ヴァントラーク辺境伯の激昂
「それで。お前達は何をしていたんだ?」
息子が攫われてからどれほどの時が経っただろうか。
次男と茶を共にしてから、末息子の姿が見えなくなった。
その間、息子に会いに来たものはいないと報告を受けたはずだが、部屋には一枚の手紙だけが残され息子はいなくなっていた。
その手紙は発見されるまで誰も存在を知らず、家礼も息子に渡した記憶はないと言うから、なお気が落ち着かない。
この手紙は、何者かに屋敷内への侵入を許した明らかな証拠だ。
それも、目的のものまで盗み出した礼状でもあるのだ。
国境の守護壁とまで言われる辺境伯が聞いて呆れる。
なんて無様な……。
「わ、我々はいつも通りの配置で、屋敷内外の警備を——」
「そうか。毎日ただ遊んでいただけと言うんだな?」
目の前で這いつくばり額を床に擦り付け懺悔する私兵を見下ろしながら、私は殺気を抑えることができなかった。
「いえ!決してそのようなことは——っ!」
「では、なぜ息子が誘拐されたのか言ってみろ!!」
奴は、息子がいなくなった時間帯に息子の部屋の辺りを巡回していた騎士だが、犯人の影すら見ることができなかったらしい。
当然そのことに対しての叱責をしているのだが、私の頭中は自分の不甲斐なさで苛まれている。
今声を荒げているのも、ほとんど八つ当たりだ。
「も、申し訳……ありません……」
声を出すにも必死になるほど怯え震える騎士があまりに脆弱で、怒りがさらに込み上げてくる。
その場に私がいれば、息子は攫われずに済んだのに。
私がもっと息子を気にかけて護衛をつけていれば、今ごろ共に夕食を囲んでいただろうに。
私は左右に頭を振り、弱音を散らした。
「もうよい。懺悔も結構だ。使えぬ雑兵など始末してやる」
「あぁ、うぅぅ……」
情けなく泣きじゃくる騎士に情けが湧くほどの余裕が今の私にはない。
むしろ、泣くだけで何もできなかったことが許せないとさえ思えてしまうから、主失格だ。
どうしようもない鬱憤を、部下に当たることで晴らそうとするなど、我ながらどうかしている。
分かっていても止まらない衝動により、私は騎士の襟首を掴み、握った拳でその顔を殴ろうと構える。
「主人様。今は彼の相手はしている場合ではないかと」
締め上げた騎士の後ろで、いつの間にか来ていたステラトスが、冷静な眼差しで渡りを見つめていた。
「はぁ……。そうだな」
その様子に怒りが冷め、私はようやく冷静さを取り戻した。
私が掴んでいた襟首から手を離すと、そのまま床にへたり込んだ騎士を、ステラトスがあらかじめ呼び込んでいた騎士が部屋から運び出していった。
私は深く椅子に掛け、冷め切ったコーヒーを一口啜る。
口に広がる苦味が憂鬱な気持ちを少しずつ晴らし、冷たさも熱くなった頭をスッキリさせるには丁度良かった。
「息子の、ラルトの居場所は分かったのか?」
私は息子の無事を祈りながら、本格的な捜査を開始した。
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