王宮からの使い(2)
一汗かいたところで僕は稽古を切り上げ、ステラトスと一緒に邸へと戻ることにした。
いつものように正門へ行こうとする僕に、ステラトスが待ったをかける。
「ラルト様。そちらではなく、こちらの方がお屋敷内に早く入れるかと」
ステラトスの話を聞くと、どうやら訓練場は正門から距離があるため、一番目のお兄様が近道を作ったらしい。
とは聞いたけど——。
「まさか入り口が騎士団の宿舎なんて、びっくりだよ」
「我々も高貴な方がお越しになるような場所ではないと、何度も説得したのですが、主人様が許可をお出しになったので観念いたしました」
お兄様は、やると決めたらやる男の代表みたいな人だ。
王宮騎士団の宿舎に自分専用の部屋を作って、騎士たちと暮らし始めたのは、結構騒ぎになったんだよね。
騎士団長は宿舎の近くに屋敷を与えられているのに、なんで宿舎で寝泊まりするんだって騎士たちが猛反発してもう大変だっとか。
二週間に及ぶ決闘の末、お兄様の勝利によって宿舎が改装された時は、騎士たちが両膝を付いて泣き崩れている写真付きの記事が、田舎町まで届いてたっけ。
じいちゃんは大笑いしてたけど、哀愁漂う写真を見た僕は、彼らが穏やかに眠れるようにってお祈りしたを覚えてる。
「この程度で済んで良かったと思うべきなのかもね」
「全くの同意です」
案内されるがままステラトスの後に続いて宿舎へ入ると、広い廊下が一直線に続いていた。
向こう側に見える豪奢な扉が、たぶん屋敷への入り口なんじゃないだろうか。
廊下の中央にひかれたカーペットは、騎士団の宿舎に使うには少し高価すぎるように見える。
きっと、お兄様やお父様が歩くからだろうけど、行き交う騎士たちがカーペットを踏まないように気を遣っているのを見ると、その上を歩くのが申し訳なく感じてくるよ。
ステラトスは慣れてるのかな?
躊躇なくカーペットのど真ん中を歩いてるね。
お父様の右腕とのことだし、お父様がここを通る時に一緒に歩くのだろう。
宿舎を横断する廊下を歩き終えると、前を歩いていたステラトスが扉を開けてくれた。
「こちら左の通路を進んでいただくと浴室になります」
「ありがとう」
ここから先は見知った場所だ。
案内なしでも迷わず一人で行ける。
ステラトスにお礼を言ってから浴室に向かおうとすると、右側から話し声が聞こえてきた。
「近いうちに王宮に連れて来るようにとのご命令ですので、遅くても一週間以内にお越しくださいませ」
「まだ確証が取れていない。陛下に合わせるには早いだろう」
「何を呑気なことを。事態は一刻を争うのですよ?陛下は少しでも可能性があれば、直接確かめると申しておられます。その後の判断は陛下がなさること。我々にどうこう言う権利などありまんよ」
「奴には、貴方がたが期待するような力などありはしない」
「それを決めるのも陛下ですよ。辺境伯殿はただ、彼らを連れてきていただければ良いのです」
「……」
「期日内にいらっしゃらない場合は迎えを用意しますので、そのつもりで」
声の主は、お父様ともう一人。
知らない男の人の声だけど、話を聞く限り王宮の人だろう。
近くにいるようだがお互いに死角になっており、二人の姿は見えないままだったが、話はよく聞こえた。
でも、内容がよくわからないから、聞こえても何にも分からないんだよね。
何となく聞き耳を立てている僕の後ろで、ステラトスが険しい表情をしていることに、僕は全然気づいていなかった。
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