世界平和の生贄(2)

 一人騒ぎ立てていた宰相が出ていき、部屋は再び静寂に包まれた。

 祈りを捧げるように目を閉じてる教皇様の隣で、私も同じように目を閉じて祈る。


 明日の儀式の成功を。

 世界の平和を。

 そして、真の勇者の冥福を。

 

 明日、剣渡聖契の儀が成功すれば、我々は万全な体制で魔王討伐を行うことができるようになるだろう。

 目の前にある最大の障害を排除しつつ、最高の結果を作り出すことができるのだから、やらない理由などない。

 この儀式が世界平和を確実なものにすると言っても過言ではないのだから、私は迷うべきではないのだ。


 そうと分かってはいるのだが、どうにも考えないではいられない。

 儀式を行うことで犠牲になる者がいるということ。

 しかし、儀式自体が秘匿とされているため、犠牲者がいることは公にはされず、その者は初めからいなかったことにされること。

 我々は儀式を経て、彼の全てを奪い取ろうとしているのだ。


 それに、剣渡聖契の儀とは本来、勇者が命を落とした際に行うものであり、最悪の事態に備えた秘策のようなもである。

 生者を生贄にするなど想定外だ。

 それでも儀式の実行に踏み切ったのは他でもない、勇者が、ラルト殿が魔王に辿り着けず死亡する可能性が高いという結論に至ったからだ。


 過去の文献によると、剣渡聖契の儀の成功率は3割に満たない。

 近くにいる者へと聖剣を受け継ぐための儀式なのだが、聖剣を受け継ぐには条件があるようだ。

 その条件の一つであろうと推測されるのが、聖力の有無だと言われている。

 文献にも儀式により聖剣を受け継いだ者は皆、聖騎士だったと記されていた。

 よって、今回の儀式で聖剣を受け継ぐ者の条件に聖騎士であることは必須だった。

 さらに、魔王に対抗する実力を持つ者が相応しいとなれば答えは一つ。

 聖騎士の中で一番実力のある者、つまり聖騎士団長である私に白羽の矢が立ったということだ。


 確かに私は、勇者に憧れ剣の道を選んだ。

 貴族の生まれであったおかげで良い師を得ることができ、剣の才能を伸ばすこともできた。

 その後、大国の騎士団を率いる立場まで登り詰めたが、聖力に目覚めると教会から声がかかり、そのまま聖騎士団長としての地位をいただくこととなり、いま私はここにいる。

 自身の才能と努力で切り開いてきた道だが、恵まれた境遇であったことも否定はしない。

 その上、傲慢にも一度は願わずにはいられないのが、聖剣の勇者というものだ。

 私をこの道に立たせここまで歩かせたのも、その希望があったからこそなのだから、そう簡単には割り切れない。


 私は今、その大それた夢でさえ貪欲にも叶えようとしている。

 私とは正反対に、苦悩の道を歩んできた非運な少年の全てを奪いとって、己の欲を満たそうとしているのだ。

 世界のためだと。

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