辺境伯邸

 僕たちは、予定通り三日で辺境伯邸にたどり着いた。

 門の前で馬車をおり、僕はガクガクに震える腰を抑えながら、邸までの数メートルをなんとか歩き切る。


 「おかえりなさいませ、アルト坊っちゃま」


 玄関前でお出迎えをしてくれたのは、もう七十歳をすぎる執事、フランツただ一人だけだった。

 彼は、お母様が生きていた時から仕えていて、この屋敷の執事長でもある。


 「ただいま、フランツ」


 僕が挨拶を返すと、にっこりと微笑んで扉を開けてくれた。

 開かれた扉を、僕とサンディウス、そして騎士団長の順番にくぐっていく。

 邸の中は、夏に帰った時とあまり変わってなくて、半年前に見たきりなのに、つい最近通ったような既視感を覚えた。

 僕たちは、フランツの後ろに続き。大きな玄関ホールを抜けて、赤い絨毯の引かれた長廊下を進む。


 「お隣の方はご友人ですかな」


 フランツがチラチと振り返りサンディウスを見る。


 「そうだよ。フランツ、彼はサンディウス。じいちゃんの家の近くの森で出会ったんだ。今は一緒に暮らしているんだよ」


 僕がサンディウスの紹介をすると、フランツは足を止め振り返った。


 「左様でございましたか。サンディウス殿。アルト坊っちゃまが、お世話になっております」


 フランツはサンディウスに深々と頭を下げる。


 「こちらこそ。アルト様には大変お世話になっております」


 サンディウスも頭は下げないが、フランツに軽く会釈をし挨拶をする。


 「サンディウス。彼は執事長のフランツ。僕が生まれる前から邸にいる、ベテラン執事だよ。優しくて、物知りなんだ」


 フランツは執事でありながら世界情勢にも詳しい。

 一体どこで調べたんだろうという情報をたくさん持っていたりもするのだ。

 例えば、隣国の経済状況とか、宗教団体の拠点や規模とか、領地の治安とか、隣町の夫婦喧嘩の経緯とか。

 聞けば大抵のことは知ってるからズゴイ。


 「恐縮です」


 フランツは、お手本のような綺麗な笑顔を返し、再び背を向けて歩き出した。


 次にフランツが足を止めたのは、精巧な装飾で飾られた多いな扉の前だった。


 ここは、お父様の書斎だ……。

 僕はゴクリと唾を飲む。

 半年前に帰ってきた時、お父様はちょうど遠征に行っており、会うことはなかった。

 お父様と会うのは、昨年の春の祝い以来になる。


 馬車でやられた腰の震えがようやく治ってってきたのに、今度は足が震え出す。

 はぁ……お父様はなんで僕を呼び出したんだろう。

 今になって、その理由を聞いていなかったことを思い出し後悔する。

 

 “コンコン”


 フランツが暑い木製の扉を鳴らす。


 いよいよだ……。


 僕は足の震えを止めるため、ありったけの力を足にこめた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る