなくなった。ただ気がないというだけで、自分で学校に欠席の連絡をした。いつしか毎日の電話すらなくなった。
「フッ」
心配してくれていた子たちは離れていった。人はいつか離れる。わかっているつもりなのに、ときどき、無性に寂しくなる。
「無理して笑わなくていいです。」
そう言って、萩森さんは布団をかけてくれた。そして、電気を消し、彼自身も寝室へ消えた。
私は手を一回叩き、立ち上がった。
家事なら得意だと思う。仕事が終わって疲れて帰る時、待っていてくれる人がいる。それは何よりも幸せだって、母が昔言っていた。
まずはピカピカに掃除する。洗濯機も回した。そして、料理。冷蔵庫にあるものの中から材料を選び、やや薄味で仕上げる。薄い方が健康的だし、野菜も多めに添えてみた。
喜んでくれるかな。
書き置きの午後七時を少し過ぎても、萩森さんは帰ってこなかった。もうすぐ十一時、やっと玄関から声が聞こえてくる。
「床がスベスベだな。ん?」
目を丸くして、私に訊いた。
「これ、全部、美麗さんが?」
「余計でしたか?」
「そうじゃなくて!」
美味しそう! 散らかってない! と子どものようにはしゃいでいる萩森さん。
「いただきます!」
もう冷めているのにガツガツ食べている。
「待っててくれたんですね。」
下手くそだけど、私は笑った。萩森さんは、もっと笑った。
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