お姉様(3)

 「そうだな……。うむ……」


 お父様は先程から、何か言い出そうとしては止め、また言い出そうとしては止めを繰り返している。

 向かいに座るお姉様が笑みを浮かべながら、お父様を見る目がだんだん鋭くなっていくのが怖い。

 お父様も、お姉様の視線を感じてか、何かを言い出そうと必死みたいだけど、それが中々言えないらしい。

 そうしている間に、とうとう耐えかねたお姉様が淑やかに口を開いた。


 「ごめんなさい、ですよ」


 ごめんなさい?

 その言葉の理由がわからなくて、僕は首を傾げる。

 チラリとお父様を見ると、弱りきった目をしたお父様と目が合った。


 「ラルト、……すまなかった」


 お父様は覇気のない声でそう言うと、僕に向かって小さく頭を下げた。


 「お、お父様っ!?」


 家長であるお父様が息子に頭を下げるなんて、貴族ではよっぽどのことがない限りあり得ないことだ。

 それに、僕はお父様が何に対して謝っているのか、さっぱりわからない。


 これは理由を聞くべきか、それとも聞かずに謝罪を受け入れるべきか……。


 僕はかつてないほどに頭をフル回転させて、どうするべきか考えた。

 そして導き出した答えが——。


 「大丈夫です」


 何となくそれっぽ返事ができたんじゃないかな?

 これなら何だろうとも、大体は合うよね。


 我ながら良い答えが出せたと、自身満々にお父様に笑顔を返す。

 お父様は顔を上げ、じっと僕を見つめてきた。


 「何もないのか?」


 お父様が訝しむような目で僕を見る。


 「特に何もないですよ?」


 何だかよくわからないけど、僕は正直な気持ちで答えた。


 「……それならいい」


 その答えが正しかったのか、お父様は頷き話はそこで終わった。



 お父様の書斎を後にした、僕とサンディウスとお姉様の三人は、中庭のテラスでお茶をすることにした。


 「ラルトちゃん。お父様の謝罪の意味、分かっていなかったでしょう?」

 「……はい」


 やっぱり見抜かれてたんだ。

 理由も知らずに適当な返事してたの、お父様も当然分かってたんだよね。


 「お父様は、ラルトちゃんに怪我を負わせたことを謝っていたのよ」


 え、そんなことだったの?


 「訓練に怪我は付きものなのに……」

 「そうね。でも、今回のラルトちゃんの怪我は想定外だったのよ」


 お姉様は僕の隣にいるサンディウスを睨んだ。


 「私のせいです」


 サンディウスは、申し訳なさそうに頭を下げる。


 「何で?サンディウスは応援してくれてただけだよ」


 どうしてサンディウスが、お姉様に怒られないといけないんだろう。

 サンディウスは、訓練に加わってもいなかったのに。


 「中途半端な応援がラルトちゃんを危険に晒したの。その原因を作ったのがお父様。だからお父様はラルトちゃんに謝らないといけななったの」


 確かに、友達の前だからって張り切ってたのは、あったかもしれない。

 でも、それは僕自身の問題だし、応援してくれたサンディウスは何にも悪くない。

 悪いのは、僕が応援に答えられなかったからだ。


 「僕がもっと強ければ、怪我なんてしなかったんだよ」

 「ラルト様の責任では!」


 サンディウスは、泣きそうな顔で必死に僕を庇ってくれる。

 でも、これは絶対僕の問題だから、サンディウスのせいには絶対にしたくない。


 「ごめんね、サンディウス。嫌な思いさせちゃったね」

 「いえ、私は……」

 

 口ごもり俯くサンディウスの隣で、僕は友達を守れるぐらい強くなることを誓った。

 

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