世界平和の生贄

 大きな十字架を背に、白い衣服に身を包んだ老齢の男が座していた。

 玉座に勝るとも劣らない品格漂う椅子にもたれ、目を閉じ、腕を固く組んでいる。


 「アスティエよ。かの者はどうであったか」


 名前を呼ばれた私は、今回の任務の報告をするため、今まで固く閉じていた口を開いた。


 「王国の発言通りでした」

 「……そうか」


 老齢の男は顔をあげ、静かな息を吐いた。


 “聖剣に選ばれた勇者は剣を使えぬ無能である“

 王国からの密告を受け、教皇様は私に真偽を確かめる命を下された。

 私はこの命を受けた時からずっと、ただの噂であればいいと思っていたが、そうはならなかった。

 実際に剣を交えてみれば、彼は明らかな“無才“だったのだ。


 勇者に剣の才能が関係なければ良かったのだが、過去に起きた惨劇がそれを否定している。


 “戦いごとに不慣れな勇者、討伐の旅に出で二日で死す“


 過去の魔王討伐で最も被害が大きかった時の記録に、このような一節が書かれている。

 そしてこの時代の後から、勇者にはある一定の戦力が備わっていることが求められることになり、基準に満たない場合は“生贄“として世界の人柱にすると決められた。


 結果が出た以上、我々協会はその手段を取らなくてはならない。

 だが、しかし、ただ弱いというだけで命を奪わなくてはならないのは、騎士の道理に反する行為であり、教会の理念にも反する行いだ。

 教皇様も私と同じお考えだったのだろう。

 どうして彼が選ばれたのか。

 聖剣は何を基準に勇者を選んでいるのだろうか。

 せめて剣豪にこそ扱えるものであったのなら、このような選択をする必要もないというのに。


 「やはり、ヴァントラークの末っ子は無能だったようだな」


 手荒く開けられた扉の後と同時に、聞きなれた声がする。


 「……宰相殿」


 恰幅のいい体を揺らしながら私と教皇様の近くへと寄ると、宰相殿は無遠慮に椅子へと腰を下ろした。


 「いやはや。念願の勇者が見つかったと喜んだのも束の間、それが剣もろくに扱えぬ無能だと聞いて、とても笑える話ではなかったが……。生贄としては他にない逸材というわけだ」


 宰相は粘着質な笑みを浮かべながら、ますで残念だというように芝居がかった動きで頭を抱えるフリをした。

 公には言えないが、相手の死を喜んでいるのだろう。

 宰相がヴァントラーク辺境伯を疎ましく思っていると言う噂は、どうやら本当のようだ。

 世界平和を理由に息子を奪えることが相当嬉しいらしい。


 「騎士の名家に生まれたというのに、才能がなく、家族から疎まれ。無能のくせに、身の程も弁えず聖剣に手を出した哀れな者。元々価値のない命が世界平和の生贄になれるなど、この上ない名誉ではないか」


 彼、ラルト殿が家でどういった扱いを受けているか詳しくは分からないが、ミロの報告では彼の警護は厳重だったと聞いている。

 果たして、疎んでいる子に厳重な警護体制などとるだろうか。

 そして王国への謁見命令が出された後、さらに警護が厳しくなったらしい。

 私には、彼は家族から大切にされているように思える。


 「用意が整い次第、早急に取り掛かるようにと陛下からお言葉をいただいておる。儀式は明日の夜、城内の祭壇で執り行うよう準備をしてくだされ」


 宰相は要件を伝えると、来た時と同じように扉を鳴らして出て行った。

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