初めての手合わせ

 騎士団長に連れられて、僕は訓練場の端にある通路を歩いている。

 そう、ただ歩いているだけなのに、もの凄い視線を感じるよ……。

 初めて訓練場に入れてもらえたから、どんな感じなのか見回したりしたいんだけど。

 そんな余裕は、全然ないよね。

 ちょっと横を見ただけで、数人と目が合っちゃうよ。

 だがら僕は、ひたすら騎士団長の背中を見ている訳だけど。

 筋肉が凄い。

 僕と比べたら、岩と小石くらいの差があるよ。

 元々背が高くて大柄な人だけど、やっぱり鍛えてるからこそこの筋肉なんだろうなー。

 僕も鍛えたら、この筋肉になれるのかな?

 と、未来の筋肉へ思いを馳せていたら、騎士団長が足を止めたので、一歩遅れて僕も足を止めた。

 良かった、筋肉を見るためにちょっと距離をとっていたから、ぶつからずに済んだぞ。


 「閣下、ラルト様をお連れいたしました」


 騎士団長が言いながら素早く横にズレると、開けた目の前にはお父様がいた。

 訓練場の最奥にある大理石の床に置かれた、品のある彫刻の黒い椅子が三脚。

 右側の椅子にお父様、左側の椅子にサンディウス、中央の席は空いている。


 「おはようございます、ラルト様」

 「おはよう、サンディウス」


 呑気に挨拶してる場合じゃないよ、サンディウス!

 ここにいるなら、僕が寝坊したことに気づいてたでしょ!?

 どうして起こしに来てくれなかったのさ……。


 僕の自業自得だし、サンディウスを責めたりなんてできないけど、ちょっと思うところはあるよね。

 僕が恨めし顔でサンディウスを見やると、サンディウスは困ったような顔で笑った。

 あれは、知ってて呼びに来なかった顔だな。

 裏切り者に顰めっ面で応えれば、しょんぼりと小さくなってしまう。

 ちょっと八つ当たりしちゃったかな。

 後で謝っておこう。


 今の僕は、サンディウスと目線で会話している場合じゃないんだよ。

 チラリとお父様の方に視線を向けると、真顔のお父様がいた。

 いつも大体この顔だから、怒ってなくても威圧的に感じるし、本当に怒っている時もこうだから、今がどっちなのか分からない。


 「お、おはようございます、お父様」


 とりあえず、サンディスに挨拶したから、お父様にも挨拶してみる。


 「……」


 挨拶が返ってこない……。

 ダメおしで、笑顔もつけてみる。


 「……」


 返答なし。

 笑顔がちょと引きつってたのがダメだったのかな。

 でも、この状況でちゃんと笑えるほどの度胸なんて、僕にはないよ。


 半笑いの僕と無言のお父様との間に凍てついた空気が漂い始め、訓練場からも音が消えたような気がしたけど、それは怖くて確かめられない。

 そっちを見たら、多分、訓練場にいる騎士たちが、みんな僕たちを見ている気がするからね。


 右にも左にも動けないこの冷戦状態で、先に動いたのはお父様だった。


 「この子に剣を」

 「はっ」


 お父様の指示で、騎士団長がこの場を離れると、訓練用の剣を手にすぐ戻ってきた。


 「ラルト様、こちらを」


 持ってきた剣を差し出され、僕はお礼をいって受け取った。


 「ラルト、お前の実力を見てやろう」


 お父様は椅子から立ち上がり、訓練場の内側へ向かっていく。

 その後ろ姿をぽけーと見ていたら、騎士団長にお父様の後を追うように促された。


 待って、無理だよ!?

 いきなりお父様と手合わせなんて、無茶にも程があるから!!

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