辺境伯邸(4)
本日のデザート「木苺のシャーベット」を前にして、お父様の手が初めて止まった。
運んで来た配膳係はそれを見て、壁の前で不安そうな顔をしている。
もしかして、お父様は甘いものが嫌いなのかな?
確かに、厳格なお父様と甘い物は対照的なところにある気がする。
お父様が嬉々としてマカロンを食べていたら、ちょっと怖いしね。
今更だけど、お父様の好き嫌いなんて考えたこともなかったな。
そもそも、数えるほどしか一緒に食事をしたことがないし、その時でさえ緊張しすぎて、食べてる物の味も全然分からないぐらいだったよ……。
そんな僕が、どんな顔をしてお父様が食事をしてるかを見てる余裕があると思いますか!?
顔どころか、自分が何食べてるかも分かってませんからね!
まあ、僕がこんなんなのは仕方ないとして、お父様のお屋敷でお父様の嫌いなものを出すことなんてあるんだろうか。
もしかして、手違いとか?
僕とサンディウスが招かれたこのタイミングでね……。
すっごい強運。
僕は震える給仕係を見ながら、意外と落ち着いていた。
いつもなら一緒に震えていただろうに、今の状況をちゃんと把握できている。
お父様の手が止まっているのに気がつけたのも、その証拠だと思う。
「ラルト」
「は、はい!」
え?なんで僕?
お父様に名前を呼ばれ反射的に返事をし、顔を向ける。
思ったとりも近い位置にいたお父様とバッチリ目が合って、そのまま逸らせなくなってしまった。
お父様の顔をこんなにしっかり見たのは初めてかもしれない。
肖像画で見た通りの深い青色の瞳が、じっと僕を見ている。
「明日の朝、訓練場に来なさい」
「え?」
「お前に稽古をつけてやろう」
「ぼ、僕に……ですか?あの、お父様が……?」
「そうだ」
「で、でもっ。僕はまだ剣士の試験にも合格できていませんから、訓練場に入る資格がありません」
剣を握る資格のないものは訓練場に足を踏み入れてはならない。
昔、お父様に言われた言葉だ。
お兄様達も訓練場を使えるようになったのは剣士の試験に合格してからだっし、それまでは訓練場の裏で剣を振るっていた。。
僕も途中までそうしていたんだけど……、色々あってじいちゃんの家に行くことにしたんだ。
僕はまだ試験に合格していないから、訓練場で練習することは許されない筈なのに、お父様は急にどうして許可を?
「資格か」
お父様は一言何か呟くと、考え込むように目を閉じた。
「大業を成すには力だけでは不十分だ。時にはそれを上回る強運が必要である」
「お父様?」
「だが、いくら強運に恵まれたところで、それに見合った器がなければ結局は身を滅ばすだけだ」
お父様が言っている言葉の意味が、僕には全く分からなかった。
急に語り出した言葉は独り言のようにも聞こえるけれど、しっかりと僕に向けられてるようで、真剣に耳を傾ける。
「お前の器がどれほどか確かめさせてもらうぞ」
そういい終わると、お父様は少し溶けた木苺のシャーベットを三口で食べ終え、食堂を後にした。
壁で震える給仕係がホッと息を吐くのを見届けてから、僕はようやく半分溶けたシャーベットを口に運んだ。
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